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武蔵野ギフテッズ・リパブリック  作者: 杉並よしひと
第三章
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15:あの日のことを憶えているか

 もともと、常識的な親だったのだ。幼稚園の運動会には来てくれたし、風邪を引けば看病をしてくれた。普通の子供並みに幸せな生活を送っていたと言える。

 しかし異変は、小学校三年の頃だったか、突如として起こった。

 危険運転で突っ込んできた自動車を、飛び越えてしまったのだ。身長は一メートル五十もない。飛びこえた車はワゴン車だった。

 今まで意識していなかった霊族の力が目覚めてしまったのだ。

 それから、両親は自分を恐れるようになった。声を掛ければ彼らの肩はびくりと跳ね、透が寝たふりをすれば、二人の安心を感じ取れた。

 そして、ある朝、透が起きた時に、二人はいなくなっていた。狭いアパートの一室が、がらんと空になっていた。

 家具も何もかもが今まで通りで、でも、大切な通帳や印鑑や、数々の書類だけが無くなっていた。

 その日から、透は一人で生きていかねばならなくなった。金がないから、食べ物の確保を最優先に考えた。街に目を光らせれば、この世は食べ物に溢れている。透はコンビニの裏で廃棄された弁当を拾い、朝一にパン屋へ行ってパンの耳をもらった。

 案外安定して食べ物を得られるようになって、次に困るのは住居だった。しばらくは両親のいなくなった部屋でこそこそと暮らしていたが、しばらくして大家が家賃の取立てにきた。扉が叩かれるたび、透は部屋の隅に縮こまっていた。

 しかし、そうばかりもしていられない。

 ある日、ついに大家はマスターキーで扉を開けにかかった。心なしか大家の足音は高いように聞こえて、透は、この日は押入れに隠れていた。

 逃げなければ、そう思った。逃げなければ、自分は大家という化け物にとって食われると、そう思っていた。

 だから、大家が押入れの前に立った時、透は音高く襖を開けると、驚いた顔の大家の顔に拳をぶつけた。体が動く。間髪入れずに大家の腹を蹴り飛ばし、そのまま玄関から逃げ出した。

 人生で初めて、人を気絶させた。

 自分はもうあの家に戻れない。そのことが、どうしてか透には悲しかった。

 そして、透はフラフラとさまよい歩き、体だけはこれまでと同じように食べ物を摂り続けた。ただ生きるだけの機械のようになりながら、寝て、起きて、食べて、また寝てを繰り返した。

 そのうち、お金が必要だということに気づいた。食べ物はよく廃棄されている。が、訪れつつあった冬の寒さに抗うためには、暖かな服や暖を取るための何かが欲しかった。ゴミ収集の朝に粗大ゴミを漁ってみたりしたが、コートや寝袋なんてそうそう見つかるものじゃない。やはり、お金がいるのだ。

 透はそれまでに、お金の得かたを学んでいた。夕方、陽が低くなってしまうと、街中の人目につかない路地では、決まって悪そうな奴らが善良そうなやつを取り囲んでは、金を巻き上げていた。頭も特殊な技術もこれっぽっちも使わない、明快な金の稼ぎかただった。

そのわかりやすさに、透は惹かれた。

 と言っても、透にも少しくらいの計算はあった。

 両親や医者は、自分のことをアブノーマリティと言った。図書館に行って調べると、自分のような者はヒトとして生まれながら、霊族の力を宿しているという。

 しかも、透の見た目は小さな小学生だ。これが強みになると思った。

 まず、誰でもいい、弱そうなやつに喧嘩をふっかける。もしそいつが本当に心のそこまで弱さで塗りつぶされたやつなら、そこでお金を出してくれるだろう。少しでも抵抗のそぶりを見せたなら、今度は一発、脅しをかけてみる。殴ってもいい、蹴ってもいい。霊族の力を少しでも感じさせてやれば、相手がヒトなら、幾らかの金をくれるだろう。

 もしうっかり霊族の、それも強いやつに喧嘩をふっかけてしまったなら、逃げるのみだ。人並みに紛れてしまえば、相手には実質的な損害を追ってないのだから、そこまで執念深く追ってこないだろう。

 これが透の計算だった。

 毎日、明るい昼を寝て過ごし、夕方になると起き出した。幸せそうな奴らを捕まえては、お札を何枚も搾り取った。

 案外、誰も平和ボケしているのだ。この国は霊族も含め、トラブルを避けるため、誰もが自分の種族を隠している。そのことが、目論見通り国民同士の力でのトラブルを少なくしており、そして、目論見通り行きすぎたため、国民の平和中毒を呼んでいた。

 この前まで、大家一人を殴り倒しただけで傷んだ心は、もう小さな子供を蹴り飛ばしたところで、少しも悲鳴をあげなくなっていた。ぐったりと地面に横たわった人間は、彼にとっては地面に落ちている財布と同じだった。

 生きるために、金が必要だった。

 そう言い聞かせながら、透は何人も傷つけ、何人も泣かせ、何人も脅した。

 金が溜まれば、リサイクルショップへ行き、できるだけ安い防寒具と、できるだけ安い毛布を買った。

 また人を殴った。お金を拾った。

 次はガスコンロと鍋を買った。広い公園の中の隠れ家に持ち帰った。

 人を殴った。拳が血で汚れた。

 切らしていたガスボンベと、肉を買った。久しぶりに暖かい肉を食った。

 人を殴った。殴るだけではなく、街中の構造物を使えば効率的に気絶させられることを学んだ。今日の相手は、階段の角に頭を打っていた。

 獲ったお金で、今度は毛布をもう一枚拾った。明日は雪が降ると、落ちていた新聞に書いてあったからだ。

 もはや、人は金ヅルだった。

 殴った。

 殴った。

 殴った。

 人の白目を何度見た? 人の涙を何度見た? 人の血を何度見た? 人の骨の折れる感じを憶えているか? 人の悲鳴を、絶望を、知っていたんじゃないのか?

 透の答えは、一つだけだ。

 憶えてなんか、いないさ。


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