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そして明日を壊す為、  作者: 新殿 翔
魂を明日へと結ぶ為、
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触れた破滅の気配

「すまなかったな。人を見た目で判断するな、とはよく言ったものだ」



 朱莉は、自分を助けてくれた第一等級の少女が笑うのを横目に、廃棄区域を進んでいた。



「まさか私を三つしか違わないとは思わなかった。ええと……」

「扶桑朱莉です」



 名を告げる朱莉の顔には、もう子ども扱いされたことに対する不満の色はない。


 ずっと尾を引くほどのことではないに、なにより、彼女自身年齢不相応な容姿は自覚していた。



「扶桑。すまなかったな」



 彼女は足を止めると、片手を差し出した。



「私は寄生木妃だ。よろしく頼む」

「はい」



 朱莉も応じ、二人は軽く握手を交わした。


 互いに、互いの素性など知らぬままに。



「それにしても驚きました。廃棄区域に、寄生木さんのような魂装者がいるなんて」



 力量、そして心根の部分を指しての言葉だった。


 人を助ける。


 そんな考えを持つ魂装者が廃棄区域にいるなど、思ってもいなかったのだ。



「寄生木さんほどの人であれば、双界庁に入れば隊長クラスだって夢じゃないですよ」

「ん……そうかもしれないな」



 朱莉の言葉に、妃は曖昧な答えを返した。


 その表情は、どこか困った風で、朱莉ははっとする。


 こんな吹き溜まりで余計な詮索はしない、と妃は口にした。


 それは、朱莉も心に留めておくべき忠言だったのだと遅ればせながらに気付く。



「す、すみません。余計なことを……」

「ああ、いや。気にしなくてもいいさ。私の事情など、大したものではないから」



 口ではそういう妃だったが、朱莉の目には、彼女が苦しげな顔をしているように見えた。


 だから、失礼だとわかりながらも、続けて問いかけてしまった。



「寄生木さんは、どうして廃棄区域に?」

「他の者達と変わらない。私も、追われて逃げ込んだんだよ」

「え……?」



 意外な答えに、朱莉は目を丸くした。


 悪人には決して見えない妃が追われているという事、そして彼女ほどの力を持ちながら逃げなくてはならないという状況に、二重の驚きを覚えた。


 自分でも意識しないうちに、朱莉は身構えていた。


 仮に、妃が魂装犯罪者だとして……だとすれば彼女は、双界庁に所属する魂装者である自身の敵なのだから。


 しかし、そんな彼女を見て、妃は気分を害するでもなく、苦笑した。



「そう身構えないでくれ。別に私は、誰かを傷つけるつもりなどないよ。確かに追われているが、決して、罪を犯したわけではないのだから」



 言ってから、妃は遠い眼差しを空へ向けた。



「あるいは……存在そのものが罪と言われてしまえば、反論もできないか」

「一体、どういう……」



 妃の独白を理解できず、朱莉は少しだけ眉を寄せた。



「その……もしよければ、事情を聞くことは出来ませんか?」

「え?」



 朱莉の言葉に、今度は妃が驚きを表した。


 だが、朱莉からしてみれば、この行動は当然の事だ。


 なぜなら、彼女は『勇者』である。


 『勇者』が困っている者を見捨てることなど、ありえない。



「私で力になれることがあるかもしれません。もし、寄生木さんの苦しみを取り除く一助になれるのであれば、それほど嬉しいことはありません」

「……」



 しばらく、妃は朱莉の顔を見つめていた。


 驚きの中に、困惑や気後れ、複雑な感情が入り混じる。


 不意に、その感情が、一つに収束した。



「――ああ、そうか」



 納得した、と。


 妃が微かに頷く。



「君も救いようのない魂の持ち主か」



 紡がれた言葉を、朱莉は理解できない。


† † †


「君も救いようのない魂の持ち主か」



 妃は自分の言葉に、呆然とする朱莉を見て、少しだけ胸が締め付けられた。


 彼女の言葉、彼女の瞳に、迷いはなかった。


 私の――誰かの力になれるのなら、それほど嬉しいことはない。


 それこそがこの少女の魂なのだと、理解してしまった。


