7:他人の呼び方とヒトの気持ち
頭を抱え込みたくなった。陽菜の言葉は透の理解の範疇を越えている。
「それで、どうやって暮らしてたんだ」
「火さえ熾せれば大抵の物は食べられますし……、水は公園の水道がありましたね。でも、やっぱり屋根や壁があるのって安心感が違います」
「……、色々気になるが、敢えて聞かないでおこう」
目の前の少女からは汗の匂いもしなければ、泥の粒だって一つもついていない。
「まあ、あれだ。慣れるまでは色々大変だろうし、俺がやるよ。まあのんびりしてな」
「いえっ、そんなっ!!」
慌てた様に手を振る陽菜。透はそんな陽菜を落ち着かせる事もせず、さらに言葉を継いだ。
「俺が『どうするか』って言ったのは、もっと詳しく業務内容を突き詰めようぜ、って事だ」
「業務内容……、ああ、護衛の事ですね」
何の事だと思ってたんだ、と透は一人心の中で毒づいた。何となく調子が狂う気がする。
「例えば、お前は何をされたから護衛の必要性を感じたのか、とか、そもそも、お前が狙われてる理由だって、俺は何にも知らないんだ」
透は自分の言葉に勢いがついていくのを感じていた。調子を取り戻そうとするあまり、自分の声に不機嫌そうな色が混じってくる。
「あの……、なんか怒られてる感じがするので、名前で……、呼んでくださいませんか?」
怯えながらも、大きな濡れた瞳だけは透から離れない。自らの言葉につられて、沸き立ちかけていた透の心は急に冷めていった。
危ない危ない。本当に、何故かこいつ相手だと調子が狂う。
「なんかすまんな。……、水流崎さん、で良いのか」
「いいえ、それは名前じゃありません」
「……陽菜さん、……で良いのか」
「どうか呼び捨てで」
「………………陽菜。…………、許してくれ」
「許してあげます」
満足げな顔で目の前の少女がうなずく。透は頭を抱え込みたくなった。
「じゃあ、透さんのおっしゃるお話の方も、ぼちぼち話していきましょうか」
「……頼む」
息も絶え絶えに、透はやっとそう言った。窓の外には、やっと夏の暗闇が訪れようとしていた。




