1:コンクリートのくに
透は、冷たいコンクリートの床に横たわっていた。
静かだ。
のっそりと身を起こしてみると、自分が今どんな場所にいるのか、朧げに解った。
どうやらここは檻の中らしい。窓がない部屋で、それなりに明るい電球が天井についている。壁も床もコンクリートがむき出しで、直方体の部屋の一面には鉄格子が嵌っている。鉄格子の向こうには通路があって、通路の反対側にも同じような檻が並んでいるところをみると、この檻の両側にも同じように檻が並んでいるのだろう。とにかく、電球の明るさが言いようもなく無機的だ。
なのに、この鼻をつく妙に生命感のある匂いはなんなのだ。
と、向かいの檻の人間と、目が合った。
「坊主、起きたか」
腹のそこに響くような声で、彼は笑った。不敵な笑みを浮かべ、透がどれほどの人間なのか、見透かそうとするような視線が透を嘗めた。
「わしの演技も捨てたもんじゃないってことだな」
一人得心したような言葉の意味を、透は理解できない。
そもそも、透はまだ状況を飲み込めていなかった。自分はどうしてここへ来たのか、靄のかかった夢のような記憶を、どうにか押し固めて、一つの形にする。
……そうだ。
「陽菜ッ! 陽菜はどこだ!」
「坊主、慌てるな。俺の話を聞け」
「そんなこと言ってる場合じゃねえんだ、おっさん。俺は行かねえと」
「聞かんかっ!!」
びりり、と空気を震わすような声がして、透は急に自分の体が竦むのがわかった。体が竦むことなんて久しぶりだった。それも、こんな萎れかけた老人の声になんて。情けなくて涙が出そうだ。
「おっさん、なんなんだよさっきから」
「お前が探してる陽菜ってお嬢ちゃんに心当たりがあるって言ったら、お前は信じるか?」
透は檻を見た。太い鉄格子の扉は、大きな南京錠で何箇所も止められている。原始的ゆえに、霊力ではどうしようもできなさそうだった。
つまり、今の透は、文字通り籠の鳥なのだ。
「信じるも信じないも俺の勝手だ。話を聞いてから判断する」
ぶっきらぼうな透の返事だったが、それでも向こうの檻の老人は不敵な笑みを崩さなかった。
「若えなあ。眩しいぜ」
老人の態度を無視し、透は檻の格子の際へと寄った。胡座をかき、同じように胡座をかく老人と同じ目線になる。格子の際へと寄ると、目の前の檻の両隣にも寝っ転がっている人間がいることに気づいた。
目の前のこの老人を利用してみるのも悪くはないのかもしれない。それで陽菜の元へとたどり着くことができるなら、あるいは。
「まず、俺から質問していいか?」
透の声は、少し低くなった。




