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そして明日を壊す為、  作者: 新殿 翔
魂を明日へと結ぶ為、
3/79

人魚姫

 朱莉先輩に案内され、異様に静かな住宅地を進んで行くと、ついに第一特務の隊舎が見えてきた。



「……ここ?」



 建物を前にした俺の第一声は、どこか間の抜けたものだった。



「はい。さあ、入ってください」



 大きな門の脇にある通用口を朱莉先輩がくぐり、暴力女も不機嫌そうな顔を隠そうともせずについて行く。


 俺も、ワンテンポ遅れて二人の後を追った。


 ……そう、大きな門だ。


 左右を見れば木羽葺屋根の黒塀が続いている。


 なんとも古式ゆかしい武家屋敷が、住宅地のど真ん中に堂々と建っていた。


 一体何坪あるのか、外から見ただけでは分からないが、おそろしく広大であることだけは窺えた。


 場違いにもほどがある。


 ましてや、それが隊舎など、訳が分からない。


 第一特務への転属初日は、驚きの連続で、俺は先進的にすっかり疲れ果てていた。


† † †


 居間にたどり着くまでに廊下が十メートル以上ある、というのが俺にはいまいち理解できなかった。


 いぐさの香りがする広い部屋の真ん中には大きめの丸いちゃぶ台が置かれ、俺と朱莉先輩、それと暴力女はお互いに一定の距離感を保って座った。



「紡さん。お茶をお願いしてもいいですか?」

「はい。紅茶でよろしいですか?」



 朱莉先輩が声をかけると、厨房と思われる方向から返事が返ってきた。



「お二人も、希望があれば伝えてください」

「私も紅茶でいいわ」

「俺も」

「……真似しないでくれない?」



 いくらなんでも、それは言いがかりだろう。


 どうしていちいち睨まれなくちゃならないんだ。


 この暴力女はいつまで不機嫌そうにしているつもりなのだろうか。



「ふふ、まあまあ。折角の同期なんですし、仲良くしないと。紡さん、聞こえていた? よろしくお願いしますね」



 薄々分かってはいたが、どうやらこの暴力女は俺と同様、今日からこの部隊に所属することになったようだ。



「すぐにお持ちします」



 厨房から聞こえる声は、なんとなく淑やかな女性を連想させるが……朱莉先輩という前例がある以上、もうこの部隊の中で気を許せる瞬間などない。


 少し沈黙が続き、厨房からお盆を手に現れたのは、肩より少ししたくらいまで髪を伸ばした、着物の女だった。


 歳は、俺たちと同じか、少し上といったところだろうか。


 普段みない格好に目を剥いたが、正に大和撫子といった風体と、穏やかな雰囲気を纏っていた。


 暴力女に常識はずれの先輩と、続けざまにおかしな存在を相手にしていたこともあってか、ついつい気が抜けそうになるが、すぐに持ち直す。



「どうぞ」



