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武蔵野ギフテッズ・リパブリック  作者: 杉並よしひと
序章
3/83

3:唐突で可愛らしい出会い

「お、お前、いま、どこから……」

 暗闇の中でさえ、男の慌てる表情ははっきりと見て取れた。冴紀は彼のそんな表情を楽しそうに眺めると、獰猛に目を細め、もう一度、舌なめずりをしてみせた。

「逃げられないよ」

 担いで来た、目の前の男の相方をどさり、と彼の足下へ投げた。意識を失った相方をみて、目の前の男は徐々に表情を歪ませていく。

「……くそっ」

 男はそう毒づき、服の懐へ手を入れた。一粒のカプセルを取り出して、乾いた音を立ててそのカプセルを噛み潰す。

 霊力増強剤だった。霊族の霊力を化学的に強化する薬剤だ。

「お前、霊族ギフテッドじゃねえだろ。あんまり粋がってると……解ってるんだろうなあ?」

 男は半分理性を飛ばせた表情で、ポケットからナイフを取り出した。月の光を受けて、鋭い光を返す。

「死にたいのか?」

 男の声が、ぽとり、と地面へ落ちる。冴紀の笑顔は消えない。

「どっちが死ぬの?」

 その時、男の顔が苦痛に歪んだ。鈍い音を聞いた、と思った瞬間に、今度は男の体がゴミの様に吹き飛ばされる。ナイフを持った手は手首を殺され、次の瞬間には、男が持っていたはずのナイフは。

 新たに現れた少年の手の中にあった。

 吸血鬼の男を瞬時に制圧した彼は、無表情に手にしたナイフを男の目元へと突き出す。ナイフの切っ先が眼球へ触れそうになり、それが男の心に最後に残された、ひとかけらの理性を呼び起こした。

 冴紀は少年に呼びかけた。

「どーする? トール」

 透は答えない。一方、彼女の顔に張り付いた笑みをみて、少年の腕の中の男は静かに目を閉じた。すっ、と息を吸い込み、今度は目の飛び出さんばかりに瞼を開く。

「うああああぁああッ!! うぉおおおらあああぁぁあああっ!!」

 男は急に腕に力を込め、暴れだした。ナイフの切っ先が自らの眼球に刺さり、引き抜かれ、それでも男は暴れた。さっき呼び起こされた理性は、もはや無いに等しかった。

 少年は慌てない。

「暴れるな」

 少年、藤村透は男のみぞおちへ拳を埋め、顎を力任せに殴った。頭を揺らされた男は、今度こそ気を失う。

 静かになった。

「さて、終わったね」

「そうですね」

「おなか空いたなあ。ちょうど小腹が空く時間だし、ラーメン食べて帰ろう! 奢るよ?」

「そうですね。こんな時間に空いてる所って言えば、五日市街道沿いのあそこですか?」

 透は時計を見ながらそう答える。どんよりと重苦しい夜の雲の下、二人は会話をしながらも、慣れた手つきで二人の男に手錠をかけ、ついでに霊力受容体拮抗役をポケットから取り出し、注射する。二人はそうしながら、迎えを待っているのだ。

 しばらくうだうだとした会話を続けていると、急に冴紀は透の向こうへ手を振った。

「あっ、来たっ!」

 つられて透も振り返る。広くはない道幅を塞ぎながら、一台のミニバンの二つのヘッドライトが、こちらへのろのろと近づいてくるところだった。静かに停車し、すぐに両側の扉が開いて、運転席と助手席から一人ずつ降りてくる。一人は体格の良い中年、もう一人は冴紀と同じ女子高校生だった。

「藤村君、冴紀、おつかれさま」

「おー、お前ら。今日も仕事が早くて助かるぜ」

「静だー」

 冴紀が立ち上がり駆けて行って、車から降りて来た少女、薬院静にまとわりついている。

「しずかぁー、ラーメン食べに行こーよぉ」「え? ラーメン? というか、ちょっと抱きつくのは止めなさいよ」と言う二人の会話を横目に、透は横たわる二人の男の首根っこを掴み、車から降りて来たもう一人の方、室長であるM伊藤の元へと引きずって行った。

「確かに二名、確保しました。車に積んどきますか?」

「ああ、それもそうだが……」

 室長は言葉を濁した。透が室長に聞き返す前に、室長は話す事を決めたようだった。

「五日市街道沿いにそいつらの車があったんだがな……、ちょっと面倒な物を抱え込んじまってな…………」

 珍しく言葉を濁し続ける室長を、透はさらに訝しんだ。普段なら、言いたいこと言いたくない事、言って良い事悪い事、駄洒落に下ネタ一発ギャグと、だいたいの事はどもらずに喋るのに、今の室長は全くそうは見えなかった。

 後回しにしよう。透はそう思い、とりあえず確保した二人を車に積み込もうと、車の扉を開けた。電気が消えた車内は暗く、扉が開くごとに、車外の車内と比べたら明るいくらいの、申し訳程度の明るさが差し込む。

 何かと目が合った気がする。そのまま扉を開け放つ。

 そこには、白と紺のセーラー服の少女がちょこんと座っていた。透と目が合って、彼女は座ったままとっさにお辞儀をした。二つに分けて結ばれた髪が、ぴょこり、と跳ね、今度は少女の可愛らしい顔がこちらを向いた。表情にはまるで出ていないのに、彼女の目は、透が何者なのか、圧倒的な質量で押さえつけ、観察していた。こいつは信用に足るのか。こいつは自分に害を及ぼすのか。言葉を介さないのに、なぜか痛いほど、透にはそれが感じられた。

 逃げられない。

 透はどうして良いのか解らなくなって、とりあえず、しどろもどろに挨拶をした。

「……こんばんは」

「こんばんは」

 武蔵野の夜は、静かに更けて行く。

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