10:手を繋ぐとは言うけれど
ぶっきらぼうに答える透に、陽菜は「いーっ!」と膨れっ面を向けてみせた。傍らで静がため息を吐き、遠くで冴紀が叫んだ。
「おーいっ! こっちはフェネックだって! なんか狐みたいなの」
「ほんとですかっ!」
一瞬動きかけた足を止め、陽菜は透の方を向いた。珍しく真面目くさった顔の陽菜が、まっすぐに透と目を合わせる。
透は、すぐに目を逸らそうとした。が。
「一緒に行きましょう」
陽菜は、どこから湧いたのか、今度は満面の笑みを浮かべると、透の手を取った。小さく暖かい手が透の冷えた手をずんずんと引っ張って行く。
透はバランスを崩しかけ、一生懸命踏ん張って、転ばない様に走って行く。
「ちょ、一人で走れるって。あんまり引っ張るな」
陽菜は何も返事をしない。ただずんずんと透の手を引っ張って行く。透は足を踏ん張って、濡れたタイルを踏みしめた。陽菜の軽い体が、いとも簡単にぐっ、と止まる。
「俺は一人で歩ける」
急に透に手を引っ張られて、陽菜は振り返った。一瞬目元が前髪で隠れて、次の瞬間には、いつものあの能天気な笑みが見えた。
「そんな事言って、透さん絶対一緒に来てくれないんですもん」
「うるさい」
「そんな事言っても、手、私は離しませんよ」
そう言って、まるで小さな子が駄々をこねる様に、陽菜は透の手を揺さぶった。されるがままにしていたから、透の体はぶるぶると震えた。
司会の端っこに、面白い物を見る目つきの冴紀と静が映った。
「解ったよ、行くよ。行きゃ良いんだろ。何を見たいんだ」
「向こうにリス園があるみたいなんですよ。透さんも一緒に行きましょう!」
入り口でもらったパンフレットに目を落とす。今いるところから少し奥へ入ったところに、大きな円形の檻がある。どうやら、リスがいる巨大なケージの中を、人間も歩ける、と言う物らしい。
「行くよ。行くから、手を離してくれ」
「離しませんよー。いつ逃げるか解りませんから」
いたずらっ子の様に笑って、陽菜はずんずんと歩いて行く。
透は、仕方なく引っ張られるがままに引きずられて行った。静と冴紀は、相変わらず透を指差して笑っている。
透は、小さくため息を吐いた。