 見るだけで陽だまりを感じさせるような笑顔で、彼女は俺達の前にいかにも高価そうな紅茶のカップを置いた。



「……この隊には、専用の給仕までいるわけ?」



 暴力女の呟きに、朱莉先輩が小さく吹き出した。



「違いますよ、八束(やつか)さん。彼女も立派な部隊員の一人です」

「は?」



 理解できない、と言葉にせずとも暴力女――八束というらしい――の表情にはっきりと浮かぶ。



天道(てんどう) (つむぐ)と申します。以後、よろしくお願いいたします」



 三つ指をつけた綺麗な姿勢で、天道と名乗った女は頭を下げた。



「……どうして、あんたはそんな格好をしてるのよ」



 八束の問いかけに、天道は困惑した顔をした。



「八束さん。あんた呼ばわりはどうかと想いますよ。先輩には敬意を持つように」

「ああ、朱莉さんはそう言いますが、私には肩肘を張らなくても大丈夫ですよ。気軽に紡、とお呼び捨てください」

「……本人がいいのなら、私が言う事はないけど」



 口でそう言う割に、朱莉先輩は随分と不満げだった。


 わりと、そういった上下関係に厳しい性質なのだろうか。


 低い身長のせいか、どうにも子供が背伸びしているように見えてしまうのだが。



「それで、この格好、ですか……? 個人の好みとしか言いようがないのですが、何か尾気に障ることでもあったでしょうか?」

「そんな動きずらそうな格好……いざという時にどうするつもり? そうじゃなくても、日頃の訓練は……」



 いきなり人に襲いかかったくせに、割と真面目なことを口にする八束に、俺は思わず苦笑をこぼした、


 すると軽く睨みつけられ、すぐに口を一直線に結ぶ。



「ああ、先に言っておくと、この部隊では特に訓練を強制したりはしないし、大抵は任務も発生しませんから」

「は?」



 朱莉先輩の口にした内容に、八束が低い声を発した。



「この部隊は、ただ存在しているだけで価値があるんです。なんといっても高等魂装者の集団だから。よっぽどの緊急事態でもない限りは出動要請も飛んでこない」



 なんだそれは最高じゃないか、とついつい俺の中の怠け者の部分が歓喜の声を上げる。


 だが、八束はそうでもなかったらしい。



「……なに、それ」



 漏れた声は、微かに震えていた。



「それって、つまり……ここはお飾りの為の部隊ってこと?」

「まあ、そういう一面もあるのかも知れません。示威行為、というか……。こんなすごい部隊を保有しているんだよ、とアピールするのはどこの国だって似たようなことをしているから。例えば自国の安全性を主張するため。あるいは他国からの干渉に対する抑止力として、ですね」

「もちろん本当の使命が人に害を及ぼすサワリの殲滅であることに違いはありませんが、我々の場合……いちいち下級のサワリ相手に戦闘すると、むしろ余計な被害を出しかねませんし」



