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そして明日を壊す為、  作者: 新殿 翔
魂を明日へと結ぶ為、
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誰かの見た夢

 自己紹介の順番が回り、遠季が俺と八束に視線を向けた。



「次……あなたと、あなた」



 ……八束は動く気配がないので、仕方なく俺が先に口を開いた。



「戦火朔だ。等級は第二、炎を操る。あー……一緒に暮らす上じゃ、問題を起こさない様に出来るだけ気を付ける。まあ、適度によろしく」

「え、終わりですか?」



 なんで朱莉先輩は不満げなんだ。



「他の人たちもこんなもんだったでしょう」

「けど、あなた達は新入りさんですし、少しくらいアピールとかしておいた方がいいと想うんですけど」

「……と、言われても」



 自己紹介で言うことなど、これ以上なくて、俺は眉を寄せた。



「……別に、無理はしなくていい。……一緒にいれば、その内、分かるから」

「ん、ああ。そう言って貰えると助かる」



 遠季からの思わぬ助けに、ありがたく乗らせてもらう。



「そうですね」



 朱莉先輩も遠季の言葉には一も二もなく頷いていた。



「それじゃあ、次は八束さんですね」

「……」



 朱莉先輩に促され、渋々と八束が口を開いた。



「八束 千華(ちか)



 短く、自分の名を告げると、八束は閉口した。


 名前、千華っていうのか。似つかわしくない可愛げのある名前じゃないか。



「……って、それだけ?」



 俺も人のことは言えないかもしれないが、いくらなんでも情報がでなさすぎだろう。


 思わず疑問を口にした俺のことを、八束の鋭い視線が貫いた。



「……壊す。砕く。殺す。それが私の魂の形よ」

「そりゃ怖い……」



 よりにもよって付け加えるのがそういう内容とは。こいつコミュ障じゃないのか。


 苦笑しながら肩を竦め、八束から視線を外す。


 触らぬ神に祟りなし、だ。


 出来るだけ、こいつと関わり合いにならないよう気を付けたいものだ。



「……今日は、ごたごたしてたから。細かい話は明日にして……ひとまず、荷解きとか、済ませて」

「そりゃ助かるな、隊長さん」



 今日は、あまり動いてないのに随分と気疲れしてしまった。


 さっさと部屋を片付けて寝てしまいたい。



「ちょっと戦火さん。そうやって茶化した呼び方は――」

「いい……、好きに呼んで。立場とかを見せつけて、強要するつもりは、ないから。……信頼は、行動で得るべき」

「……へえ」



 朱莉先輩を遮った遠季の言葉に、思わず感嘆が漏れた。


 そんな風に言われたのは、仙堂さんに続いて、二人目だった。



「……これからよろしく頼むよ、遠季隊長」



 そう言うと、隊長の小さな肩が微かに揺れて、戸惑いが伝わってきた。


 なんだ、しっかり隊長扱いしてるってのに。驚くことか?



