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武蔵野ギフテッズ・リパブリック  作者: 杉並よしひと
第二章
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1:学校へ行こう!

「さて、朝になった訳だが」

「……はい、おはようございます」

 むにゃむにゃと眠そうに目をこする陽菜を前に、透は昼間と変わらぬ口調で語った。

「お前、学校行かなきゃならねーんじゃないのか?」

「……今日はお昼頃にパンの耳がパン屋に並びます……鳩のエサになる前に、もらわないと……いけません」

 何の話だ。

「おーい、起きろー」

 未だに寝ぼけ眼の陽菜の型をゆさゆさと揺すってやる。しばらく「あああ〜」と言葉にならない声を上げていた陽菜も、しばらくすると「はっ」と目を見開き、

「お手数お掛けして申し訳ありません」

 と言った。どんな目覚めだ。

 いつまでもこんな感じでは埒が明かない。透はいきなり本題に入った。

「もう中学校へ行く時間じゃないのか」「そうですけど」「なら早く起きろ」「起きてますって」「じゃあ正三角形の一つの内角は何度だ?」「……ななじゅうにど」「やっぱ寝ぼけてるじゃねえか!」

 すぱん、と陽菜の頭を軽く叩き、ゆらゆら揺れながらとろんと瞼を重そうにする陽菜を、どうにか朝の世界へ連れ出そうとする。

 しばらくすると、陽菜は部屋の電灯をまぶしそうに眺めてから、ちゃぶ台の上に置いたゴムで見馴れた髪型へと髪を結い始めた。慣れた手つきで髪が二つに分けられて行く。透はそれを見届けてから、一人キッチンの方へと歩いて行った。

 昨日のうちに話し合って決めた事だった。

 いきなり学校へ行かなくなると学校の人間は怪しがるから、とりあえず中学校へは通い続けろ、と言う透に、陽菜は、透さんこそ高校へ行くべきです私の方は良いですから、と言い、互いに一歩も譲らなかった。

 よくよく透が話を聞いてみると、陽菜は調停局へ保護される前から日々の生活で手一杯で、学校は休みがちだったと言う。透の家にやって来た当初の陽菜の言動と、陽菜の語った話を照らし合わせれば、あり得ない話ではなかった。

 だから、夏休みに入るまでは毎日交互にそれぞれの学校へ行き、陽菜が中学にいる時は透が構内に侵入して監視し、透が高校にいるときは陽菜は井の頭分室で預かられる、と言う事で手を打ったのだった。夏休みの間に問題の根本的対処法を見つけようと、努力をしよう、と言う方針である。

「こんな事なら室長が護衛してくれれば良かったのに」

「仕方ないですよ。室長さんは室長さんで色々お仕事があるみたいですし」

 ぶつくさ言う透を陽菜が嗜める。

 二人分の朝ご飯をちゃぶ台へ並べ、もくもくと食べ、着替え、学校へと出かける。

 透の家は、吉祥寺駅の北にある、善福寺池のそばだった。重苦しく分厚い雲の下を、土の匂いで一杯の善福寺公園を、てくてくと抜けて行く。

 背丈の高い草が池のなかに生えて島の様になっている。朝の遅いカモたちが微動だにせず立っているのが見えた。

「失礼な事は百も承知なんですが」

 歩いていると、陽菜がそう言った。

「学校へいらっしゃらないのに、制服をお召しになるんですね」

「そりゃ、これ以外に外に着ていく服は無いからな」

「……本当ですか?」

「ああ、本当だ」

 調停局からもらえる給料は悪い訳ではない。が、未だにアルバイト扱いなので、勤務時間に応じた給料しかもらえないのだ。

 だから、毎月かつかつで、服など買うお金がないのだ。

「透さん、私がこういう事言うのも何なんですけど、このお仕事って大変なんですね」

「なーに、毎月の事だ」

 一瞬、透の喉元から「お前の護衛のおかげで、少しは楽になるかもな」と言う言葉がでかかった。その言葉の底知れぬ恐ろしさに、透は必死でそれを飲み下した。

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