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そして明日を壊す為、  作者: 新殿 翔
魂を明日へと結ぶ為、
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今だけは

 結局その後、朔の捜索を切り上げた朱莉は、七海と合流すると、隊舎へと戻った。


 そして、二人と一緒に、屋敷の敷居をまたいだのは……。



「あの、ということで……」



 居間にいた真央へと事情を説明し、朱莉は気まずそうに、横に座る人物を見た。


 彼女……戦火朔の妻を名乗った満は、悪びれもせず笑みを浮かべた。



「ついてきちゃった。泊めて、真央さん」

「すげぇ、こいつ遠慮を知らねえぞ」



 長年の友人の家に泊まりに来たかのような気軽さで、満が言い放った。


 その様子に、七海が戦慄すら覚えたかのような顔で呟く。



「す、すみませんお姉様。どうしても、言うことを聞いてくれなくて……」

「……」

「お姉様?」



 真央は、身動き一つとっていなかった。


 満が居間に姿を現してから、ずっとだ。


 白髪に顔を隠されているせいで、ただでさを読み取りづらい彼女の感情は、全くうかがえない。



「お姉様?」



 繰り返し、朱莉に名前を呼ばれ、ようやく真央が動いた。


 無造作に腕を伸ばし、満の頬に触れようとする。


 が、満が身を引いて、その手を避けた。



「だめだよ。真央さんに触れられたら、私、消し飛んじゃう」

「……戦火、満」



 苦笑する満を見て、真央はその名を反芻した。


 伸ばした手を引き、髪の隙間から満を見つめ……笑った。



「え?」



 朱莉が驚きの声を漏らす。


 はっきりと、真央がおかしそうに笑ったのだ。


 彼女がここまで感情を露わにすることなど、ほとんどない。


 『黄泉軍』、戦火朔のことを除いて考えれば、初めてといっても過言ではなかった。



「なるほど、あなたはそういう存在か。彼はつくづく、魂に恵まれている」



 いつもとは違う、流暢な言葉だった。



「怖いなあ、全部お見通し?」



 おどけるように、満が片目を瞑った。



「それで、泊めてよ、真央さん。他に行く当てもないんだよね。お願い」

「あの、満さん……ここま双界庁の隊舎ですから、一部の例外を除いて、基本的に外部の人を泊めたりは――」

「構わない」



 朱莉がやんわりと否定しようとする流れを遮り、あっさりと真央が満の要求を受け入れた。



「えっ、いいんですか!?」

「構わない。彼女は、無関係ではないから」



 異論は許さないとばかりに、真央が断じる。



「ありがとう、真央さんっ。あ、部屋はお兄ちゃ――旦那様のを使うから!」



 花が咲くような笑顔に、朱莉は釈然としないものを感じていた。


† † †


 その日の夕食は、泊めてもらったお礼、ということで満が作ることになった。


 ほかに料理ができる人間もいなかったため、反対意見は出なかった。


 そして食卓に並んだのは、手作りのハンバーグに、チキンライス、グラタンと、どことなく子供受けのよさそうな料理の数々だった。



「流石お兄ちゃん……間借りしてる私ですらここまで作れるなんて、スペック高すぎ……」



 なぜか他の誰よりも、満自身が出来上がった料理を前におののいていた。



「わあ、すごい!」



 料理を見て、結が歓声をあげる。


 そんな彼女を見て、満が目を細め微笑んだ。



「結ちゃんもお料理を教わっているんでしょう? なら、きっとこれくらいは自分で作れるようになるよ」



 そう言って、結の頭を撫でた。



「そうかなあ?」



 まんざらでもなさそうに、結は表情を崩した。



「こうして料理作れない女子の株が下がっていくわけだなあ」



 乾いた笑みを浮かべ、七海がつぶやく。



「それなら七海さんも戦火さんから料理を教わればいいじゃないですか」

「あいつに教わるのは、なんか嫌だわ」



 きっぱりと言う七海に、朱莉が苦笑した。



「あ、そういえば皆の好き嫌いとか聞いてなかったけど大丈夫かな? 千華さんはどう?」

「どうして私だけに聞くのよ」



 満の問いかけに、千華が鬱陶しそうな顔をする。


 しかし満はまるで気にする様子もなく、むしろ嬉々として千華の隣に陣取った。



「私、千華さんとは仲良くしたいな」

「なんでよ」



 千華にしてみれば、初対面の満からのアプローチが理解できなかった。


 相手を拒絶する雰囲気の千華に、満は曇りのない笑顔を向けた。



「だって千華さんの魂は、とても綺麗だもの」

「……っ!?」



 言われた言葉が、千華は上手く飲み込めず、肩を揺らす。


 美しいという言葉が自分の魂に対し使われるなど、予想外もいいところだった。


 破壊を望む魂……そんなもののどこに、美しさなどあるものか。



「あんた、それ皮肉? 喧嘩を売ってるの?」

「違うよ、本当だってば。どこまでも純粋で、一途で……うまい言葉がみつからないけど……」



 不意に、満が千華の耳元に唇を寄せた。


 微かに怪しい笑みを浮かべた満が、千華にだけ聞こえるように告げる。



「『勇者』は行き詰ってる。『人魚姫』は息苦しい。『魔王』は傲慢が過ぎる。けど『伊邪那美』は気に食わないものを壊したいというシンプルさがいい。分かりやすくて、きっと多かれ少なかれ誰しも持つ願いだからこそ共感もできる。でも、ありふれたものであるからこそ、あなたほど突き詰める者はそうはいない。なにより――理不尽を許せないから、自分が理不尽な力を振るってやるという、その在り方が、私にしてみれば至上の輝きに思える」

「――……」



 言われた内容を、千華は消化しきれない。


 ただ……魂の底まで見透かされるようなうすら寒さがあった。



「あんた……」



 得体のしれない怪物を前にした気分で、千華はその正体を見極めるように、満を見つめた。



「ん、やだなあ千華さん。そんなに熱い眼差しを向けられたら照れちゃうよ」



 満はおどけて、軽く千華の肩を叩く。


 その態度が、彼女の本質を、より見えにくい場所へと隠すために思えてならなかった。


† † †


 夕食後、朱莉は結と一緒に風呂に入り、部屋に戻って彼女の髪にドライヤーと櫛をかけていた。


 一緒に、洗い流さないで使うトリートメントを髪に使う。


 そういった手入れも、七海から教わったものだった。



「ねえ、朱莉お姉ちゃん……」



 静かに髪をいじられていた結が口を開いた。



「はい、どうかしましたか?」

「本当に、お兄ちゃん、大丈夫かな?」

「……ええ」



 一瞬だけ言葉をつまらせながらも、朱莉は朔が帰らないことを不安がる結の気持ちを少しでも宥めようと、普段通りを装って頷いた。



「戦火さんのことならば心配いりません。あの人が、簡単にどうこうなるわけもありませんし、すぐに帰ってきますよ」

「……うん」



 力ない声を漏らす結だったが、すぐに明るい表情を浮かべた。



「あのね、今日は千華お姉ちゃんとね――」



 見るからに強がりの笑顔に、けれど、朱莉は何も言えない。


 幼い少女の強さに、つい甘えてしまう。


 楽し気に話す結に相槌を打つしかない自分の情けなさを、『勇者』は呪う。


 『勇者』として、自分の魂に矜持と自信を持っていた。


 だが、最近は自分に対し苛立つほどの不甲斐なさを覚えるばかりで、胸の奥に棘の刺さるような痛みを感じた。


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