 妃はもう一度、朱莉の瞳の奥にある意志を確かめた。


 誰かの為に。


 なんと尊く、儚く、危ういものなのか。


 魂からの願いが、自己の為ではない。


 それの異常性を妃は十分に理解していた。


 なによりも利己的な願いを抱いた彼女だからこそ。


 仮に、人生で一度だけ、あらゆる願いを叶える権利があったとして、多くの人間は自分の為にそれを使う。


 正しいかどうかは別の話として、それは当然だ。


 自分の願いが一番大事……物語に出てくる成人でもない限り、その前提は崩せない。


 そうでなければ、人間として、どこかがおかしい。


 自分より他人、そんなことを心の底から真に願える魂は、清らかなようで、歪だ。


 どんな不純物も存在しない、どんな異物の侵入も許さない、真空に似ている。


 そして、その無垢さは、己を苦しめるだろう。


 生きていれば、不純物などいくらでも生まれてしまうのだから。


 失敗のない人などいない。


 悪意のない人などいない。


 絶望のない人などいない。


 生まれ落ちてしまった以上、正負はつきまとう。


 正だけの存在などありえない。


 現実と願いの摩擦は、確実に、魂を汚す。



「寄生木、さん……?」



 思考に埋没していた妃は、朱莉の声に意識を現実へと引き戻された。



「ああ、いや……すまない、少しぼうっとしていた」



 何気なく、妃は自分の胸に手を当てた。


 そこにある、昨夜より幾分か穢れの薄らいだ魂を感じ、微かに笑んだ。



「――……そうだな。なら、少し君に相談に乗ってもらいたいことがある」



 彼女なりの想いで、言葉を口にした。


† † †


 隊舎に残された千華は、居間でちゃぶ台に頬杖をついて、結のことを見ていた。


 結も結で、少し不思議そうにしながら、千華の事を見つめ返している。


 そんな時間が、しばらく続いていた。



「……」



 面倒を見ろ、と言われた手前、こうして様子だけは窺っていたが、いい加減飽き飽きしてたようで、千華がため息とともに立ち上がった。


 無言のまま、庭へと出る。


 すると、結も付き従うように、縁側へと移動した。


 それを視界の隅にとらえながら、千華は庭に無造作にころがしてあった鉄の根を軽々と拾い上げると、いつもどおりに鍛錬を開始した。


 僅かに乱れた自分の中のリズムを取り戻すように、風を割いて根を振るう。


 一振りで朔のことを忘れ、二振りで朱莉と七海のことを忘れ、三振りで結の事も忘れた。


 一心不乱に、仮想の敵を破壊していく。


 だが……。



「なにを、しているの?」



 無遠慮な結の言葉で、破壊へとのめりこんでいた感情が醒めた。



「……」



 根を地面に突き立て、深いため息をつく。


 軽く睨み付けるが、千華の鋭い目つきにも、結は怯え一つ見せない。



「見れば分かるでしょう。鍛錬よ」

「……」

「分かったのなら、邪魔するんじゃないわよ」



 突き放すように言い放ち、千華は根を地面から引き抜こうとして――結がまた口を開いた。



「どうして、そんなことをするの?」

「……」



 根を手放し、もう一度ため息をこぼす。



「破壊するためよ。私が気に食わない全てを。言っても、あなたには分からないでしょうけどね」



 子供相手に向きになるのも馬鹿らしいと、わざと見下すように言い放てば拗ねてどこかにいくだろう。


 千華は、そう思っていた。


 だが……思い通りにはならなかった。



「……どうすれば、分かるの?」

「え?」

「分からない時は、どうすれば、分かるようになるの?」



 問われ、千華は言葉に詰まる。


 結に、深い意図はなかったのだろう。


 朔とすれ違っている今だからこそ、なにかを知ろうとして、とっさに出た言葉なのだろう。


 千華は、その問いに答えられない。


 他者を理解するなど、彼女の領分ではないのだから。



「……相手の立場になってみれば、分かるんじゃないの」



 出たのは、ありきたりな、適当な心理学の本でも開けば見つけられそうな言葉だった。



「……そっか」



 すると結は、小さく頷くと庭に降りて、地面に突き立つ根へと手を伸ばした。


 両手でつかみ、引き抜こうとするが、とても子供の力で引き抜けるようなものではない。


