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武蔵野ギフテッズ・リパブリック  作者: 杉並よしひと
第四章
73/83

21:衝撃と轟音と風

 階段が終わった。唐突に途切れた階段から、今度は清潔感あふれる廊下へと放り出された。床のリノリウムも壁に張られた板も、吸血鬼のイメージにはそぐわない白だった。まっすぐに続く廊下が突き当たりで折れていて、そこに至るまでに何箇所か脇道へそれる通路がある。

 薄暗い場所ならがむしゃらに前に進めたのに、こんな明るいと逆に歩は鈍る。そろりそろりと進む透は、やがて、自分のものではない息遣いを感じた。

 まずい。こんなところでやられるのは避けたい。でも、自分は爆弾やら何やらを持ち合わせているわけではない。

 が、すぐにそんなものは必要ないとわかった。

 なぜなら、今、よく解らないが、自分の体は傷の修復速度がめちゃくちゃに大きいのだ。痛みはそれ相応に感じる。だが、相手が何を持っていても、所詮この建物を壊しはしないだろう。

 それなら大丈夫だ。

 透はそう思い、歩を進めた。

 三歩目を踏み出した時、空気がビリビリと震えるような音がして、金属の銃弾が透の方へぶち当たった。丸ごとえぐり取られたような痛みに、透は歯を食いしばり、それでも足りずに、腹の底から吠えた。

 狭まった気がする視界の真ん中に銃を構えた男たち、端っこに、透は見覚えのある影を認めた。

「あ、ダメって言ったじゃん、撃っちゃ。私が倒したかったのに」

 狩野涼華だった。勝気な笑みを浮かべて、並み居る戦闘部員の後ろから、ゆったりと歩いてくる。一人の少女が歩くだけなのに、彼らはまるでモーゼが海を割ったように、彼女のために道を開ける。

「手出しは無用だから」

 彼女の言葉に、一人の、おそらく部隊長であろう男が頷く。それを満足げに見ると、彼女は視線を透に戻した。口の端がにやり、と歪んだ。

「さあ、君と私、どっちが強いか、決着をつけようか」

「そんなのはどうだっていい」

 透は言い放った。涼華は一瞬何を言いたいのか分からない、という風な表情をしたが、次の瞬間には、もうまたあの高飛車な表情を浮かべていた。

「君がどうだっていいって思ったって、私が気にするの。君には負けない。私は、負けるわけにはいかないの。で、私が君より強いことを、証明する」

「お前が俺に勝とうが負けようが、俺にはどうでもいいって言ってんだ。黙ってそこを通してくれよ」

 透の言葉に、涼華は歯をむいた。笑顔のようにも、憎悪の表情にも見えた。

「私たちは分かり合えないね」

「はなっからそんなつもりはねえよ」

 当人同士しか分からない電流が流れて、空気から火花が散った。二人は重心を落とし、現実離れしたスピードで間を詰める。

 透は冷たい床を蹴った。同時に、ポケットに突っ込んであったナイフを取り出し、刃を出す。それを見て、涼華は笑みの中に小さな残酷さを見せた。

「はっ……!」

 先に仕掛けたのは透だった。体勢を低くし、彼女の懐へ入り込んだ。巧くいった。そのまま鳩尾を殴りつけようとする。が、鳩尾へ今に当たらんとしていた拳は、涼華の手のひらに包まれ、止められた。

「女の子の胸触ろうとしちゃ、ダメじゃん」

 一瞬、次の動きが途絶えた。決して、透の動きが遅かったわけではない。

 透は、自分の身に何が起こったかを意識する前に、壁に背中を打ち付けた。次の瞬間、目の前に涼華の姿が迫り、腹へ何発ものパンチの雨が降り注ぐ。あまりにも早くて、透はずっと腹の上に何か重いものを載せているような気さえした。

 骨が折れた気がする。内臓がぐるりと回転したかもしれない。それでも。

 透はよろめきながら立ち上がった。涼華はへえ、と感心したような声を上げた。

「これだけやっても立ち上がれるってことは、やっぱり君は並みのヒトじゃなかったんだね。正直、異能力者アブノーマリティなんてどんなもんかと思ってたけど、見直したよ」

「うるせえ……」

 肩で荒い息をつきながら、透はそう言い返した。正直そうするのが精一杯で、威勢のいい言葉面とは裏腹に、透の足は今にも崩れ落ちそうだった。

 行かねば。この体が粉々になっても、陽菜を助けださねば。透はゆらゆらと歩き出した。時間さえ稼げれば、この体は治る。さっき確かめたではないか。

 どうしてか分からないが、この体は、いつの間にか傷の治りが早くなったようなのだ。

「立ち上がったって、何もできないなら、寝てるのと同じだよ?」

 彼女の声が耳元でして、気づけば顎の骨が砕ける音がした。右頬を殴られ、吹っ飛ばされた体は五メートルほど向こうの壁にぶつかって、今度は左からの衝撃を感じた。崩れ落ちた透の目の前に、また涼華が現れる。生き物とは思えない早さだ。体全体に無茶苦茶な衝撃を感じ、口から息が漏れた。心臓が躍り、胃が喉元まで押し寄せた。

 涼華は、服越しに透の腹を掴んだ。脂肪なんてこれっぽっちも覆っていない透の腹をいとも簡単に掴むと、そのまま、引きちぎった。ぶちぶちと、まるで布が破れるように、服と一緒に皮膚が裂けていく。

「うああっ…………、ああっ‼︎」

 透は断末魔の叫びを上げた。痛みに歪む眉のせいで、視界が狭い。目に汗が滲む。じんわりと世界が輪郭を失っていき、その中で、透は、自分のはらわたを見た。痛みだ。痛みが自分を眠らせにかかってくる。今眠ってしまえば、涼華は自分を殺すだろう。

 そうすれば、陽菜は永遠に〈無限霊力炉〉のままだ。

「ああっ……、くそがぁっ!」

 透はこぼれ落ちそうになるはらわたを抑えながら、ずるずると立ち上がった。行かねばならない。せっかく、涼華がここにいるのだ。それは、ここに陽菜がいるという何よりの証左だ。早くこの腹を塞いで、ここを突破しなければならない。

 そうすれば、もう一度、陽菜にあえる。

「おめえなんかにやられるわけには、いかねえんだよ!」

「うんうん、こうでなくっちゃつまらないよね」

 治れ! 治れ治れ治れ! さっきは治っただろうが! 透は心の中で念じた。

 その時だった。

 轟音とともに、耳元を一陣の風が吹き抜けた。透に迫っていた涼華は、とっさに動いた。

 目の前の涼華は、胸の辺りで拳を握っていた。芝居掛かった動きで指を一本一本開いていく。

 中からは、石ころみたいな銃弾が現れた。清潔な光を受けて、銃弾は輝いた。

 涼華は手のひらの上の銃弾を見つめると、にっと唇を歪めた。

「そこにいるんでしょ? M伊藤!」


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