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武蔵野ギフテッズ・リパブリック  作者: 杉並よしひと
第一章
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3:ふたたびの邂逅

「失礼します」

 さすがに室長にするような挨拶はまずいだろう、と思って、透はせめて声色だけでも変えてみた。がやがやと、さっきまでいた所からみんなの声が遠く響いてくる。

 硬質な空気が小さく震えた。

「は、初めまして」

 鈴降るような、愛らしい声だった。護衛、と聞いて想像していた依頼者の声とは、全くかけ離れている。その事に拍子抜けして、透はいつもの様にぶっきらぼうな歩き方になって、応接間のソファーへと歩いていった。

 既に応接間の中にいたのは一人の女の子だった。透はまだ面食らったまま、彼女に掛ける言葉を見つけられないでいた。

 とりあえず、向かいに腰掛ける。

 当たり前の事だが、彼女と真正面から向かい合う形になってしまい、さらに透はどうしていいのか解らなくなった。とりあえず、下を向いてばかりいるわけにもいかない。透は顔を上げた。

 同時に、透明なエネルギーの籠った目が、透をまっすぐに射止めた。一瞬合わせてしまったのが間違いだった。もう透の目は、彼女から離せない。

 とにかく、愛らしい女の子だった。色白だが、緊張のせいか、頬が真っ赤になっている。薄いまぶたも、通った鼻筋も、小さな唇も、神様が作った人形の様に形が整っている。

 年齢は透より二つ三つ下くらいだろう。肩幅は狭く華奢で、それが小柄な体をさらに小柄に印象づけている。結びを解けば背中まで垂れそうな長めの髪は、うなじの低いところで二つに分けて結ばれ、両肩の前から垂らしてあった。見ていると吸い込まれそうなほど、綺麗な黒だ。紺と白の涼しげなセーラー服の色合いが、さらにそれを引き立てている。

 そして、どこか見覚えがある。

 透は、自分がいつの間にか息を詰めていた事に気づいた。知らず知らずのうちに目を奪われ、彼女の姿を微に入り細を穿ち見つめていたのだ。

「えっと……、君が、護衛の依頼人、なのか?」

「あ、はい。水流崎陽菜つるさきひな、と申します」

 彼女、陽菜は両手を腿の上に載せ、しずしずとお辞儀をした。つられて透もお辞儀をしてしまう。

 しまったな、と透は思った。なにが「しまった」なのかよく解らないが、なんだか調子が狂う。思い返せば、さっきからどことなく、自分は変だった。

 調子を取り戻す様に、咳払いを一つする。

「俺が君を護衛する、藤村透だ」

「はい、お願いします」

 彼女の動きは一つ一つが穏やかで、かつ無駄が無かった。昔そう言う教育を施されたであろう事は、誰の目にも明らかな様に思えた。

 そして、透は一番訊きたかった事を口にした。

「昨日、会ったよね」

「はい、お会いしましたね」

 妙な沈黙が流れる。悪い事なんて一つもしていないはずなのに、体の裏から猫じゃらしで触られたみたいにくすぐったく、気恥ずかしい。

 とりあえず一つ、咳払いをした。

 彼女は置いてあった湯のみで口を湿らせると、またこちらに向き直った。

「えーと、名前は……、水流崎って言ってたな。歳は?」

「十四です」

「じゃあ、中学生か。どこ中なんだ?」

「国立井の頭中等教育学校です」

 あまり通えてないですけど、と唇が動いたのを、透は見逃さない。気にはなったが今は仕事の話だ。ドライな口調で透は続けた。

「じゃあ早速だけど依頼内容を聞きたい。俺が誰からの護衛をすれば良いのか、どんな時間帯に、どんな形での護衛が望みか、教えてほしいんだ」

「……、私の希望というのは、どれくらい叶えられる物なんでしょうか?」

 見た目の年齢にそぐわない思慮深さを感じた。自分よりも年下のなのに、こういう質問で予防線を張ろうとしているのだ。言葉の中に、かけらほども無邪気さはない。

 逆に、それだけ切羽詰まっているのかもしれなかった。

「出来るだけ君の希望にそった形で護衛をしたいとは思ってるんだ。だから、とりあえず希望を言ってほしい。調節は後からでも出来るからさ」

「解りました……、じゃあ」

 彼女は目を閉じ、二回、三回と呼吸をした。頭の中を整理するみたいに指を折ると、ぱっ、と目を開けた。

「時間帯は二十四時間いつでもで、場所は私の隣です。よろしくお願いします」

 ぺこり。二つに結んだ髪が元気に跳ねた。……ちょっと待て。あわてて腰を浮かす。

「え、いや、さすがに二十四時間は……。だって、夜とかどうするの!?」

「おっ、もう夜のことの相談か。案外お前手が早いんだな」

 気づけば真後ろに室長がいた。透は喉まででかかった驚きの声を飲み込んで、不機嫌そうな顔を作ってみせた。

「いや、茶化さないでくださいよ」

「わりいわりい、ちょっと補足説明しようと思って来てみたらさ、面白そうな事話してるから」

「あのっ、その、全然、そんな事じゃ、ありませんから」

 室長の言葉の意味に気づいたのか、陽菜は顔を真っ赤に茹で上げて、ぶんぶんと首と手を振っていた。ちんまりとした声が、さらに縮こまっていく。


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