6:青春の輝きあふれる水辺
どこにこれだけの人がいたんだろう、と言う位、プールは混んでいた。大きめなアミューズメントパークの一角にあるプールだ。プールサイドの売店にも人はごった返し、プールサイドに並べられたテーブルたちも漏れなく煌びやかな若者たちに占領されていた。
一足先にプールサイドに出た透は、一人太陽に焼かれながら、「これだけ人がいたら、プールの水温は人肌くらいには暖まってるんじゃないか」などと考えていた。真夏に人肌の温度の水に入る。何となく嫌な感じである。
併設された遊園地のジェットコースターが通り過ぎて行き、楽しげな若者たちの叫び声が空気を震わせた。
冴紀と静が着いているなら、陽菜は一応安全だ。更衣室はもちろん男女別だから、自分は護衛だから、と、一度は透は陽菜を男子更衣室へ連れて行こうとしたのだ。もちろん、
「透くん、変なモノ見せつけようとしないでちょうだい」
「トールのスケベっ!」
と言う激しいバッシングによって、早急に止められたのだが。
確かに、陽菜のすぐ隣で海パンに着替えると言うのは、考えれば考えるほど危ない絵面ではある。全く考えていなかった。
そんな事にも気づけないほど、自分が焦っているのかもしれない。
奴らは、一回目の陽菜の回収のときも、この前の襲撃のときも、自分たちの姿が人に見られるのを極端にいやがっている。
この人出なのだ。襲撃に遭う事は無いだろう。
そう結論づけてしまうと、もう透は手持ち無沙汰になってしまった。意味も無く準備体操をしていた所、前後屈に差し掛かった所で、股の間から三人がやってくるのが見えた。
「お、来たか」
「つくづく締まらない奴だねー、トールは」
冴紀が肩をすくめてそう言ったかと思うと、一人で何事か得心した様に、静は「うんうん」とうなずいている。陽菜だけはどうしたら良いのか解らない、と言う表情をしている。
「陽菜ちゃんの水着とのファーストコンタクトがさー、その格好ってどうなの?」
陽菜は何の変哲も無いスクール水着だった。そうか、最近の学校指定の水着には名札が着いてないのか、と、陽菜とさして歳も変わらないくせに、透はそう思う。どうも露わになった鎖骨がいけない。ほっそりしていて真っ白なのに、文句のつけようも無く瑞々しい腕もいけない。どうしてもそのまま見ていられなくなって、透はつい目をそらしてしまった。
陽菜は「ん?」と言う顔で、小首をかしげている。二つに結んだ黒い髪がふわり、と揺れた。いかん、と透は思う。
透は目を逸らしてちら、と、陽菜の傍らの二人を見た。静は黒の、冴紀は若草色のビキニをつけている。そうだ。こっちは大丈夫なのだ。
「プールに来たんすよ。準備運動は大事でしょう」
「何言ってるの、この男。遠泳でもするつもりなのかしら」
静に冷たく突き放されて、透はいよいよ何と言って良いか解らなくなった。
そもそも、透だって特に泳ぎたい訳じゃない。この三人に引きずられて来たのとほぼ変わらない形なのだ。
「今日は、陽菜ちゃんに泳ぎを教えるって言う崇高な目的がちゃんとあるんだから。そうでしょ、陽菜ちゃん」
今度は静さんだ。強い光をいやがる様に、小さく空に手を翳している。
「ちょっと待ってくださいよ。そんな事俺聞いてないっすよ」
「あら? 陽菜ちゃん、教えてなかったの? 今日は私に水泳を教えてくださいって」
「その……、泳げないのが恥ずかしかったんで、言い出せなかったんです」
「なら仕方ないねー」
どこから買って来たのか、冴紀はフランクフルトを片手に持ち、むしゃむしゃとやっていた。三口で食べ終わると、ぱんぱんっ、と手を叩き、
「トール! 単刀直入に訊くからぱっと答えて」
「えっ?」
「あんた、陽菜ちゃんに泳ぎ教えられる?」
「えっと……、いや……多分無理っす」
自分で泳げるのと、教えられるのとじゃ全く違うし、正直、今の陽菜を直視できない。
「解った! じゃ、静、陽菜ちゃん、あっち空いてるからあっち行こう! トールはそこら辺でのんびりしてて! じゃっ!」
「あっ、ちょっと、冴紀さん!」
ざざざ、と陽菜が冴紀に引っ張られて行く。あっという間に遠くの方の空いている辺りまで行ってしまった。
あまりの急展開に着いていけず、ぼうっとしている間にまた透はひとりぼっちになった。
「着いてこいって言っておいて、こりゃ無いよなあ」
ぶつくさ言いながら、透はぶらぶらとプールサイドを歩き、大きなボートのような浮き輪を借り、水に浮かべて横になった。
陽菜は、この人目のある中では安全だろう。ましてや冴紀と静がついているのだ。自分一人がついているより安全かもしれない、と透は思った。
実際、冴紀は強い。一度だけ冴紀と喧嘩をした事がある。二人とも異能力者だったから、喧嘩をすれば怪我はお互いひどい事になった。たまには年上らしい所もちらりと見せる人なのだが、いかんせん負けず嫌いで、喧嘩が終わったのは透が動けなくなったときだった。全身の骨が砕け散ったような辛さだった。
久しぶりに昔の事を思い出しながら、透はぷかぷかと水に浮いていた。人が作る波に運ばれて、透の浮き輪は日陰から日向へと追いやられた。
「眩しいな」
仰向けに寝ているから、太陽と直接対峙する形になる。もろに光を受け、透の目は明るすぎる陽の光に眩んでしまった。肌がじりじりと熱くなって行くのが解る。吹き出た汗も湿度の高い空気にはなかなか蒸発して行かない。
急に目の前が影になった。
「やっ」
薄目を開ける。見覚えの無い……、いや、一度だけ見た事の無い顔が、透を覗き込んでいた。透の全身が、冷たい水にいきなりつかった様に、引き締まった。




