闘争、再び
本日二話目です。
前話投稿ミスのお詫び的な(つω⊂)
夜間の廃棄区域巡回が始まって既に三日が立っていた。
初日に続き、二日目も俺は他の班よりも多くのサワリと遭遇し、殲滅を繰り返していた。
「……くそ」
三日目の今、三十三体目のサワリを焼き払ったところで、悪態をつく。
「本当になんだ、これ……三日間で既に八十七体目だぞ!」
「やはり、おかしいですね」
頬に手をあてた紡は、不思議そうに小首を傾げていた。
「これ、ちまちま倒してる場合じゃないんじゃないか。もっと根本的に解決すべき問題があるとしか思えないぞ」
「確かに、継続している以上、なにかしら原因が存在しているということでしょうね……それがなにかは、見当もつきませんが」
「そんなのはお偉い隊長様か、双界庁のお偉方が調査すればいいことだろ。もういい加減にしてくれ!」
叫んでいると、頭上で突如発生したサワリが落下してきて、俺は即座に灼熱の炎でそいつを焼き尽くした。
ずきり、と頭の芯のあたりが痛む。
魂装の使い過ぎもあるのだろうが、それ以上に、ストレスの部分が大きいと思う。
力を使えば使うほど、振るえば振るうほど、過去の記憶が蘇り、俺の魂にへばりついてくる。
魂の内に秘められたなにかで捻じ曲げられそうになる想いを守るために気力を絞り出していた。
もう俺は過去には捕らわれたりしない。
見るのは未来であるべきだ。
「っ……そろそろ集合の時間だろ。行くぞ」
「ええ……大丈夫ですか?」
「問題ない」
短く答え、早足に歩き出す。
頼むからもう出て来てくれるなよ。
そんな俺の願いを踏みにじるように、崩れかけのビルの陰から、新たなサワリが姿を見せた。
† † †
特務の面々が集合したところで、俺は開口一番に低い声で告げた。
「いい加減、新しい対策を考えてくれ。いつまで俺に面倒事を押し付けるつもりだ?」
「……考え中」
短い遠季の返答に、苛立ちが膨れ上がる。
「あのな、それ昨日も言ってたぞ?」
「……良案とは、なかなか……出ないもの……」
軽く睨みつけても、遠季はまるで堪える様子もなく、涼しい顔で淡々と言った。
「ならせめて班の割り振りを考えてくれ。紡を悪く言う訳じゃないが、二人一組だと俺しか戦う人間が居ない。いざという時の保険ってのは分かるが、そのいざって時が来ないように気遣ってくれたっていいだろう?」
これまで出てきたサワリは、いわば雑魚だ。
普通なら負ける気など微塵もしないし、それなら保険である紡の出番もないのは当然の事だった。
だが、その雑魚だって、連続で相手をするには限度がある。
我ながら情けないかもしれないが、小さな摩擦で蓄積する疲労は既に無視できないものになっていた。
雑魚相手に保険を使わなくてはならない可能性すら考慮しなくてはならないほどに。
しかし保険なんてのは使わないで済むのが一番なんだ。
「……」
遠季は少し黙り込み、俺を見つめていたかと思うと、部隊員を順番に見て回った。
「考慮、する……」
「そうしてくれ」
溜め息をついて、俺は大きめの瓦礫に腰を下ろいた。
「ふん、だらしないわね」
見下す様な八束の言葉にも、いちいち反応してやるのが面倒だった。
「ほんと、代わってやりたいよ」
「私なら何百こようが、そんな情けない弱音は吐かないわ。むしろ、望むところじゃない」
「ああ、そうかい」
小うるさい羽虫でも払うかのように手を振ると、八束の眉が八の字を描いた。
「まあまあ、千華もそう絡むなよ」
「はあ? 誰が誰に絡んでるのよ? というか、気安く名前で呼んでるんじゃないわよ、殺されたいの?」
肩に回された紫峰の腕を振り解き、八束は乱暴な言葉を叩きつける。
それも、紫峰にはまるで通用していなかった。
「もう、八束さん。少しは仲良くしてください」
「誰が」
反抗心豊かな八束には、朱莉先輩も手が付けられないと肩を竦める。
どいつもこいつも、すっかり八束の態度には慣れた、って感じだな。
「……そうだ」
不意に、遠季がなにかを思いついたかのように両手を合わせた。
「なんだ? なにかこの異常事態を解決する案でも思いついたか?」
期待を込めて訊ねると、どことなく自信を感じさせる頷きが返ってきた。
これまでで一番、遠季に頼り甲斐を感じていた。
なんだかんだあったが、やはり流石は隊長、といったところか。
「それで、どうするんだ」
「戦火と八束には、扶桑と戦ってもらう」
「は?」
意味が分からなかった。
どうしてそうなるんだ?
