11:国境のまちは静かな不安の中にある
「ったく、休日ったってまじめに休めやしないじゃないか」
M伊藤は愚痴まじりにそうぼやくと、改めて周囲を見回した。
彼は今、武蔵野共和国東で最も大きな玄関口、荻窪ゲートの共和国側にいた。基本的に、日本国からの入国者、共和国からの出国者は、国境でのパスポートのチェックなどが省かれている。これも、建国時に両国が互いに認めさせた事の一つだった。
だから、今M伊藤が降りて来た列車にも、これから日本へ入ろうと言う客がたくさん残っている。
彼の目的は日本には無い。切符を改札に通して駅の外へと出る。
この国の国境にはそこまで大きな街がない。共和国の政治的、商業的な中枢は立川にあるし、その他の大きな街、例えば国分寺、八王子、調布なども、国境からは離れている。そして、それらの大きな街は、大抵共和国警察が見回りをしていたりする。
だからこそ、駅から出たM伊藤は、不穏な空気を一瞬で察知した。すぐさま携帯電話を取り出し、「水瀬悠里」をコールする。呼び出し音は一回目の途中で途切れた。
『はい、水瀬です』
「俺だ。手短に伝えとく」
ちらりと、線路の彼方を見やる。まっすぐな線路は、どこまでも続いている様に見える。
「やっぱり国境警備は強化されている」
『そう……。透くんには伝えた方が良い?』
「いや、いい。あいつは案外顔に出るタイプだから、依頼者も不安がるだろ」
『そんな理由で?』
おっとりした微笑みの声がスピーカーから流れ出た。M伊藤もつられて少し口角を上げると、すぐにまた表情を険しくし、声を一段と潜める。
「いや、それだけじゃない。少し考えろ。あいつにこれを教えたら何をするか……」
『……』
悠里は黙り込む。暫く『ふーむ』と考え込むような声がスピーカーからした後、彼女はおもむろに口を開いた。
『確かに……、教えない方が良さそうね』
力があるって言うのも考えものね、と言う悠里の台詞を聞くと、M伊藤は「じゃ、そう言う事だから。今から戻る」と言い、通話を切断した。
七月に入ったと言うのに雨続きで、今日も妙に肌寒い。M伊藤は「ううさむ」と呟くと、駅前の道を国境方面へ向けて歩き出した。
徒歩で国境を越えてみて、更に普段と異なるところを探そうと思っていた。