「……?」

「気にしないでくれ」



 首を傾げた隊長に小さく笑い、俺は食事を再開した。


 なにかと滅茶苦茶な部隊だが……まあ、悪くないのかもしれない。


 少なくとも欠片くらいには、そう思えた。


† † †


 ソレは全身を襲う熱に悶え、苦しんでいた。


 自分の中身が溶けて、混ざり合う感覚は想像を絶するほどに気持ちの悪いもので、絶望と恐怖が満ちていく。


 蠢く悪感情は次第に暗い輝きを放ち、憎悪の炎となって、さらに身を焦がした。


 憎い。


 憎い、憎い。


 憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。


 溢れ出す憎悪はとどまるところをしらない。


 その身を構成する細胞の一つ一つが憎しみの熱で震えていた。


 人も、物も、魂も関係なく、手当たり次第だった。


 怒りをぶつけ、それでも気持ちが晴れることはなく、次の獲物を求める。


 憎い、殺してやる、滅べ、熱い、許さない、壊れろ。


 いくつもの感情が入り混じり、混沌がソレの内には広がっていた。


 不安定な魂は、そのまま自分の力という圧力で、内側から破裂し、消滅する定めにあった。


 だが……救いが、あるいは絶望の続きが、訪れる。



「――殺してやる」



 そう呟いた人は、誰だったのか。


† † †


「――っ!」



 気付けば俺は、布団を押しのけて上半身を起こしていた。


 呼吸は荒く、額にはびっしりと浮かんだ汗を、服の袖で拭う。



「……久しぶりに、見たな」



 忘れもしない。


 あの光景は、惨劇の夜に広がった紅蓮の地獄だ。


 昔はよく夢に見ていた。


 最近は減って来たと思ったが……また見てしまったのは、昨日なにかと気持ちを揺さぶられるようなことがあったからだろうか。


 俺は何度か深く呼吸をして胸の鼓動を落ちつかせると、布団から抜け出した。


 畳敷きの、十二畳はあろうかという、一人で暮らすには広すぎる部屋だ。


 しかも小さなシャワールームとトイレが別々についている。


 部屋の隅には机が置かれ、俺の私物がいくつか適当に配置されている。


 結局、面倒くさくなって荷解きはほとんど投げ出し、未開封の段ボールの山が部屋の一角を占めていた。



「……」



 起きて、まず慣れない空気に頭を掻き、何気なく窓を隠していた小さな障子を開いた。


 静かな住宅地が視界に広がる。



「ん?」



 ふと、眼下に見覚えのある姿が映る。


 ジャージ姿の八束が、門を出ていくところだった。



「格好からして、ランニングか? 真面目な奴だな」



 とてもじゃないが、俺はそんなことをする気にはなれない。


 枕元に置いてあった時計に視線を向ければ、普段の俺なら絶対に起きていないような時間だった。


 慣れない部屋で眠りが浅かったのか、あるいはむしろ、肌が合ったのか。



「……風呂は……勝手に入るのはまずいだろうなあ」



 なんと地下に大浴場がある、と昨夜に説明を受けたのだが、夜はシャワーを軽く浴びるだけに済ませてしまった。


 今から、とも考えたが、もし他の隊員とはち合わせたらと考えると、思わず頬が引き攣る。


 大半が、凶暴か、化け物じみた力をもっているかだ。


 その時に俺の命が保証されるとは思えない。



「後で時間の割り当てなり聞くとして、とりあえずシャワーでいいか」



 欠伸を噛み殺しながら、俺はシャワールームへと向かった。


† † †


 シャワーを浴びて楽な格好に着替えた俺は、二階にある自室から階段を下りて、居間へと移動した。


 すると、包丁でまな板を叩くリズムカルな音が聞こえてくる。


 おそらくは紡が朝食の用意をしているのだろう。


 邪魔をしたら悪いかと立ち去ろうとしたが、不意に、居間から庭へと続く障子が開かれた。



「……おはよう」



 現れたのは、遠季隊長だった。


 彼女は縁側に腰を下ろし、脇に湯気を立てる湯のみを置いていた。



「ん……ああ、おはようございます」

「……?」



 なぜか首を傾げられた。


 俺としては隊長の意図など汲めず、立ちつくすしかない。


 部屋に戻ってもいいだろうか。


 そう考え始めた時、ようやく隊長が口を開く。



「……別に、楽な喋り方で、いい」

「む……」



 俺としては敬意を込めて呼んでいたつもりだったんだが、わざわざそう言ってくると言うことは、むしろ楽に喋れ、ということだろう。



「それなら遠慮なく」



 まあ、俺としてもそっちのほうが楽で助かるのだし、断る理由もない。



「……ん」



 すると、遠季は自分の横をぽんぽんと軽く叩いた。



「座れって?」

「……」



 小さく頷いた遠季に、一瞬戸惑うものの、特に断る理由もなく、俺はおとなしく腰をおろした。


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