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武蔵野ギフテッズ・リパブリック  作者: 杉並よしひと
第二章
33/83

18:あっけなき終幕

「待ちなさい」

 ぐい、と、透の脚力を越える力で透の背中が引っ張られた。

「うぐっ」

 透の首もとがぐいっ、と絞まる。うえへぇっ、と変な声を上げて、透はすっ転んだ。

 素早く振り返る。

 炎さえ凍らせる形相で、静が背中を掴んでいた。透の頭が急に冷えて行く。脳へ行く酸素が減ったせいだと思いたかった。

「頭は冷えたかしら、藤村くん」

「……どうして止めたんですか?」

 透の質問に、静は直接は答えなかった。

「見なさい、あれを」

 静が指差した方向を見やる。逃げて行った吸血鬼がいた。もうかなり遠くまで離れてしまっている。脇目も振らず、透から離れて行く事を至上命題にして、走る。

 と、急に河原の茂みから、一つの影が躍り出た。

「とうっ!」

 なんかカンフーみたいなふざけた格好で、影は吸血鬼の腹に蹴りを入れた。まったくそんな事を予想してなかったであろう吸血鬼は、あっけなく倒れてしまった。

 念を入れる様に更にもう一回、どこかを蹴っ飛ばすと、影は吸血鬼をずりずりと引きずりながらこっちへとやって来た。だんだんと影が近づくにつれ、、見馴れた人影である事、影には長い髪がある事、どこか得意げな顔をしている事が順に解って来た。

 冴紀だった。

「やあトール。派手にやっちゃったねー」

 至って明るい声で彼女はそう言った。透はばつが悪そうに黙り込む。

「私たちを置いて、何勝手に一人で先走ってるのかしら?」

 ドライアイスの様に、触ったら火傷しそうな静の声だ。透は更に身を縮ませ、腕を押さえた。流れ出る血が止まりそうも無い。

「あなたの仕事が何だったか、忘れてないかしら?」

「…………」

 冴紀の視線も、静の視線も、透へと注がれる。陽菜だけがおろおろと三人を順繰りに見ていた。

「あーもー、静っ! とりあえず今はさ、こいつらをどうにかしようよーっ」

 冴紀がじたばたと暴れた。こういう空気は苦手なようだ。

「一応室長に連絡しといたんだけど……、まだ来ないのかしら?」

 静が腕の女性物の時計を見た。

「とりあえず、確保、しておきませんか?」

 透は苦しげにそう言うと、制服の上着を脱いだ。返り血と自らの血を吸ってぐっしょり重くなった上着が、既に湿っていた河原に新しい染みを作った。

「わっ!」

 陽菜の声がする。

「ちょっと透さん、血が、血がっ」

「あーあ、これな。痛いだけだ。死にゃしない」

 本当のところ、透がこんな傷を負うのは久しぶりだった。けれど、それでも、これを大ごとだと思うのはどこか許せない気がしたのだ。

 しかし、幾ら透が何でもない様に振る舞っても、陽菜はそれで引くような奴ではなかったのだ。

「死にはしないって……。怪我してるんですよ?! まずは手当てしなきゃいけません」

「大丈夫だって。分室いけば救急箱があるし、悠里さんが手伝ってくれる」

「だめです。ここで静かにしていてください」

 陽菜はそう言うと、肩からかけていた茶色のポーチからハンドタオルを取り出した。真っ白なタオルを透に手渡すと、次は静の方に向き直る。

「すみません。ペットボトルの水、持ってませんか?」

「持ってるけど」

 静が鞄から水を取り出した。

「いや、いいっす。俺、自分で戻りますから」

 透は静を押しとどめ、のっそりと立ち上がった。大丈夫だ。腕の怪我ほど足はひどくない。

 と、立ち上がった透を、静は冷ややかに見上げた。透より少し低いくらいの所から、静のくぐもった声がする。

「いい加減にしなさいよ」

 と、次の瞬間、透は意識を失った。腹に何か重い一撃を食らったとか、静が拳を繰り出したのだ、とか、一つ一つの事実が何も一つの結論を出さぬまま、透は無理矢理に、深い意識の海のそこへと引きずり込まれて行った。

「透さんっ!」

 遠くで、陽菜の声がする……。


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