10:残忍さがこっちを見てる
「待てよ」
男が来るのは、屋根の上から見えていた。透は物音一つ立てず、小さな風だけを残して、小径を駆けてくる男の鼻先に飛び降りた。
透よりも若干背の高い男だった。
「ひっ」
恐怖に怯えた顔を見上げると、透は無表情のまま、鼻面へ拳を叩き込んだ。骨がつぶれたかもしれない、何かがくだけるような感触が、透の拳に残った。
吹っ飛んで尻餅をついた男は一瞬魂を抜かれたかの様にぼーっとし、我に返ったかと思うと、地面に手を付き、あわてて立ち上がろうとした。
そんな男の尻を、透は蹴飛ばした。無様に転がった男の頭を踏みつけ、蹴っ飛ばし、今度はみぞおちを踏みつけた。男は苦しげな息を吐き、顔を醜悪に歪めると、次には血反吐を吐いた。
それでも、男は息も絶え絶えに腕をつき、透の方を向き直った。涙と鼻水と血とで、彼の顔は見られたものではない。
「解った、逃げねえ。逃げねえよ……」
「本当か?」
透は男を見下ろした。視線がぶつかった男は、怯みながらも透の目を見返す。
「本当だ。逃げねえよ……。だから、もう、勘弁してくれ……」
「……」
透はだんまりのままだった。つまらなそうな顔をして男を見下ろしたまま、暫く微動だにしなかった。
ぬるい風が吹いて、透はやっと、小さく頷いた。
「まだ喋れるのか」
「……は?」
唸りをつけて男を殴る。二回目、三回目までは苦しげな声を漏らしていた男も、四発目の拳が男の顎を揺らしてから、もう、男は息を漏らす事さえしなくなった。
白目を向いた男の襟を掴んで引っ張り上げ、透は携帯電話を開いた。
「終わりましたよ、静さん」




