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武蔵野ギフテッズ・リパブリック  作者: 杉並よしひと
第二章
31/83

16:生きるか死ぬか

 静寂を破ったのは、五人の吸血鬼の方だった。

 突然、大柄な一人が

「うおぉおぉぉおおおっ!」

 と叫び、多摩川の河原を跳躍して、透に飛びかかって来ようとしたのだ。

 霊族ならではのでたらめな動き。高さ五メートに迫ろうかと言う跳躍の後、男は飛び蹴りを入れようとした。

「そんなもんか」

 透はちらと上を見、すっ、と体の位置をずらした。直後、空中へ跳躍していた男の体が、地面へと着地した。

 地に足がついた瞬間、男はすぐさま透へと拳を繰り出そうとした。大きく体を回転させ、拳は大きな衝撃とともに透へぶち当たろうとした。

 が。

「大振りすぎるぜ」

 大柄な男の懐に潜り込み、みぞおちを打つ。続けざまに膝蹴りもみぞおちに入れる。ついでに腹部にも一発拳を入れたところで、男の腕がようやく懐の透を捕まえようと戻って来た。

 透は一般人の動きからは想像もできないほど、俊敏に懐から飛び出した。そのまま男に手を掛けたまま背後へ回り込み、広い背中に足を掛けた。体が浮き上がる。そのまま反対の膝を男の首へと落とし込む。

 嫌な音がした。透の膝にも、ごり、と嫌な感触が伝わってくる。

 男の体は、まるでスロー再生を見ているかの様に、ゆっくりと崩れ落ちて行った。一瞬、誰もが息を止めた。

 男の体が砂利にぶつかり、乾いた音を立てる。

「来いよ」

 透はもう一度言った。感情の色に全く染まらない、透明な声だった。

「お前ら全員、二度と家へ帰れると思うなよ」

「この……、ガキが……」

 四人はいずれも苦しげな表情をしていた。一人は歯ぎしりをし、別の一人は唇を歪めている。

 と、そんな中で、一人が落ち着いた声を出した。

「お前ら、忘れるなよ。目的はあのガキじゃない。その後ろの〈無限霊力炉インフィニティ〉だ」

 冷たい水をぶっかけられた様に、男たちの怒気がなりを潜めた。

「お……そうだったな。忘れてたぜ」

「ありがとよ」

 他の三人の男たちは口々にそう言うと、再びこちらへ振り向いた。

 透は小さく舌打ちをした。思惑が外れた。

 にらみ合う。

 と、透は、福の背中を誰かに掴まれるのを感じた。いや、誰かじゃない。

 間違いなく陽菜だった。

「離れるなよ」

 振り返らずに、透は小声で言った。陽菜がうなずいたのかどうか、透には解らない。ただ、制服を握っていた陽菜の手が、するり、と離れた事だけは解った。

 四人の男が一斉に、じり、と動いた。透の退路を塞ぐ様に、一度には透が対応できない様に、男同士の間隔が開いて行く。

 風が吹いた。

「行けっ!!」

 冷静だった男の一声で、男たちは一斉に透、いや、陽菜目がけて飛び出した。

 猛烈な霊族の加速が、河原の石をいくつも踏み砕いた。砂埃に混じって、石の欠片が舞う。

 透は陽菜の体に手を回すと、そのまま陽菜を抱えて、跳んだ。

 透の体は、五メートルはあろうかと言う高さまで舞い上がる。

「逃がすかよ!」

 一人の吸血鬼が、透と同じ様に跳び上がる。砂煙が上がり、次の瞬間には、透と同じ目線まで到達していた。

 男の唇が、嫌な笑いに歪んだ。

「お前をやっちまえば、〈無限霊力炉インフィニティ〉は俺らの物なんだな……」

「……」

「死ねやぁッ!」

 吸血鬼が、自らの足を蹴りだす。重さの乗った蹴りが届きそうになる。空中で身動きの自由が制限されながらも、彼の蹴りは正確だった。

 確かに、蹴りが入る感覚があったのだ。

 しかし、吸血鬼の男の体は気づけば空を切っていた。

 透は吸血鬼の蹴りを受け止めずに、そのまま受け流していたのだ。吸血鬼の脳がそれに気づく前に、透は肘を落とし、吸血鬼を地面へたたき落とした。足の振りに依って体は錐揉みの様に回転し、そのまま地へと落ちて行く。

