1:夜の街の追走劇
夜の街を黒い影が走った。
二つの黒い影の後ろを、もう一つ、長い髪を靡かせながら小さい影が追いかけていく。三つの影は人一人がやっと通れるくらいの路地へと、目にも留まらぬ早さで駆け込んでいった。
「くそっ、しつけえな!」
二つの影の一方がそう毒づいたかと思うと、急に方向転換をして、小さな影の少女へ飛びかかった。霊族特有の爆発的な筋肉の動きが、人間からは考えもつかないような圧倒的な加速を生み出す。
「邪魔なんだよ!」
暗闇の中で、舞った。男の拳は空気を裂き、うなりを挙げて小さな影へと向かう。目前に拳が迫り、あわや、と言うときに、しかし、向かってくる拳を、彼女は涼しい顔でひらりとかわした。
「死にさらせっ」
逆に目にも留まらぬ早さでみぞおち、腹へ拳を埋め込み、仕上げにうなじへ手刀を一発叩き込んだ。声にならない呻き声を挙げて、男は地面へ倒れ込む。
彼女は倒れた男をひょいと担ぎ上げ、自由の聞く方の手に持った小型の携帯に怒鳴りつけた。
「静! もう一人どこに行った!?」
『ちょっとまって、今追跡するから』
携帯のスピーカーから、せわしなくキーボードを叩く音がする。やや合って、小さな咳払いと、それに続く落ち着き払った返事が返って来た。
『案外近かったわね。吉祥寺通りを月窓寺方面に向かってるわ。相手は吸血鬼だから、気をつけてね、冴紀』
「あいよ! いつもありがと、静!」
彼女は威勢のいい返事をし、駆け出した。携帯のボタンをなれた手つきで操作し、今度は別の相手を呼び出す。
「聞こえてた、トール? 吉祥寺通り、月窓寺方面だよ!」
『了解しました』
こちらからは殺したような声が返ってくる。今度は返事を返さずに、乱暴にポケットに携帯を突っ込む。
彼女は地面を蹴る足に、さらに力を込めた。歩幅が大きくなり、しなやかな体が風を切って疾走していく。