12:たべものはぼくらのいのち
これで話は終わりだ、と言う風に、陽菜は黙り込んだ。透も、さっきの質問を拒まれた以上、問いかける言葉も見つからない。
置き時計のこちっ、こちっ、と言う音だけが狭い部屋にこだまし、それが逆に静けさを意識させた。
こちっ、こちっ、こちっ、こちっ、こちっ。
ぐー。
「…………、腹、減ったのか?」
「…………………………はい………………」
可愛らしい腹の虫が聞こえた。目の前の陽菜は「えへへ」とはにかみながら、小さな手でお腹を押さえた。
「夕飯にしよう。昨日の余り物だけど良いか?」
「お手伝いしますよ」
「いいって。うちのキッチン狭いし、二人も立てない」
「そう……ですか」
陽菜は思いのほかしょんぼりしてしまった。だが、知り合って間もない人間の家に邪魔をして、剰え食事を御馳走になってしまう時の気まずさはよくわかる。
透も、身に覚えがあるからだ。
「ええとさ、陽菜。すぐに温めて持ってくるだけだから、ちょっとちゃぶ台の上でも片付けておいてくれないか? ちょっといまごちゃごちゃしてるし」
ずっと一人暮らしだったから、一人分の食事スペースを残して、ちゃぶ台は色々な物に覆われていた。新聞紙、筆記用具、問題集、ラジオ、その他色々。すべて透の持ち物である。
めんどくさそうな仕事だが、陽菜は微笑んだ。おどけた調子で言う。
「はい。ところで、今日の藤村家の献立は何ですか?」
「一昨日作っておいた豚の角煮とお浸しだ」
「やったーっ」
万歳三唱を始めた陽菜を見て、透は拍子抜けしてしまった。年齢より大人びた印象を持っていたけれど、こうしている姿はむしろ幼いくらいに見える。
「どうした。そんなに嬉しいのか?」
「はい。『ぶたかく』は大好物です」
うきうき、と言い出しそうな陽菜は、うきうきした手つきでちゃぶ台の上を片付けた。見ているとそのままうきうきしながら空へ飛び立って行ってしまいそうだ。
お下げ髪を揺らしながらくるくると立ち回る陽菜を暫く見ていてから、透はキッチンへと向かった。
他人に自分の料理を振る舞うのは、久しぶりかもしれない。
『トール、あんた、案外いいもん食べてるのね。あーもーこっちまでお腹空いちゃった』
羨むような声がする。冴紀はそう言って電話の向こうで腹の虫を鳴かせた。
『男子高校生の自炊にしては渋いもの作ってるじゃん。もっとこう、カップラーメンとかばっかりなのかと思ってたよ』
「それじゃ栄養偏りますって。作り置きの利くおかずなら面倒じゃないですしね」
『……やっぱりトール、保護者っぽい』
「そんな事無いですって! 全然!」
不毛なやり取りが始まった。冴紀が透をおちょくり、透はスルーし、また冴紀が重ねて冗談を言い、今度は透が真に受ける。
気づけば夜も更けて、時計の二本の針はてっぺんで重なっていた。
『じゃ、明日も早いし、おやすみ、トール』
「おやすみなさい、冴紀さん」
通話終了のボタンを押し、画面を暗くする。
部屋へ戻ると、陽菜の掛け布団がずれていた。陽菜が来ているのは、セーラー服のまま寝るのはいやだろう、と、透が陽菜に貸したTシャツと短パンだ。ぶかぶかである。
布団を掛け直してやって、ちゃぶ台を挟んで反対側に寝転ぶ。
窓から、夏にしては冴え冴えとした月が見えた。