 万が一抜けたとしても、まともに持ち上げることすらできないだろう。



「あんた……」



 結は、千華の立場に立とうとしていた。


 どうしてそんなことをするのか、千華と同じことをすれば理解できるのだと、彼女の言葉のままに行動していた。


 その愚直さに、千華は再三、ため息をこぼした。



「何か振り回したいなら、それ以外にしなさい」



 そう言いながらも、千華には、結に手頃な武器に心当たりがなかった。


 少なくとも彼女が持っているのは、鉄の根をはじめ、子供には荷の重過ぎる者ばかりだ。



「……そういえば、あいつ」



 朔が木刀を振り回していたのを思い出し、千華は庭から、二階の策の部屋の窓を見た。


 以前に鍛錬を一緒にしたときは鉄の芯が入った木刀を使っていたが、普通の木刀も持っているかもしれない。


 それなら、もしかしたら結でも扱えるのではないか。



「……」



 千華が結に視線を戻すと、彼女が首を傾げた。



「……まあ、あんたの為なら、あいつも納得するでしょう」



 独り言ちて、千華は屋敷の中へと戻っていった。


 その後に結も続く。


† † †


 朔の部屋には鍵もかけられておらず、最悪ドアを壊して押し入ろうとしていた千華の考えは、幸か不幸か達成されることはなかった。



「不用心ね」



 およそ侵入者らしからぬことを口にしながら、彼女は部屋の中を見回す。


 部屋の中を見た千華の感想は、まず、意外と物が多い、ということだった。


 机などの家具や部屋の隅にたたまれている布団など、最低限必要なもの以外にも、アイロン台やミシン、掃除機、何に使うか分からない彫刻刀や、絵を描くときに使うカンバス、ギター、さらには城郭などの模型……そういった趣味の物まで様々なものが転がっている。



「……多趣味?」



 普段の朔からは想像も出来ないことだった。


 だが、インテリアというにはあまりに不恰好だし、道具にはそこそこ使い込まれた形跡も見える。


 それらが、彼の育ての親から受けた影響などとは知りもしない千華は、怪訝そうにしながらもどこかに木刀が転がっていないか探し始めた。


 ついてきた結は結で、様々な道具に興味が湧いたのか、部屋の中を見て回っている。



「……ん?」



 ソレを、千華は雑多にものが寄せられた部屋の角に見つけた。


 様々な物に埋もれるように……あるいは隠されるように、なにかを収めた鞘袋が置かれていた。



「これは……」



 鞘袋を掴むと、無造作に引っ張り出す。


 すると、袋から柄尻が顔を出した。



「……」



 出してみれば、それは本物の刀だった。


 鞘に納められた刀を手に、なぜか、千華は息を忘れた。


 手の中のものを、異様に重く感じる。


 これを抜いてはいけない。


 魂に、そう語りかけられるかのようだった。


 だが、だからこそ……抜けばよくないなにかを呼び込むと理解し、千華は柄を握った。


 破壊を司る彼女だから……どうしようもないほどに災いを感じさせるそれに、親近感のようなものを覚えていた。


 力を込めて、刀を鞘から抜き放とうとした、その刹那……。



『まだ、ダメかなぁ』



 そんな、暖かな声が聞こえた気がして、千華の手が静電気でも発生したかのように、刀から弾かれた。


 刀が畳の上に落ちた音に気付いた結が近づいてくる。



「どうかしたの?」

「……いえ」



 小さく首を横に振った千華は、ふと刀が置かれていた場所よりさらに奥に、木刀を見つけた。


 取り出してみると、重さ的に一般的な木刀だとわかった。



「ほら」



 柄を結に差し出すと、どこか嬉しそうに彼女は木刀を握りしめた。


 そして、そのまま両腕が木刀の重さでがくりと下がった。



「あぅ……」



 ふるふると切っ先を震わせながら木刀を持ち上げた結が、困惑した顔で千華を見上げた。


 そんな様子に、つい、千華は口元を緩めた。



「まあ、まずはそれをまともに振れるようになるところからね」



 告げて、千華は結と共に朔の部屋を出た。


 意識の隅に、刀を手にした時に聞こえた声の事を気に駆けながら。


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