22:駆け出せ
「俺の名を知ってるのか」
「知ってるわよ、そりゃ。この仕事をしてればね」
透は自分の歩いてきた道を見遣った。いくつもある枝分かれのうちの一つから、M伊藤と、静と、冴紀が現れた。3人とも堂々とした足取りで歩いてくると、透の脇へと立った。
「なんだお前ら!」
今まで、涼華の言葉に従って沈黙を保っていた実行部隊が、やっとの事で声を上げた。M伊藤はそれをつまらなそうに見やると、ポケットから何かを取り出し、無造作に一つ投げ、逆の手でもう一つ投げた。二十メートルほど離れた彼らの元まで、それは床に着地し、滑り、到達した。それを見届けたか否かという時に、透の体はひょいと持ち上げられた。乱暴に地面に置かれ、頭を上から小さな手に押さえられた・
爆裂音。
耳を聾さんばかりの音が止んで、薄い煙が晴れ始めた。涼華とM伊藤は、まだにらみ合っていた。M伊藤の後ろには、PCを抱えた静がしゃがんでいる。脇をみれば、冴紀が透を抱きかかえるようにして、地面に伏せていた。
そして、涼華の向こうでは、何人もの男たちが、斃れていた。あるものは仰向けに、あるものは縮こまるように、あるものは腕を失っていた。
M伊藤はそんな凄惨な光景にも、目をくれず、行った。
「透。お前は先に行け」
透は、服の下の腹へ手をやった。驚いた。あれだけ痛みがあった腹は、まだ疼くものの、傷はほぼ塞がっていた。
なぜだろう。一瞬そう思ったが、そんなことを不思議に思っている暇はなかった。不思議に思うくらいなら、一刻も早く陽菜のところに向かえ。心が急いた。
しかし、M伊藤一人を置いていくのは、やはり、心のどこかでためらわれたのだ。
「室長……、そいつ、強いっすよ…………。大丈夫すか……?」
「俺を誰だと思ってるんだ?」
M伊藤はニヤリと口角を上げた。
「俺と冴紀はこっちを片付けていく。後から追いつくから、お前は先に、津留崎さんに逢いに行け!」
「解った!」
透は駆け出した。M伊藤とにらみ合って身動きの取れない涼華の隣を通り過ぎ、たくさんの屍を飛び越え、踏みつけ、透は走った。このままもう一度傷つけられることがなければ、陽菜のいるところへ着く頃には、腹の穴はふさがっているだろう。
足音が遠ざかっていく。M伊藤は満足げな表情をすると、また、あの不敵な笑みを浮かべた。
「俺、こんな仕事から、足を洗ったと思ってたんだけどな。やっぱり、血が騒ぐわ」
「そうでなくっちゃ」
涼華も、自信と楽しみを待ちきれない気持ちを滲ませた声で、そういった。
「M伊藤を倒したって言ったら、私の名前にも箔がつくわ」
「残念だが、そんな箔は貼れねえぜ。湿布でも貼っときな、怪我するから」
「うるさい」
一瞬の静寂が訪れた。すべてのものが動きを止め。
銃弾の音が、静寂を破った。




