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武蔵野ギフテッズ・リパブリック  作者: 杉並よしひと
第三章
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13:遺伝子のいたずらと異能力者の出現に関する簡潔な説明

「まずは、異能力者アブノーマリティがどんなものか、解っておかないとね」

 M伊藤はそう言うと、手元の湯呑みを煽った。

「あ、新しいの淹れておきますね」

「いいよ、悠里」

 腰を浮かせかけた悠里を手で制して、M伊藤は話を続けた。陽菜はその目をしっかりと見つめて、もう他の事は全く見えないようだった。

霊族ギフテッズの存在が歴史上に現れたのは、君も知っての通り、百三十年前のドイツの科学者の報告書、通称『ハイルマン報告書』だ。だが、もちろんこれが霊族の始まりってわけじゃない。この報告書以降、今まで蔑ろにされてきた霊族の人権が、世界の至る所で復活し、霊族とそうでないヒトとの間に生まれた子供の数も爆発的に増えてきた事も確かだけどね。

 しかし、だ。世界各地に残されている民話には、人ならざるものと人との間に子を成した、という類の話が少なくない。霊族の存在が報告されるまで、その手の話は作り物だと信じられていたと聞くけどね。君はどう思う?」

「私ですか?」

 陽菜はいきなり問いかけられて目を白黒した。が、自分が答えない事には話が進まないと感じたのか、「そうですね……」と考え込んだ。

「今、現代に生きている私の感覚からすると、作り物ではない気がします」

 M伊藤は満足げに頷いた。

「そうだ。すべての民話が本当だとは言わないまでも、現代では、それらの民話は本当にあった事だと考えられている。

 今と昔は違う。そう言った民話の数々が生まれてから数世紀の間、人間は『ヒトならざるもの』の存在を幻かフィクションのように考えていた。今のように、種族を超えて交わる事なんてほとんど無かったわけだ。

 それでも、やはり、『ヒトならざるもの』とヒトとの交わりの結果生まれた者を先祖に持った人間は、霊族の遺伝子を受け継いでいる事が多いんだ。ただ、その遺伝子を受け継いでいる、という事は、大抵の場合、外見からじゃわからない。霊族の持つ霊力に関わる部分、例えば、霊力をエネルギーとして受け取るための受容器としてのたんぱく質とか、造霊幹細胞の分化に必要な遺伝子は、ヘテロで持っていても発現しない事が普通で、ホモで初めて働く事が多いんだ。もしかしたら、これは霊族がいつの時代もマイノリティーであった事が関係しているのかもね。

 もう、話は見えてきたんじゃないかな、水流崎さん?」

 M伊藤が投げかけた言葉に、しばらく放心したみたいに虚空を見つめていた陽菜は、急にはっと我に返った。

「偶然、ですか……?」

「その通りだ。ゲノムの大半はヒトが普通に持っている遺伝子なのに、両親が同じ遺伝子座に霊族由来の遺伝子をヘテロで持っていた時、子供は四分の一の確率で霊族由来の遺伝子をホモで持つ事になる。

 そして、もしこのおかげで、子供が造霊幹細胞を持ち、例えばふくらはぎの筋肉に霊力の受容器のたんぱく質を発現したら、どうだろう?」

「…………ご両親はご自分を霊族ではない、ヒトだ、とお思いなのに、子供には霊族の能力が現れる事になります…………」

「そうだ。これが、異能力者アブノーマリティと呼ばれる者が現れる理由だよ」

「でも……」

 陽菜はまだ納得の行かなそうな顔だった。

「昔は霊族とヒトの間に子供が生まれる事は今よりずっと少なかったんですよね? だとしたら、今話してくださった仕組みで異能力者が生まれる確率は、限りなくゼロに近いはずです!」

「今も昔も、一定数の異能力者が生まれる、それなりの理由があるのよ」

 答えたのは、陽菜の向かいに座っていた静だった。メガネにPCのライトが反射して、目線がどこへ向けられているのか、よくわからなかった。

「昔は人の移動が少なかった。交通手段に乏しい時代だったからね。事実上遺伝子プールの大きさは、一つの村に住む人間全員ぐらいのものだったんじゃないかしら。限られた人同士でしか子供を残さないから、霊族由来の遺伝子をホモで持つ子が生まれる可能性も、ゼロでは無かったはずよ。

 それから、交通手段が発達して、だんだん人の行き来も盛んになっていったけど、同時に霊族が人間社会へ進出を始めた。やっぱり異能力者が生まれうる土壌は保たれているのよ」

「じゃあ……」

 陽菜はなおも食い下がった。

「……異能力者は生まれうる存在なんじゃないんですか? 透さんのご両親もそれをわかっていらっしゃったはずです。なのに、なんで……」

 陽菜の声はしぼんでいき、やがて聞き取れないほど小さくなった。

「透さんは寂しいのでしょう?」

「そんな事も解らない奴らがいるってことなんだよ、端的に言えば」

 M伊藤はそう言うと、何かを諦めたような表情で首を振った。

「透の両親、いや、親と言っていいのか解らんな、生物学的な生みの親は、透を受け入れられなかった。可能性があると解っていたのに、だよ。

 情けない話だ」

 誰も、物音ひとつ立てなかった。陽菜も、息をすることさえ忘れてしまったように、M伊藤の顔を見つめ続けた。


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