11:続・霊族に関するいくつかの事
『え? ちょっと待って!?』
電話の向こうで、冴紀が驚きの声を上げた。
『じゃあ、陽菜ちゃんってもしかして、あの有名な〈無限霊力炉〉なの?!』
「何ですかそのイン……、なんでしたっけ?」
『〈無限霊力炉〉! 知らないの? わたしも噂しか聞いた事無いけど、未分化の霊細胞を生み出す事が出来て、その血液を輸血する事で強力な霊力を手に入れられる、ってやつ。まさかあんな女の子だとは思いもしなかったけど……』
「ここからは私自身も絡んできますね。軽い気持ちで聞いていてください」
陽菜はそう前置きをして、再び口を開いた。
「私は、両親の顔を知りません。後から聞かされた話だと、両親とも精霊族で、明日の食べ物にも困るくらいに貧乏だったそうです。そんな状態で子どもを作ってしまったのですから、さらに暮らしは困窮しました。
でも、全くの偶然です。全くの偶然で、私の全身の骨髄は、両親とは、いや、普通の霊族とは比べ物にならないほど強力な霊力を生み出す霊細胞を作っていたのです。一種の突然変異とも言えるでしょう。
加えて、私は霊族の両親から生まれたにもかかわらず、体のどの器官も霊力を意識的に利用できなかったのです。唯一発現したのは、普通の霊族が当たり前に持っている、自然治癒力が高まる、と言う物でした。ただ、私の持つ霊力は強いので、怪我の治りは平均的な霊族と比べて、かなり早いのです。
この二つの条件に、吸血鬼たちは目を付けました。色々ありましたが、結局は吸血鬼族に、影で追われる身と言う事です」
陽菜はそこまで言うと、言葉をふと切った。目線も伏せられ、さっきまで暑苦しいくらいに透を見つめていた瞳は、背の低いちゃぶ台の上をうろうろとさまよっている。
「色々、の中に何があったのか、は教えてくれないのか」
「おいおいお話しするときもあると思います。でも今は……」
「解った。深くは聞かないよ」
陽菜は何に向かってか、小さく頭を下げた。透にはどうしてもそれが痛々しく見えて仕方が無かった。
『陽菜ちゃんって純粋な精霊族だったんだ』
「そうらしいっすよ。俺も驚きましたけど」
百三十年前、ドイツのある医学者が、各地の伝承や神話に現れる存在の現存を確認し、それらの体からすべての物理法則を超越する力、『霊力』を発見して以来、霊力を持つ人間は自らを“霊族”と称し、また、伝承に残る名前ごとに集まって、『種族』を形成して来た。彼らの多くは、自らの外見をヒトに似せ、表向きは人間社会にとけ込み、裏で伝承によって名付けられた名を線引きとして、一種の共同体を作り上げていたのだ。
しかしこの国では、万が一種族同士に政治的軋轢が生じたときでも、住民間にまで摩擦が生じない様に、敢えて自分がどの種族に属すかを言おうとはしない風習がある。いわば自衛の策だが、もし言うとすれば、二者がこれ以上親密になる事は無い時くらいである。
結局、愛の前に種族の壁など無かった訳だ。今、この共和国内では、どんどん種族間のハーフが増えている。それだけに、純粋な精霊と言うのはとても珍しいのだ。
ただ、福祉などを請け負う、いわば組合的な役割を担うのは従来の種族ごとに組織された『同盟』と言う物であるから、ハーフであれどこかしらの種族に属している事にはなるのである。この『同盟』内の選挙で、国政へ参加する者が選ばれる事も多々ある。
『まあでも、詳しい身の上話を聴くにはまだ早すぎたんだね』
「まだ出会ってから一日経つか経たないかくらいですし、身の上話を知って、仕事の仕方を変えたりする訳でもないです。だから、聴きたいなら本人が話したいときに聞いてやってください」
『りょーかい。なんかトール、あんた保護者っぽいわね』
「んなわけないっすよ」




