2:透の大きな仕事
「あらあら、皆さん仲がいいですね」
給湯室の方から現れたのは、湯のみの乗ったお盆を持った水瀬悠里だった。透はまた姿勢をただすと、折目正しく挨拶をした。
「悠里さん、おはようございます」
「こんばんは、トールくん」
室長は見るからに中年で、透も冴紀も静も高校生だった。悠里は二十五歳と、両者のちょうど平均くらいの年齢で、たまに離れていってしまうM伊藤と高校生組の間を橋渡しするような事も多い。
「悠里さん悠里さん、こいつ今日女の子から告白されたんだって。こんな仏頂面にも春が来るもんなんだねー」
「あら、そうなのトールくん? おめでとう」
「いや、全部ガセですから。悠里さんまでそんな事言わないでくださいよ」
透は面倒くさそうに言った。そのまま特大のため息さえついてしまいそうな勢いだ。
「文化祭の出し物を何にするかで、クラスで話し合ってたんです。遅れてしまって申し訳ありません」
「いいのよ、高校生生活の花だもの、文化祭って。で、何やるの?」
「なんか喫茶店みたいな奴です」
「あら、楽しそう。頑張ってね」
そう言うと、悠里はお盆をソファーの前の背の低いテーブルに置き、湯のみをお盆からテーブルへとおろし始めた。
「お茶淹れましたんで、良かったら皆さんどうぞ。貰い物のお菓子もありますよ」
「わーい! 悠里さんありがとーっ!」
「がっつかないの、冴紀。悠里さん、ありがとうございます」
冴紀と静がソファーへと向かう。透もそうしようか、と思っていたところに、ちょうど後ろから肩を叩かれた。振り向くと、室長が真後ろに立っていた。
相変わらず、ガタイは大きいくせに動くときの存在感が全くないな、と透は思う。室長だけは仕事の相手にしたくない。
「なんすか」
そんな事を考えていたのが、口調にも出てしまう。透はあわてて言葉を付け足した。
「もしかして、昨日の夜やり過ぎたの、まずかったんすか? でも、あれはあいつが暴れて勝手にああなっただけですし……」
「まあ、それもそうだな。警察に引き渡して、やりすぎだ、って怒られるのは俺だし」
勘弁してほしいよなあ、と彼は頭を掻いた。透も、毎回仕事の後は反省するのだ。自分はあまり手加減する事を知らない。大抵、相手が抵抗の心をなくすまで嬲ってしまう。
悪い癖だ、と透は思った。
「でも、今話したかったのはそう言う事じゃない。護衛の依頼が来てるんだが、お前、やってみないか?」
「……はい?」
拍子抜けした。透の耳に、急にがやがやと、おもに冴紀の声が飛び込んでくる。
「護衛、ですか。いつですか?」
「今日から」
「いつまでですか?」
「ずっと」
……ずっと? 透は瞬時には言葉の意味を理解できなかった。
「親分、ずっと、って、ずっとってことか?」
「俺も何言ってんのか解らなくなって来たが、そう言う事だ」
室長は鷹揚にうなずいた。逆に、透はそんな簡単にうなずけなかった。
「で、やるのか、やらないのか?」
「報酬はどうやって支払われるんだ?」
室長は、はは、と乾いた笑いを挙げると、透の頭に分厚い手のひらをぽん、と載せた。
「もちろん、毎月の給料に上乗せって形だ。依頼者もそれで納得してる」
「じゃあ、やるよ」
透は、今度は一も二もなく返事をした。報酬は欲しい。お金はあればあるほど良い物だ、と、透は固く信じている。
「お前が誰かさんの告白を受けてたら、この依頼はお前には受けてもらえないだろうからな。まあ、良かったぜ」
室長はぐいっ、と親指を立てると、奥の応接間の方を指し示した。
「依頼者を待たせてる。早く言ってこい」
「解ったよ」
透は返事もとりあえず、パーテーションで仕切られた応接間へと向かった。