 朱莉先輩に続く紡の説明は、十分に納得のいくものだった。


 俺も似たような経験がある。


 雑魚を倒せと言われて戦闘をしたら、殲滅こそ一瞬だったものの、余剰な力で周囲の建物を破壊してしまったのだ。


 いわば、蟻に対して火炎放射器を使うようなものだ。


 最大限気をつければなんとかなるかもしれないが、そんな神経のすり減ることはしたくない。


 それに加えて、魂装者が力を振るうことは、少なからず現実界と魂魄界の境界に波を生むとされている。


 つまり、大きな力を使えば使うほど、またサワリの出現確立が増大するわけだ。


 リスクとリターンのつり合いがとれない、というのもあるのだろう。



「あとは、上層部としては私達爆弾が怠けて火力を衰えさせる分には、それはそれで扱いやすくなるから構わない、という思惑もある……とかなんとか」



 言いながらも朱莉先輩は、どことなく自信なさげで、どうやらそれが誰かからの伝聞で自分では理解しきれていないのだろうと推察できた。



「ふざけないで!」



 八束の拳が卓に叩きつけられ、天板にひびががいり、置かれていた紅茶には大きな波紋が立って数滴飛び散った。


 やはり、こいつには暴力女という呼び方がこれ以上ないほど相応しい。



「私は、サワリを殺すために生きているのよ。それなのに、サワリと戦えないなら、こんな部隊にいる意味はない!」



 はっきりと言いきった八束の瞳に宿るのは、見間違うわけもない……憎悪の炎だ。


 俺も、昔はその炎に身を焦がされていたからこそ、分かる。


 既に灰になってしまった俺と違い、八束の熱は未だに猛り、狂い、燃やしつくすべき存在を求めていた。



「こんなくだらない……お遊び部隊になんて、いられないのよ!」



 怒号に、朱莉先輩と紡はどう言えばいいのか分からない様子で表情を曇らせ、俺はそもそもなにか言う必要も感じずに紅茶を口に含んだ。


 あ、今まで飲んだ紅茶って紅茶じゃなかったんだな。これ、すげえ美味い。


 紡って見かけ完璧に和なのに、なかなかやるな。


 なんて、呑気な事を考えていると、廊下に続く襖が勢いよく開かれた。



「おいおい、好き放題言ってくれるなあ、発狂女」



 現れたのは、いかにも好戦的な笑みを浮かべた、パーカーにジャージと正に部屋着という格好の女だった。


 ここ、女しかいないのだろうか。


 一般男子的には嬉しい展開なのかもしれないし、俺だって嫌なわけじゃないが、いまいちどいつもこいつも癖が強すぎて素直に喜べない。



「なに、あんた」



 突き刺すような視線にも怯むことなく、女は八束へと詰め寄ると、無造作にその襟首をつかみあげた。



紫峰(しほう) 七海(ななみ)様だ、覚えておけ」

「離しなさいよ」

「うるせぇ新入り。黙って聞いてりゃナマ言いやがって。少し痛い目みないとわかんねえか?」

「へえ、面白いじゃない」



 八束が、唇の端を吊り上げた。


 正直に言えば、俺はさっさとこの場を引きあげて、自分の部屋にいって送っておいた荷物の荷ほどきをしたい。



「こんな掃き溜めみたいなところにいる雑魚が私に喧嘩売ろうっていうの?」

「よく言った。ぶちのめして土下座させてやるよ」

「ちょっと、二人とも……ここで暴れないでくださいよ」



 少しだけ慌てて、朱莉先輩が間に割って入った。



「ハッ、いいのかよ朱莉! お前、この部隊を馬鹿にされてるんだぞ? そりゃつまり、この部隊の隊長様も馬鹿にされてるってことなんじゃねえか?」



 いや、そうか?



「……!」



 そして朱莉先輩は、なにか驚いた顔をして、指が白くなるほど拳を握りしめていた。



「それは……許せないけど……」

「なら黙って見てろよ」

「……」



 あっさり言いくるめられていた。



「七海さんも朱莉さんも、この部隊が好きなんですよ」



 すると、小声で紡が話しかけて来た。



「実は七海さんも、戦火さんや八束さんを除けば、この部隊で一番日が浅いんですが……今でも思い出します。転属初日、ひと悶着あったことを。今振り返れば、それも楽しい思い出ですね」



 くすくすと笑う紡に、俺も苦笑を返した。


 あの性格だからな、そう聞けば光景を想像するのは難しいことじゃない。


 なんだ、あの二人似たもの同士じゃないか。


 じゃあこれも同族嫌悪ってやつなのかもしれないな。



「テメェもだ、そっちの新入り!」

「は?」



 いきなり矛先を向けられて、呆けた声が漏れた。



「一人だけ男だからって調子にのってると切り落とすぞ!」

「……」



 部屋にいって荷ほどきをしたい。


 俺は紫峰から視線を外し、何事もなかったかのように紅茶を味わう。



「そういえば、これ美味いな。これから毎日飲めるのか?」

「ふふ、実は新入りさんということで、少し奮発した茶葉を使ってしまったんです。少しグレードは下がってしまいますが、それでも美味しく飲んでいただけるよう一生懸命、お淹れしますね」

