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武蔵野ギフテッズ・リパブリック  作者: 杉並よしひと
第二章
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6:白き柔肌と青き煩悩

 雨が降り続いていた。梅雨明けが近づいて、梅雨はいよいよ最後の力を振り絞りにかかっているようだった。窓の外の紫陽花と、その葉に乗っかっているカタツムリだけが、梅雨を喜んでいるに違いない。

 朝の雨は静かだった。

 透は壁にもたれたまま、視線を窓からカレンダーへ移した。土曜日。何も無い日だからこそ、溜まってしまった制服のシャツや、手持ちの無い陽菜が冴紀や静から借りていた服を洗いたかったのだが、層も行かない。そもそも、この護衛が延々と続くなら、陽菜の服も買わなければならない。布団も干さなければ黴びてしまう。

 とりあえず洗濯だけでも……、と透は考えて。

「こうしちゃおれんっ!」

「わっ。どうしたんですか!?」

 ちゃぶ台に向かって何やら勉強をしていた陽菜が、くるりとこちらへ体ごと振り返った。黄色い無地Tシャツに適当な長さの緩い灰色のパンツをはいている。すっかりぼろアパートの一室に馴染んでしまっていた。

「陽菜、お前の借りた服は乾燥機オーケーな奴か?」

「あ、はい、大丈夫だったと思いますけど」

 そう言って陽菜は、これまた少しサイズが大きめのTシャツをおもむろに捲り上げた。真っ白なお腹がちらりと目に入る。滑らかな肌とその健康的なぬくもりが、何故か透には手に取るように感じられた。

 透は「いかん」と思い直す。

「お、お、お前、何やってるんだ!」

「え? えーと、冴紀さんに洗濯するときはこのタグを見ろって言われたので……」

 陽菜は、裏返って表面へと顔を出したTシャツのタグを摘んでみせた。

「えーっと、これは乾燥機に掛けちゃだめって書いてありますね」

「そ、そうか」

 何事も無かったかの様に彼女はシャツの裾を離した。夢のようなお腹が一瞬でシャツの下へと隠れてしまう。

 透は今さっきの自分を無理矢理忘れようと、ぶっきらぼうに言った。

「なら良い。今日はコインランドリー行くぞ。うちには乾燥機が無いからな」

「がってん承知です」

 テキストを畳む陽菜は妙な返事を返した。

「いや、洗濯はうちでしてくから、まだそれやってて大丈夫だぞ?」

「なら、私が洗濯機回してきますね」

 言うが早いか陽菜は立ち上がると、すたすたと洗濯機の方へと歩いて行った。

 透に取ってはありがたい事に、このアパートはボロい割に、洗濯機は共同ではなかったのだ。

 洗面台の脇に置いてあった洗濯かごからどさりと洗濯物を洗濯機へ移し替えると、手慣れた動きで洗剤を量り入れ、そのまま洗濯機を動かしてしまった。

 透が追いついたときには、洗濯機はもうじゃばじゃばと水音を立てていた。

「なんか悪いな。働かせちゃったみたいで」

「いいえ、私もここに住まわせてもらっているのですから、これくらい働かないと、です」

「そうか」

 あまりにも陽菜が笑顔だったから、透はそれ以上なんと言っていいのか解らなかった。

 洗濯機が回る。時間が経つ。

 気づけば洗濯機は止まっていた。透は洗い上がった洗濯物を袋へ移し替え、高校の制服に着替えると、ポケットに財布と携帯電話と文庫本を突っ込んだ。

「行くぞ」

「はい」

 外は絹糸のような雨が絶え間なく降っていた。透も陽菜もそれぞれのビニール傘を持って歩く。

 見馴れた景色が雨に煙っている。長くまっすぐな道路には、前にも後ろにも人間の影が見当たらず、この街が丸ごと捨てられてしまったような感じさえする。

 静かだった。

 毎日の様に通る善福寺池の脇を通り過ぎ、井の頭中等教育学校へ至る道を途中で折れる。すると、すぐに立派な破風造りの銭湯が見えて来た。建国以前から営業している「天の湯」である。透は重厚な天の湯の建物にくっついている、こぢんまりとしたコインランドリーへと入って行った。

「今はまだ営業してないんですね」

「そうだな。ここは四時に開くから。入りたかったのか?」

「銭湯、入った事無いんです。どうしても高いので」

 恥ずかしそうにはにかむ陽菜だったが、それも仕方ないと透は思う。建国以後、銭湯の数は急激に減り続けている、と室長から聞いた事がある。室長はここの常連でもあった。今や共和国内にこういった「銭湯」と言う形を取る共同浴場は、三百も残っていない。

 それに、陽菜が貧乏かそれに近い暮らしをしていた事は、今までの会話から薄々感づいている。

 ふと、透はこの前の静の言葉を思い出した。口は重いままだが、これくらい言っても罰は当たらないだろう、と、透は思い切ってみる。

「いつか、一緒に来てみるか」

「え?」

「銭湯。入りたいんだろ?」

 しかし、透の思いは、陽菜には間違って届いたようだった。

「え、えーとですね、私、透さんにお世話になっていますし、好きか嫌いかで言えば間違いなく透さんの事が好きなんですが……」

「?」

「まだ裸のおつきあいはちょっとなーって」

「風呂場まで一緒な訳ねーだろ」

 透は陽菜の頭を軽くチョップした。彼の胸辺りの高さから、「あう」と言う声が聞こえる。陽菜は頭を押さえながら「そう言う事でしたか……」と呟いた。

 どこか妙な気分になってしまった。さっき見た陽菜のまばゆいまでのお腹を思い出してしまう。もしもっとシャツがたくし上げられていたなら、もっと別のものも見えたのだろうか……。もやもやが止まらない。

 死ね、自分。透は心の中で悪態をついた。

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