 遅れて透の体が着地する。

 男が体勢を立て直そうとした一瞬の隙を、透は突いた。首元へ性格に蹴りを入れる。

 しかし、そこまでだった。後ろから別の吸血鬼が透へ襲い掛かって来たのだ。

「ちっ」

 透はまた舌打ちをすると、陽菜を抱えたまま跳び退った。吸血鬼たちと距離をとる。

 さっき地面へとたたき落とした吸血鬼が、苦しげに呻きながら膝をつき、立ち上がった。

 霊族は、その霊力のおかげで傷の恢復が早い。その男に透が与えたのは打突による打ち傷だけで、案の定恢復は早かった。

 透が一人目にやった男は、未だに倒れたままだ。首の骨をやられたら、さすがの吸血鬼でも恢復は遅いのだろう。

 じり、と距離を詰めて来たのを見て、透は抱えていた陽菜の体を下ろした。頼りなく自分の足で立つ陽菜の前に、透は立った。

「そこにいろ。俺が終わらせて来る」

 透の経験では、五人の吸血鬼を相手にするくらい、何ともない事のはずだった。いつだって、霊族ギフテッズよりも、異能力者アブノーマリティの自分の方が、疾く、強かった。

 なのに、今、奴らの攻撃に跳び退ってしまった自分がいた事にも、透は気づいていた。

 なぜなのか。透は考えて、一つの答えにたどり着いた。

「逃げましょう、今すぐ」

 背中から陽菜の声がする。笑顔なんて影すらも見あたらないに違いない。

「あの人たちは吸血鬼です。透さんは、吸血鬼ではないのでしょう? 四人も一度に相手にするのは、さすがに無理だと思います……」

「無理じゃない」

 透は冷たく突き放す様にそう言った。

「今やっちまえる奴らは、今やっちまうに限るんだ」

 透はそう言うと、来ていた制服の内ポケットへ手を差し入れた。手だけで探り当て、一本のフォールディングナイフを取り出した。

 一気に、四人とも戦闘不能にするつもりだった。

「はッ」

 気合いを入れて、透は跳躍した。

 一気に駆け上がり、彼我の距離をゼロにする。目の前に迫った吸血鬼の胸に、一寸の狂いも無くナイフを突き立て、引き抜く。

「うはぁッ……」

 生温い飛沫が上がるのを尻目に、一人、陽菜の元へ向かおうとする吸血鬼がいた。透は得物を一振り、汚れを払うと、そのまま膝のバネを目一杯にのばした。

「触るんじゃねえっ!!」

 迫り来る透に、吸血鬼は驚きの表情を露わにした。が、相手もそう言う場面には何回も遭遇して来たはずだ。すぐに体勢を整え、透の繰り出す攻撃に備える。

 が、透はそのままそこで踏みとどまった。陽菜に向かって行く人影が、後二つも見えたからだ。

 どちらを先に始末するか。

 コンマ零何秒かの思考の末、透は踏みとどまった足で地面を蹴り、陽菜の、元へと戻った。人間離れした早さで地面を駆け、今まさに陽菜に至ろうとしていた二人の前へと立ちはだかる。

「行かせねえよ!」

「邪魔だあっ! どけガキィッ!!」

 男の声が響く。けれど、どく訳には行かなかった。

 さっきの様に逃げる訳には行かないのだ。透は動かずに、迎え撃つ構えを見せる。

 と、後ろで叫び声が上がった。

「きゃっ! 離してくださいっ!」

「やった……、やったぞ!」

 さっき透が首を折ってやったはずの男が、陽菜の両手首をがっちりと掴んでいた。間接を極められた陽菜が、苦しげに呻く。

「やっ……、いやっ……!」

「へへへ、やっと……、やっとだ! やっと捕まえたぞ、〈無限霊力炉インフィニティ〉を!」

「おいっ! 陽菜っ!」

 透は叫び、一目散にそちらへ駆け寄ろうとした。

 男の足下には、一本の注射器が落ちていた。おそらく、高濃度の拮抗薬を血管中に直接投与したのだろう。体への負担は大きいが、短期的に見れば効果は大きい選択肢だ。

 完全な誤算だった。あれで戦闘不能にしたと思い込んでいた自分が馬鹿だった。

 意識など完全に消し飛ぶほど、めちゃくちゃにしてやらなければならなかったのだ。

 透は陽菜の手首を押さえている男の脇腹に突進した。脳の思考を飛び越えた早さに、男はなす術も無い。〈無限霊力炉インフィニティ〉を捕まえたと言う達成感、優越感が、彼の判断能力を奪っていたのかもしれない。

「うぐっ……、……くっ…………、かはっ」

 男の脇腹に刺さった得物の柄を縦に裂きながら引き下ろし、返す動きで背中にもだめ押しの一差しを叩き込む。

 男の手が陽菜から外れた。念のため透は男の頸動脈を掻き切る。柔らかな皮膚の感触が、金属越しに伝わってくる。

 もう、着ていた制服は鮮血を吸ってぐしゃぐしゃになっていた。袖口から血が滴るのが解った。でも、自分がこうなるまで痛めつけたって、霊族と言う奴は、その霊力で、嘘の様に恢復してしまうのだ。

 まだやっておくか。透がそう思って、ナイフを握らない方の手に力を入れ直したときだった。

「透さん……」

 陽菜がぎゅっ、と透の袖を掴んだ。

「うしろ…………」

 透は振り向いた。

 透より一回り二回り大きい体の吸血鬼が、吠えた。


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