27:人は誰も
部屋が静かになった。M伊藤はひょいっとガラス窓の嵌っていた枠から、床へと飛び降りた。かなりの高さがあるにもかかわらず、M伊藤は平気な顔をして着地し、てくてくとジェフの屍に歩み寄った。
「こりゃ、死んでるな。もう大丈夫だ」
「そうですかね。まあ、じゃあ、二人合わせてどっかの共同墓地に埋めてあげましょうか」
冴紀はそう言うと、二つの亡骸をよっこらせ、と隣り合わせに並べた。
「静はどうしたんですか?」
「そこにいるよ、ほら」
M伊藤が指差したのは、先ほどまで彼が立っていた一段上のギャラリーだった。壁の影になっている部分から、おずおずと、拳銃とPCを抱いた静が顔を出した。
「終わりました?」
「ああ、終わった。悪かったな、怖がらせて」
「はい。もう、ほんとうに…………。やっぱり、私は実地で働くのには向いてないんです」
「まだ終わってない!」
突然の叫び声だった。胡散臭そうに、その場の全員が、声の主を見た。
集だった。
「なんでみんな僕を無視するんだ! なんで僕を認めてくれないんだ! なんで僕を…………」
そこまで言って、彼は跪いた。何か、彼の心の堰が決壊したような、そんな風な声だった。
「まあ、霊力に無上の価値があると思い込んでるお前に、霊力が備わってないんだ。諦めろ」
M伊藤は、目の前の若い男の肩に、ぽんと手を置いた。
子供じみた格好で崩れ落ちた集は、肩に置かれた手に触れることも、視線をくれることもなく、ただ、彼に尋ねた。
「なんでお前は、僕の霊力がごくわずかしか発言していないことを、知ってるんだ?」
「お前のおやっさんとは、俺も仲が良かったんだ」
M伊藤は肩に手を置いたまま、まるで小さな子にいい含めるように、もっと言えば、宥めすかすように、語り始めた。
「調停局っていうのは、この国が国としてやっていくには必要な機関なんだ。これだけたくさんの種族がいる。お前ら吸血鬼族は自分たちが最強だと思い上がってるみたいだが、最近は精霊なんかとのハーフも多いと聞くぞ。そいつらがみんな精霊側に着いたら、他人の精神に鑑賞できる以上、吸血鬼の力での優位さえ、危うくなるな。
お前のおやっさんはな、それをよくわかってた。俺たち調停局員たちとも密にやり取りをしていたし、まあ、こんなことは個人的なことだが、俺たちに色々良くもしてくれた。まあ、俺たちは色々汚れ仕事をしたし、それが、この国を支えてきたと信じてる
おやっさんは、生きてる時に、俺たちに頼んでたんだよ。息子をよろしくってな。一緒に、お前のことも色々教えてくれたさ。
だからな、お前が吸血鬼族のトップになった時、お前がその体質を発表しなかったことに、心底がっかりしたよ」
「うるさい!」
集は吠えた。
「僕は力が欲しいんだ。強くなりたいんだ!」
「なんで」
「当たり前だろ! 力が無いと、僕はトップでいられないんだ! だから!」
「救いようが無いな」
M伊藤は肩をすくめた。
「そんな奴には、なおさら水流崎さんを渡せないな」
「何!」
集は血走った目を手術台へ向けた。
バラバラにされていた陽菜の体は、傷一つ無い、綺麗な状態に戻っていたのだ。
「霊力が強いっていうのは、ああいうことなんだよ」
M伊藤は、自分にも言い聞かせるように、そう言った。




