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そして明日を壊す為、  作者: 新殿 翔
魂を明日へと結ぶ為、
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醜い願望

 俺は寄生木を抱えたまま、廃棄区域を出ると、建物の屋根から屋根へと飛び移りながら、オフィス街までやってきた。


 あたりで一番大きな、二十八階建てのビルの屋上に降り立つと、寄生木を下ろし壁に寄りかからせる。


 彼女は依然、苦しげな表情をしていた。



「……おい」



 声をかけるが、反応はない。



「仕方ない、か……」



 ため息をついて、屋上の縁に腰を下ろす。


 現状、隊舎には帰れない。


 なにせ相手が双界庁の人間だ。


 隊舎なんて、当然張られているだろう。


 不幸中の幸いとでも言うべきか、この時期なら外にいても風邪をひくなんてことにはならないだろうし。


 寄生木が目を覚ますまで、待つとしよう。


† † †


 寄生木妃は、夢を見ていた。


 十年前、サワリに襲われ、魂装の力に覚醒した時のことを。


 現実を超越した魂の理を手に入れた妃は、サワリという敵対者に対し……迷わず、逃亡を選択した。


 力を得たから戦おう。


 そんな考えは、存在しない。


 なぜなら彼女は、生きたいと願って、魂装を成したのだから。


 生きるだけならば、戦いなどせず、逃げるのが一番だ。


 後ろ髪を引くような罪悪感があった。


 家族を見捨てて、自分だけ生き残った。


 ほかの誰かを助けるつもりなんて、欠片もなかった。


 そんな自分が、ひどく醜く思える。


 いつしか自分を恥じるあまりに、人の姿を失っていた。


 翼が、尾が、爪が、牙が……醜い己の姿を隠すように魂を形成した末に――彼女は竜へと変生していた。


 全てを見捨てた、卑怯な自分に相応しい異形だと、彼女は思う。


 思い続けている。


 だから……彼女はどうしようもないのだ。


 どうしようもないほどに、行き詰っている。


† † †


 俺はしばらく、夜のオフィス街を見下ろしていた。


 時折、仕事帰りに酒でも飲みに行っていたのか、おぼつかない足取りのサラリーマンが、眼下を通過していく。



「ん……」



 ふと、微かな声が聞こえて振り返ると、寄生木が瞼を開くところだった。


 ようやくか……。


 嘆息して、寄生木へと歩み寄ると、地面に片膝をついて、視線の高さを合わせる。


 心なしか、先程よりも顔色がマシになっているように思える。



「大丈夫か?」

「……あ、れ?」



 ぼんやりとした眼が、俺の事をじっと見つめた。


 それから寄生木は周囲を見回し、小首を傾げる。


 記憶を遡っているのか、沈黙が続き……不意に、双眸が大きく見開かれた。



「い、戦火朔!」



 驚きに染まった声で俺の名を呼び、寄生木が飛び上がる様に立ち上がった。


 さっきまで死にそうな顔をしていたとは思えない動きだ。



「元気になったようで何よりだな」

「え……?」



 ため息交じりに言うと、寄生木ははっきりと記憶を取り戻したのか、寒さに耐えるように、自分の身体を抱き締めた。



「……」

「第二特務の連中が、お前を探していたぞ」



 小さく、寄生木の肩が震えた。


 明確な恐怖が、彼女の顔に浮かぶ。



「……もう限界だって、ばれちゃったんだ……」



 消え入りそうな声で呟いた寄生木は、壁に背を預けると、ずり下がるように座り込んだ。



「お前は一体、何をしでかしたんだ?」



 問いかけるが、寄生木に動きはない。



「……」



 息を吐いて、頭を掻く。


 ここまで付き合っただけでも、感謝して欲しいくらいだ。


 だから、もういいだろう。


 寄生木と別れ、面倒事は忘れ、帰ろうとした時……寄生木が口を開いた。



「貴様は、魂装者の終わりを、知っているか?」



 気丈な言葉遣いだが……その声には、全く力がこもっていなかった。


 形だけは取り繕っても、中身はからっぽだ。



「魂装者の終わり? それは、戦って死ぬとか、そういう話か?」

「違う……それは、人としての終わりだろう」



 ゆるゆると首を横に振った寄生木は、引きつった笑みを浮かべた。



「魂装者の終わりとは、魂の挫折だ。魂から願った想いがあるからこそ、魂装者は強く存在できる……だが、ひとたび、その想いが折れてしまったら、どうなると思う?」

「……魂装の弱体化、か?」

「それよりも、より重度の場合だ」



 問われ、答えは出なかった。


 少なくとも俺は今まで、一度としてそんな状態に陥った魂装者を見た事が無い。


 ……いや、本当にそうか?


 魂が折れた時、砕けた時、どうなるか……俺は、知らないのか?



