気付かない異変
夜になって、村は暗闇につつまれていた。
こうしてみると、都会がどれほど夜も光に満ちているのかを実感させられる。
何気なくたっている街灯……ビルの窓からこぼれる光……あるいは、光を放ついろいろな広告板……この村には、そういったものが一切なかった。
あるのは、空から降り注ぐ月と星の輝きだけ。
夜空はこんなに明るいものだったのかと、それなりに長い人生で、初めて知った。
「うっわ、めちゃくちゃ虫飛んでんじゃねえか。最悪だな」
「……吹き飛ばしていいかしら?」
だというのに……女二人はどうしてこうも風情というか……多少の情緒も持てないのだろう。
「あ、あはは……自然豊かなもんで……あと八束さんが吹き飛ばすとかいうと、山ごとなくなりそうなんで勘弁してください」
「……悪いな、伊上。馬鹿が気苦労をかける」
俺がそっと謝罪を口にすると、伊上が小さく首を横に振った。
「いえ、村の為に来ていただけただけで十分っす」
「そうか」
なら、せめてその感謝の分だけは働かないとな……。
「ところで、今はどこにむかってるんだ?」
「とりあえず、怪奇現象の目撃情報がある方向へ。村を出て、北に少しあるいた山の中ですね」
「げ、山の中はいるのかよ」
紫峰の嫌そうな声が聞こえるが、無視だ。
「そこでは一体何が起きたんだ?」
「ええと……巨大な何かの影が動いているのが見えた、って情報があります。それも、何キロも離れた場所から見えたって言うんですから、相当なもんですね」
「ふうん……」
巨大、と言われて脳裏に浮かんだのは、前に紡が生み出した天道啓のサワリだ。
腕の一振りでビルをいくつもなぎ倒すような異形……あれよりも、果たして大きいのだろうか?
まあ、あの程度であれば今の俺にとっては何の問題もないが……しかし、その規模のサワリが本当に出現したとすれば、やはりおかしい。
双界庁が気付かないわけがないのだ。
この十年で、魂魄界に対する警戒は強まり、対抗策の類も増えている。
双界の狭間が揺らぎ魂の澱が現実界に流入するとして、しかもその質量が大きなものとなればなるほど……感知できない道理がない。
であれば、サワリではなく、魂装者だとしたら?
魂装者の能力は様々だ。
俺のように魂の澱を自らの糧として扱うような能力もあれば、紡のように使い方次第ではサワリを生み出すような能力もある。
ここまでの情報で相手が魂装者としてどんな能力かを想像するのは難しいが、それだけ、ありえないことではない、ということだ。
とはいえ、そうなれば分からないのは、どうしてそいつが双界庁に名乗り出ないのか、だ。
確かに一般人からは畏怖の対象として見られがちな魂装者だが、それを補って余りあるほどの利点もある。
まず双界庁で働いたとして、かなりの収入が得られる、というのは単純だが大きな利点だ。
なにせ世界存続をかけた戦いに身を投じるのだから、それくらいは当然のように保障されている。
他にも、様々な機関でも優先権や、いざというときの手当ての類……細かく挙げればきりがない。
そしてだからといって、双界庁に絶対に所属しないといけないわけではない。
魂装者と名乗り出れば当然スカウトされるものの、それを断って一般社会に出ることは不可能じゃないのだ。
当然、能力の使用を厳しく制限されたりと、制約はあるものの、普通に生きていく分には何の支障にもならない。
では逆に、双界庁に申し出ない場合。魂装者であることを隠し続けた場合……そのリスクはでかい。
軽く見ても、数百万円の罰金に加えて、数年間の保護観察……悪ければ身柄を拘束され、そのまま逮捕されてしまう。
それだけ、隠すのが危険視される強大な力なのだ、魂装とは。
もし、それらの情報を知り、なおも自らが魂装者であることを隠そうとするやつがいれば、そいつにはよほどの理由があるに違いない。
例えば……双界庁にばれるとまずい、不当な真似をしようとしている、とか。
「……」
「あの、戦火さん? なんか怖い顔してますけど……」
「ん」
伊上に声をかけられて、意識が現実に引き戻される。
「ああ、すまん。なんでもないんだ……少し考え事をな」
「はあ、そっすか?」
なにはともあれ、だ。
さっさとこの仕事を片付けて、帰ろう。
いつまでも結を放ってはおけないからな。
† † †
「んー、この辺り、なんすけど」
村を出て暗い森の中をしばらく歩き続けることで、ようやく目的地にたどり着いた。
「……一見、ここまで続いてた光景と変わりないようだが……」
周囲を見回しても、あるのは木ばかり。
鼻をつく緑と土の香りは慣れず、少し感覚を惑わされるようだった。
「……」
ふと、八束が一歩前に出た。
「どうした?」
「……ようは、異常がないかどうか調べられればいいんでしょう? なら分かりやすくいきましょう」
「ば……お前、まさか!」
止めるより早く、八束が魂装を展開した。
広がる四枚の翼が軋みをたて、そのうちの一枚から巨大な凶器が飛び出した。
連鎖刃を回転させる大鎌が暴風を巻き起こしながら振りぬかれた。
破滅の魂が込められた斬撃は刃渡りを無視して直線状に駆け、樹木を何本もまとめて切り飛ばした。
それだけではない。
余波は地面を覆っていた落ち葉も空高くへと舞い上げる。
空を包む瓦礫を見上げ、八束は大鎌を血錆の翼へと押し込むと、今度は大剣をひきぬいた。
赤い輝きを纏った大剣が振りぬかれると、空に紅蓮の斬撃が放たれ、舞っていた瓦礫が一つ余さず焼き尽くされる。
あとに残されたのは、随分と見渡しのよくなった光景だった。
「お前、なにしてるんだ!」
「なにって、だから問題がないか調べているんじゃない」
あっけらかんと、八束が答える。
「なにが調べるだ。ただの破壊活動だろ!」
「ええ。こうして辺りを壊し尽せば、なにかいれば適当につぶせるし、なにもないならないで、それが結果として残るでしょう?」
「お前な……!」
「あ、あの……自然破壊は、勘弁してくださいっす」
「知らないわよ。私はこんなくだらない仕事は終わりにしたいのよ」
俺や伊上の言葉など歯牙にもかけず、八束が大剣を両手で構える。
「……ああ、ったく」
仕方ない。
とりあえずぶっ飛ばすか。
そう思って、俺は魂の力を拳に込め……。
「いや、千華の行動もそんな外れてねえみたいだぞ」
紫峰がそんなことを言い出した。
「お前もか……」
「待て待て、そうじゃねえ。これ見ろよ」
言いながら、紫峰が足もとをつま先で叩く。
視線を下げるが、そこには落ち葉がはがされ土が露出しているだけだ。
それがなんだというのか……。
「なにを……」
「はっ、お前はもう少し視野を広くもてって」
「……」
お前みたいな人間には言われたくない。
そう言いそうになるのを堪えながら、改めて視線を下ろした。
一体こいつはなにが言いたいんだ?
視野を広く、ねえ……。
「……あ?」
ふと、気付いた。
俺たちの立っている場所が、おかしいことに。
続いて伊上や八束も気付いたのだろう。
落ち葉に隠され、月の光も届かない場所では到底気付けなかった、あまりにも大きすぎる異常……。
「これは……なんだ?」
俺たちの立っている場所だけ、くぼんでいた。
足場の悪い森だと、それだけだった印象が打ち砕かれる。
巨大な足跡の中に、俺たちは立っていた。