「じゃあ期待しておく」



 ああ、多分この部隊の癒しって紡なんだな、と転属初日で理解した。


 最初警戒していたのが馬鹿みたいだ。



「無視してんじゃねえよ!」



 突然、力が渦巻き、横から俺の身体を叩きすえた。



「っ!?」



 反応する暇もなく、真横に吹き飛ばされた俺は襖を破って庭へと転げ出し、石橋のかかる大きな池へと叩き込まれた。


 水中で、どちらが上か下かもわからない状況に陥り、一瞬だけ動揺する。


 しかし……次の瞬間、魂装の力を僅かに振るい、池の水を拗ねて蒸発させた。


 大量の水がいきなり水蒸気に変わったことで爆発じみた衝撃が発生し、石橋が砕け池の枠を作っていた石も粉々になるが、知ったことではない。


 少なくとも俺は、いきなり攻撃されて笑顔で応対できるような人間じゃない。


 むしろ、割と沸点は低い方だと自覚している。


 だから一瞬、本気で魂装の力を返してやろうかと考えたが、それを止めたのは一重に紡が俺に駆け寄ってきていたからだ。



「大丈夫ですか?」

「……ああ」



 なんでもない、と告げる代わりに軽く首を振り、クレーターじみた穴になった池跡から這い出る。



「悪い、鯉とか飼ってなかったよな?」

「はい。幸い、誰も世話をする人がいませんでしたから」

「ならよかった」



 苛立ちを吐き出すように、深いため息を零す。



「七海さん……戦火さんにいきなり攻撃するのはやり過ぎですよ」

「ハッ、んだよ、チキンが」



 朱莉さんにたしなめられ、紫峰は呆れかえった様子で鼻を鳴らした。


 再び苛立ちが生まれるが、どうにか胸の奥に押し込める。



「まあいいや……、そんじゃあクソ発狂女……ついてこい。テメェは泣かせてやる」

「こちらの台詞よ」



 ほんとこの女二人、ろくでもないな。


 さっさとどこにでも行って、好き勝手やってくれ。



「仕方ありませんね。それでは、行きましょうか」

「は?」

「そうですね、放っておくわけにもいかないし……」

「いや……もしかして、この流れって……」



 紡と朱莉先輩が俺のことをじっと見つめていて、嫌な予感に、頭の中で警鐘が打ち鳴らされる。



「まあ、いい機会ではあるかもしれませんね。この部隊の人間がどういう力を持っているのか知るには」



 朱莉先輩の微笑みに、俺は頬を引き攣らせた。


 紡に目を向けるが、どこか曖昧な笑顔は、俺を助けてくれるわけではなさそうだ。



「嫌だ」



 迷うことなく、はっきりと自分の意思を伝えたが……。



「ダメですよ。逃げようとしても捕まえちゃいますから、無駄な抵抗はやめてください」



 先輩の圧力に、屈するほかなかった。


† † †


 移動した先は、隊舎から歩いてすぐの場所だった。



「……なるほどな。確かにここなら、好きに暴れられるか」



 瓦礫だらけで歩きずらい道を進みながら、俺は周囲を見回した。


 廃棄区域……俺たちは、一般人どころか、双界庁の人間ですら簡単には足を踏み入れられない禁忌の地に足を踏み入れていた。


 あっさりと許可が下りるあたり、やはりこの部隊は普通とは違うという事なのだろう。


 双界庁の黒い外套に着替えた八束と部屋着のままの紫峰は俺の前を歩いていて、左右にはそれぞれ紡と朱莉先輩が歩いていた。


 気のせいか、俺を逃がさない様にする布陣に見えて仕方がない。


 空気は重く、交わす言葉もなく廃棄区域の奥に黙々と進んで行く。


 一歩進む度に感じるのは、場所に染み込んだ魂の声だ。


 十年前の大規模飽和流出で、あまりにも多くの魂がここで朽ち果てた。


 その怨嗟は行く当てもなく留まり、叫び続けている。


 痛い、苦しい、助けて欲しいと生きている俺たちの魂に絡みついて来ようとする。


 痛切な魂に触れられると、嫌でも十年前の記憶が蘇る。


 紅蓮に包まれる世界、燃え尽きる両親、そして目の前に転がる黒焦げの――。



「……」



 小さく息を吐いて、自分の魂に力を巡らせる。


 触れる怨嗟を噛み砕き、燃料に変えて己の内で滾らせる。


 そうすれば、もう貧弱な怨嗟など届かず、俺の心は静寂を取り戻した。



「大丈夫ですか?」

「……なにが?」



 こちらの顔を覗き込んできた朱莉先輩は、心配そうに眉を寄せていた。



「なに、って……怖い顔してたので」

「……そんなことないですよ」



 昔の事を思い出すと、くすぶっている火種が再び燃え上がりそうになる。


 平静を取り繕うが、自分では上手く出来ているか分からなかった。



「……そうですか?」



 ひとまず朱莉先輩が納得した様子だから、よしとしよう。


 ところで、あの凶暴女二人はどこまで行くつもりなんだ?


 そろそろ初めて、さっさと終わらせてほしいものだ。



「そういえば、この部隊の隊長とはまだ会ってないな」



 ふと思い至り口にすると、朱莉先輩が肩をぴくりと振るわせた。



「お姉様のことが聞きたいの?」

「は?」



 一瞬、なにを言い出したのか、理解できなかった。


 お姉様?



