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そして明日を壊す為、  作者: 新殿 翔
魂を明日へと結ぶ為、
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傍観する者達

 黄金を纏う死者が、一歩を踏み出す。


 次の瞬間、地面が砕け、『聖域』の姿は消えていた。



「っ――!?」



 直後、千華は吹き飛ばされていた。


 攻撃を受けた訳ではない。


 今、『共食い』と『聖域』は、互い以外は認識すらしていない。


 ただの踏込み、その衝撃で、十分な距離をとっていたというのに彼女は暴風に襲われ、地面を転がった。


 直後、世界の終りでも訪れたのではないかと疑ってしまうほどの轟音と衝撃が辺りを包み込んだ。



「づ……ッ!」



 廃れたビル群が次々に崩落し、地面がひび割れ隆起する。


 空気の震えが物理的な破壊力を持つのだと、全身に激痛を覚えながら、千華は歯噛みした。


 悔しさと……羨望で。


 それだけの力があれば、一体どれほどの破壊を巻き散らかせるだろう。


 自然と、そんな考えに至ってしまうほどに、彼女の魂はとうに手遅れだった。


 そして、それ以上に手遅れな魂が、激突した。


 聖域を纏った天道啓が、『共食い』へ肉薄し、手を伸ばす。


 黄金の輝きが、漆黒の獣へと喰らいついた。


 堕ちた守護の魂に蝕まれ『共食い』は、僅かに首をひそめるように身じろぎしてから、長い尾を振るった。


 軽い動作だった。


 けれど……それだけで『聖域』の力は破られ、大きく弾かれる。


 『聖域』であるから、それだけにとどまったのだ。


 彼以外では、そうはいかない。


 尾が振るわれた延長線上が、吹き飛んだ。


 両者の衝突で崩れ積もった瓦礫も、かろうじて原型を保っていた建物も、地面も、何もかもが綺麗に空へと舞いあげられた。


 海に高波が立つ光景が連想される。



「冗談じゃ、ないわよ……」



 仮に、何か一つでも違って、あの尾が自信の居る場所を薙いでいたらと考え、千華は口元を引きつらせた。



「化物……」



 千華の罵倒など届かず、二体の第一等級を冠するサワリが再度衝突した。


† † †


 両者の激突を見ている者は、千華以外にもいた。



「おいおい……マジか、これは」



 眼前に広がる滅びの景色に、七海は乾いた声を漏らした。


 先程、自分たちが戦っていたサワリなど、塵芥のように思えてくる。



「覚えて、おくと……いい。これ、が……真の、第一等級と、呼ばれる……もの」



 真央にいちいち詞で説明されなくとも、実際に目の当たりにすれば、嫌でも理解させられる。


 巻き起こる魂の災禍、理すら歪めるような超然たる暴威……その片鱗ですら、歴史上残るどんな大災害をも上回る大禍だ。


 サワリ……まさに、あらゆるものにとっての障りだ。


 こうしている今も、遥か高位の魂装者である真央が傍にいて、その魂の密度を以って守ってくれているからこそ、まともに立っていられるものの、満身創痍の七海や朱莉では、生身でそれらに近づくのは自殺行為だった。