「――……まさか」



 さっきも、思ったことだ。


 暴走した寄生木が、市街に出た時のことを想像し、思ったんだ。


 それではサワリと同じだ、と。


 何気ない思考は、答えだった。



「魂装者の魂が疲弊しきった時、内に穢れをため込み、瓦解し……サワリへと化す」



 まるで、双界の成り立ちのようだと、なんとなく、そんな余計な思考が生まれた。


 魂魄界における魂の浄化作用が乱れ、穢れが澱となって溜まり、いずれは溢れ、崩壊する。


 まさに、その縮小だ。


 当てはめるなら、肉体が現実界であり、魂が魂魄界だろう。



「そんな話、聞いたことがないぞ!」



 思わず叫んでいた。


 魂装者が、いずれサワリになる可能性を秘めている?


 なんなんだ、その馬鹿げた話は。



「貴様の反応が全てだ……多くの魂装者がこの事実を知れば、多くの失意が生まれるだろう」



 寄生木の口元に笑みが浮かぶ。


 まるで、何も知らずに踊り続ける道化師を見て、あざ笑うかのように。



「そして失意は魂の疲弊へと繋がる……そうなれば、止まらないぞ」

「……」



 想像してみる。


 いつ自分がサワリになるかも分からない毎日を過ごす感覚を。


 こうしている今も、自分という存在が己の魂に押しつぶされ、飢餓のみに染まる黄泉竈食ひの獣と化してしまうことを。


 全身を小さな虫が這うような怖気に、言葉を失った。



「魂装者といえども、皆が強く在れるわけではない。魂が強いから、心も強いというわけではない」



 高くそびえる壁でも、指の一突きで崩れてしまうことはある。


 魂装者がサワリに堕ちるという事実は、その一突きには十分すぎた。


 だからこそ……隠されているのか?


 秘匿することこそ、温情であり、希望であるとでも?


 ……ああ、くそ。そうなのかもしれない。


 少なくとも、間違いなく知れば魂の疲弊は、大小はともかくとして、加速してしまうだろう。



「そして、第二特務は、そういった者を秘密裏に処分する掃除屋でもある」



 一つ、ずっと引っかかっていることがあった。


 第一特務に配属が決まった時、仙堂さんは、俺にこういったのだ。


 ――……特務の任務ってのは公開されてねえんだよ。そもそも部隊に所属している人間の詳細すらまともに知られてない。けど……相当ヤバめの事をやらされてるって話だ。入れ替わりも、かなり激しいって聞くぜ――


 しかし実際に第一特務にはいってみれば、どうだ。


 俺の知る限り、死者は天道啓ひとり。意識不明の紡もあわせたところで二人だ。


 それで、入れ替わりが激しい?


 そもそも、その疑問を解決するには、前提から間違っていたんだ。


 仙堂さんも知らなかったのかもしれない。


 その特務が、第一特務ではなく、第二特務を指すだなんて。



「待て……」



 気付いてしまう。


 つまり第二特務は、魂装者のサワリ化について、知っているということになる。


 先程対面した、人形のような相貌が脳裏に浮かんだ。



「つまり……」



 あいつらは、この残酷な事実を知っていて……。


 当然、そんな失意を突き付けられながら、サワリに堕ちた者達に手を下してきたのなら、魂も摩耗してきて……。


 その結果がどうなるかなんて、言うまでもないだろう。


 なにせ俺は、その実例をついさっき見てしまったのだから。



「――お前は、一体、どうなんだ?」

「…………」



 沈黙は、雄弁に答えを語る。


 寄生木妃は、既に暴走するほど、魂が穢れている。


 その魂は、取り返しがつかないほどに、折れているのだ。



「どうにか、今まで隠して来られたけど……第二特務が私を探している以上、手遅れか」



 よろよろと立ち上がると、寄生木は屋上の縁に立つ。


 おぼつかない足取りは、ふとした瞬間に彼女の身体を夜空へと投げ出してしまいそうで、慌てて一歩駆け寄ろうとするが、彼女の手が差し出され、止められた。



「だからって私は、この命を諦めたりしない」



 強い瞳が、俺を見つめた。


 動揺が隠せない。


 こんな目をできて、なぜ、魂がくじけてしまうのか?


 理解ができない。


 そうだ。


 生きることだけじゃない。


 こいつは、何も諦めていなかっただろう。


 やり方は気に食わないが、俺を倒して、自分の有用性を証明しようとしていた。


 それは、例えば危険な力だと判断されながらも俺や遠季が放置されているように、自分も危険性以上の重要度を手に入れようとしたからじゃないのか?


 諦めない限り、魂が折れることなんて、ないだろう。



「どうして……」

「……私の魂からの願いは、二つ」



 寄生木は両手を広げ、世が背をその全身に浴びた。



「一つは、生きること」



 あまりにも、ありふれた願いだった。


 だが、馬鹿にはしない。


 第一等級まで駆け上れるほどの想いの強さだ。


 きっと、俺には想像も出来ないほどに、彼女の生きたいという想いは大きいのだろう。



「そして、もう一つ」



 だが、俺は勘違いしていた。


 寄生木は、こう言った。


 生体の形をとった魂装をする者に、碌な奴はいない。


 その言葉の通りだとするのなら、竜の形をとる自身をも、その枠に当てはめることだ。


 そんな竜の魂装を纏う彼女にとって、魂の内を多く締めるべきは、そちらだ。


 碌でもない願いを、彼女は口にする。



「私は、何を犠牲にしてでも生きようと知る自分の醜さを許せない」


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