「うん、興味があって当然だよね。なんといってもお姉様は部隊長だもん」



 しかも、なにか、随分と熱っぽい喋り方の気がする。


 というか、今まで随分大人びた喋り方だったのに、若干幼くなったというか、年相応というか……。



「仕方ない、ここは私がお姉様の武勇伝を――」

「この辺りでいいか」



 朱莉先輩の言葉を遮る様に、紫峰が足を止めた。



「そっちはどうだ、もう準備はできてっかぁ?」



 振り返った紫峰は裂けるような笑みを浮かべると、つま先で地面を軽く叩く。


 それだけで、衝撃波が地面を舐め、当たりに転がっていた瓦礫を吹き飛ばし、開けた空間を作る。


 こっちにもいくつか飛んできたが、すかさず朱莉先輩の纏った力の渦に弾かれ、あらぬ方向へと軌道を変えた。



「構わないわよ」



 見下す様な瞳で頷くと、八束が軽く手を振った。


 次の瞬間、二人の間で空間が砕けた。


 そう錯覚するほどの力のぶつかり合いで、余波はすぐ近くにあった斜めったビルを一つ、微塵に砕いた。


 まずは鞘当、といったところか。



「……とりあえず下がりましょうか」



 苦笑する紡の言葉に従い、俺たちはそそくさと凶暴女どもから距離をとった。


 さっさと終わってくれと、心の底から願う。



「ふん、生意気に牽制はいっちょまえか」



 不愉快そうに呟いて、紫峰が頭を掻く。



「様子見はいいや。ま、アタシもガキじゃねえし、胸貸すつもりで手加減して相手してやるよ」

「あら、それは負けた時に備えた言い訳? 用心深いのね。というか……」



 八束が、紫峰の身体の一部を見て、完全に勝ち誇った顔をした。



「あなたの胸を借りてもねえ?」



 ああ、まあそうだな……。


 二人の胸を見比べて、内心、納得してしまった。


 八束が特別大きいと言うわけではなく、紫峰が……。


 すると、まるでガラスがひび割れるような音が、どこからか聞こえた……気がした。



「誰が……」



 紫峰の肩は、小刻みに震えていた。



「言ってしまったね……七海さんにとっての禁句を」

「これは、大変なことになりそうですね」



 朱莉先輩と紡が、さらに数歩、後ろに下がった。



「あー……」



 なんとなく察し、俺ももうちょっと距離をとる。


 ついでに身体の内側を巡る魂の力を、心持ち高めた。



「誰が、貧乳だオラァアアアアアアアア――ッ!」



 まさに、咆哮だった。


 地平の辺りから赤く染まり始めている空が、びりびりと震え、廃墟のビルがさらに二つ崩落する。


 爆発でもしたかのように、紫峰の身体から魂の力が溢れだし、嵐となって吹き荒れた。


 その濃度は、無防備のまま投げ込まれれば呼吸すら出来ないレベルだった。



「これは……」



 なるほど、高等魂装者の集まる部隊、という名目に再三納得した。


 八束も瞠目するものの、すぐに戦意を漲らせた目になる。


 視線の先で、紫峰に変化が起きた。


 虹色の輝きが空間を揺れ、紫峰のことを撫でて行く。


 光がなぞった後、その身を包んでいるのはだらしのないパーカーとジャージではなかった。


 水色の、ゆったりとしたドレスが風に波打つ。


 佇む姿だけを見れば、どこかの令嬢が着飾っているようにしか見えない。


 だが、その本質は違う。


 目の当たりにしただけで感じる怖気に、俺の魂が震えた。



「――悲劇よ、私を世界に刻み込め――」



 紫峰が魂の言霊を響かせると……あいつの足元から、異常が芽生えた。


 濃い緑色の茨が、一気に周囲へと伸びたのだ。


 地面を這い、瓦礫に絡みつき、建物を覆って行く。


 見える範囲全てが、あっというまに鋭い棘を持つ茨で覆われてしまった。



「これが……紫峰の魂装」

「そう」



 朱莉先輩が、鋭い瞳で、相対する八束と紫峰を見つめていた。



「さあさあさあ!」



 曝け出されていた紫峰の素足が、一歩前へと出される。


 茨の棘が薄い皮膚を貫き切り裂き、赤い液体を滴らせた。



「第一等級、『人魚姫』だ! ひとつおっぱじめようぜ!」



 最高の魂装者の一人でことを証明する忌み名が轟き、廃棄区域を包む茨が妖しく脈動した。


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