「待って下さい、お姉様」



 朱莉が、恐る恐る口を挟む。



「お姉様は、あれが戦火さんだと、仰られましたよね?」

「そう」



 頷く真央に、朱莉がたじろぐ。



「……人が、サワリに、なるのですか?」

「もともと、サワリは……死者の魂、から……剥ぎ落された、経験……想い……あらゆる感情、の……集合体。だから……高まれば、そこに至って……不思議はない」



 材料が同じなのだから、本質的に違いなどない。


 少し考えれば分かる、簡単な話だった。


 違うとしても、それはサワリが悪感情に傾倒しがちなのに対し、魂装者は様々な願いを抱いていると言うことだ。



「魂装者、と……サワリの、指標が、同じ……なのも、そういう理由」



 第一等級を最上として、最下に第六等級を置く……その割り当ては、魂装者とサワリで共通している。


 誰もが一度は、疑問に抱くことだった。


 どうして、両者別々の指標にして、もっと分かりやすくしないのか、と。


 アルファベットでも、ひらがなでもカタカナでも感じでも、あるいはどんな記号でも、区別してしまったほうが、分かりやすいに決まっている。


 分けないのではない。


 分けられないのだ。


 リンゴを一個と数えても、一匹とは誰も数えないのだ。



「極まった魂装者はサワリと同質ってことかよ……はっ」



 吐き捨てるような笑い声を漏らしながらも、七海の表情には、少しも愉快な色は浮かんでいなかった。



「十年前の大規模飽和流出を収めたサワリ……『共食い』。その正体が、戦火さんだったなんて」



 誰にも、想像できないことだった。


 まさか戦火朔の魂装が、過去に喰らったサワリの力……彼自身にとっては髪の毛一本程度のものでしかなかったなど、笑い草にもなりはしない。


 実際に、こうして自分の目で見ない限りは。



「『共食い』という名は私は好きじゃない」



 ふと、真央の口調が、流暢なものになる。


 朔が関わる時だけ見せる、怪しげな笑みが真央の彼女の口元に浮かんでいた。



「特第一等級『黄泉軍』……彼の魂は、そう呼ぶべきだ」

「……」



 七海も、朱莉も、言葉を失う。


 果たして、真央がこれほどまでに他者に興味を示したことが、過去あったか。


 ないと、断言できた。


 あんな化け物を前に、どうしてそんな、恋い焦がれる目をしているのかが理解できない。


 それと同時に、思う。


 これまで、特第一等級と呼ばれるものは、『魔王』しかいなかった。


 だが、その『魔王』本人が、自分と同等だと『黄泉軍』――あるいは『共食い』を認めた。


 『共食い』は、第一次大規模飽和流出を制圧した。


 『魔王』は、第二次大規模飽和流出を制圧した。


 それ以外にも、純粋に強大すぎる力など……共通点は、少なくはない。


 であれば、『共食い』をサワリと定義したとき、『魔王』もまた……。


 普段から真央を慕ってやまない朱莉ですら、顔から血の気を引かせた。


 第二次大規模不和流出において、当時、まだ『勇者』と『人魚姫』は双界庁に所属しておらず、『魔王』がその力を振るった瞬間を、見たことはなかった。


 だが、もしかするとそれは……『共食い』のように、とても人に許されるようなものではなく……。


 『魔王』……真央もまた……。



「……、それに、しても」



 わざとらしく、七海が声を発した。


 これ以上無言を貫けば、嫌な想像に歯止めが利かなくなってしまいそうだった。



「あれは、ほんとに啓じゃないのか?」



 『共食い』と踊るように黄金を蔓延させる存在を見て、七海は眉を寄せる。


 似ている、などと生易しい話ではない。


 死ぬ直前に言葉を交わした時と、正に瓜二つだ。



「人と、しての……心は、ほとんど、残っていない……いくら外郭を無色の魂で、形作った、としても……彼の、魂、それ自体が、長い時間、澱に浸かりすぎて……汚染されている」



 間違いなく人の魂ではある。


 だが、間違いなくサワリでもある。


 故にあれも、紛いなき第一等級のサワリであった。


 ただし真央や朔のように、魂装者でもある、などとは口が裂けても言えないが。



「仮に、死者を……あの方法で、蘇え、らせるなら……死んで、すぐにしなくては、意味が……ない」



 途切れ途切れの台詞からは、対象への興味の無さが感じられた。



「そう、か……」



 七海は、倒れこむように、瓦礫の上へと座り込んだ。



「紡は、それも分かった上で、あんなことをやったのか?」

「天道紡が、理解していなかったとは、思えない」



 彼女は誰よりも、魂の澱がどういうものなのかを知っているのだ。


 兄の魂がどうなっているか、蘇生の結果がどうなるか……希望を抱いていつつも、絶望も同時に抱いていたに違いなかった。



「どうすればいいんですか、お姉様」



 朱莉に問われ、真央は小首を傾げた。



「見ている、以外……あなた達に、できるの?」



 率直な一言だった。


 そして、自分はなにもする気がないと、言外に告げていた。


 七海が歯を食いしばり、朱莉は目を見開いた。


 無力感など、久しく味わっていないものだった。



「お姉様なら、こんな状況でも、なんとか……!」



 それでもなお、朱莉は食らいつく。


 それは、自分の慕う相手がこう言う時こそ頼りがいのある姿を見せてくれると言う、信頼か。


 あるいは、強いものに縋りたいという、心の弱さか。



「不可能」



 きっぱりと真央は拒絶を放った。



「見たことは、なくとも……聞いているはず。私の、魂装が……どういうものか」

「っ……」



 確かに知っていた。


 第二次飽和流出において、双界庁の魂装者はなにも出来ず、ただ『魔王』一人に頼りきりだった。


 その状況を、誰も詳しくは語ろうとしない。


 一人の少女に全てを委ね、守られたことを恥いっているのではない。


 第二次飽和流出における敵の進軍に怯えた自分を忘れたいわけではない。


 『魔王』という存在を、思いだしたくないのだ。


 一部のものにしか知られていない事実がある。


 第二次飽和流出がもたらした被害のうち、六割は英雄たる『魔王』によるものである、など。


 当然そこには、人的被害も含まれる。


 故に以降、『魔王』の魂装を使用することは一度として……それこそ、第三次飽和流出においてですら、許可されていない。



「それに、私自身……ついた泥を消し飛ばさなくては……焦がれる人の前に汚れた姿を晒したくはないもの」

「え?」

「……」



 こぼれた呟きが幻聴だったのかと思ってしまうほど、真央の顔には無表情が張り付いていた。


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