11:君の寂しさを知りたい
「目標を確保した? 了解。じゃあ、立川分室の人が回収に来るからちゃんと引き渡して……、って、何? 動かないって、目標が?」
静は眉根を揉んだ。珍しく彼女は小言を言っていた。
「……はあ、藤村くん。何度も言ってるでしょ? 目標を確保するって言う最低限の目標を達成するのが仕事なんだから、よけいな事はしないの。室長が頭下げてくれてるからどうにかなってるんだからね。……え? 我を忘れて、つい? つい、で人を気絶させる人がどこにいるの! いいから、今日は直帰しない事! いい?」
静は携帯電話を置くと、奥の室長の机の方を向いた。M伊藤は苦りきった顔をして静の言葉を待っている。
「藤村くん、またやり過ぎちゃったみたいです」
「やっぱりか……」
M伊藤は頭を抱えた。暫くうなった後、悄然とした格好でぽつりと呟いた。
「まあ、幾ら言ったって、こればっかりはなあ」
「室長さん」
冴紀の膝の上に載せられていた陽菜がM伊藤を見て、尋ねた。透が任務で出払っている間、こうして冴紀、静とともに分室へと預けられていたのだった。もちろん、彼女自身の身を護るためである。これまでも何度も見られた光景であった。井の頭分室は小さい分室なので、たとえ局員が長期の護衛任務に就いていても、その間に別の短期案件に取りかからないと行けないのだ。
「なんで透さんは、そこまでやってしまうんでしょうか?」
「…………」
「透さんに護って頂いている身なのにこんな事を言うのは、烏滸がましい事だと解っているんですけど、でも、知りたいんです。室長さんは透さんが仕事に出かける度に、室長さんは『またやり過ぎたか』っておっしゃいますよね?
透さんだって人間です。言葉は解るはずです。私に『またやりすぎちゃったな』って漏らしてくれた事もありました。でも毎回任務の度に“やりすぎて”しまう。
きっと、透さんだって、必要以上に相手を痛めつけたいとは思ってないはずなんです。短い付き合いの私が言うのもあれですけど、透さんはそう言う人じゃないと思うんです。なぜだか解らないんですけど、そんな気がするんです。
室長さんはその理由、ご存知なんじゃないんですか?」
陽菜は一気にまくしたてると、はあはあ、と肩で荒い息を吐いた。まるで大きな怪物とサシで向かい合ったかの様に、彼女の頬は上気している。
陽菜の疑問に答えたのは、M伊藤ではなかった。
「透はね、異能力者だから」
「冴紀!」
室長の疲れたような声が飛ぶ。ドスの効いた声に冴紀は一瞬言葉を引っ込めたが、再び膝の上の陽菜の頭を撫でながら言葉を続けた。
「寂しいのかもね」
「やめないかっ!」
「なんで異能力者だと寂しいのでしょう?」
「やめろ!」
M伊藤の声が広くはない室内に響いた。残響が消えた後に、遠くで鳴り響く救急車の音だけが漂う。
「あいつがそれを望んでるんだ。やめといてくれよ……」
彼はそう言うと、項垂れた。一種哀れみさえ呼び起こすその姿にも、冴紀の表情は変わらなかった。