「それが……一体、この状況を打開するのに、どう役立つんだ?」
「……? 実力を、把握……すれば……少しは八束の、態度も、落ち着く……? まだ、扶桑の魂装は、見てないし……」
「……」
八束の態度が悪いことへの打開策かよ。
一度期待を抱かされた分、落差は大きかった。
肩を落とし、深い溜息と共に頭を抱える。
「……って、ちょっと待て。なんでその話、俺まで巻き込まれてるんだ?」
八束の問題なら、あいつと朱莉先輩だけでいいはずだ。
「……もう少し、あなたは……戦った方がいい」
「はあ?」
それは戦闘技能の向上、という意味合いでのことだろうか。
確かに、この隊にいる第一等級連中から見れば俺なんて雑魚なんだろうが……。
「特務は訓練とか義務じゃないんだろ?」
「……隊長命令は、遵守」
遠季は一瞬考えてから、そんなことを言いだす。
「この野郎……」
「私は、野郎、ではない」
「うるせえ」
いっそこんな部隊……いや、双界庁の魂装者なんて止めてやろうかとすら考える。
「とにかく、これは決定」
「お姉様の言葉なら、私は逆らいません」
遠季直々の命令というのが、そんなにも嬉しいのか、朱莉先輩は平静を装うとしながらも、緩む口元をまるで隠せていないまま、承諾を示す。
薄々考えてはいたが、もしかして朱莉先輩は同性愛者の類なのだろうか。
「というか、そもそも遠季。あいつがそれくらいで言うことを聞くようになると思うか?」
俺が横目に八束を見ると、刺すような視線が返ってきた。
「……確率は、低い」
「だったら――」
「でも……きっと意味はある」
「……」
なにを言っても聞きそうにないな。
「ちょっと待ちなさいよ」
そこで会話に割り込んできたのは、他でもない八束だった。
「勝手に話を進めているようだけど、私も別に了承したわけじゃないわよ」
「いいじゃないですか。それとも私に負けるのが怖いんですか?」
遠季の指名だけあって、朱莉先輩はやる気十分で、まるで挑発じみた言葉まで口にして八束の敵意を煽る。
「うるさいわね……私はあんたらの思惑通りに動くっていうのが気に食わないだけよ」
「べっつにいいじゃねえか、減るもんでもねえし。戦えば?」
紫峰はお気楽に言い、紡は少しだけ困った微笑みを浮かべながら口を挟むまいとしていた。
「……不満があるなら、褒美を用意してもいい」
「褒美?」
遠季の言葉に、八束が眉を顰めた。
「もしも、扶桑に……勝てたら……私が全力で相手をしてあげてもいい」
白い髪の隙間から、真紅の瞳が覗く。
ただの視線一つだ。
魂の力を込めたわけでもなんでもない……一瞥だけで、ぞくりと悪寒を覚える。
いちいち威を示さずとも、魂の格が伝わってくる。
「ち、ちょっとお姉様! 全力って……それはいくらなんでも……」
「そうだな。そりゃ駄目だろ」
「ええ、私も……そんな状況は避けるべきかと」
朱莉先輩に紫峰、紡までもが一斉に反対の意思を示すが、遠季は聞く耳も持たず、八束を見据えていた。
「……あんたは、それくらいしないと戦うことすら許されないわけ?」
「別に……挑んでくれば、受ける。でも……全力は、必要ない」
ぎり、と八束が歯を食いしばる音が聞こえた。
遠季は八束を完全に見下している。
そして、それは……おそらく、歴然たる実力差からくる自負だ。
「……いいじゃない。いいわよ、ええ。あんたのその下手な挑発に乗ってあげる」
完全に乗せられてる癖になにを言っているんだ。
「まずは扶桑を倒す。次にあんたを倒す……覚悟しなさい」
「千華って、ほんと誰にでも喧嘩売るな」
あの紫峰ですら、心底呆れた顔をしていた。
「仕方ありません……、まあ、私が負けなければいいですが」
朱莉先輩は朱莉先輩で、やはり自然に八束を格下に見ていた。
「ふん」
八束は鼻を鳴らすと、全身から魂の力を溢れさせた。
おいおい……すっかりやる気だな。
こっちの気にもなってくれ……ただでさえ疲れているっていうのに。
「……ん?」
ふと、違和感を覚えた。
本当に微かではあるが……八束から感じる魂の密度が、以前と比べて濃くなっているような気がした。
きっと、他の連中は気付いていないだろう。
小さな変化なんで、魂の格が上がれば上がるほど感知しづらくなるものだ。
高い所に登れば登るほど、地上の建造物が小さく見えるのと同じだ。
離れすぎれば、些細な変化に鈍くなる。
しかもただでさえ、俺でも、もしかしたら気のせいかもしれないと想ってしまうほどなのだから。
……そんな簡単に増大するようなものじゃないと思うんだが、
「私はいつ始めて貰っても構わないわよ?」
「……流石に、今日は……時間も遅い。続きは、明日……巡回を中断して、行う。どうせ……三人が戦えば、魂魄界との境界が……揺さぶられる。サワリも勝手に湧いてくる。勝負ついでに……倒せばいい」
あっさりと混戦をしろと言いだしたぞ。
頭は大丈夫なのか、この隊長様は。
「以上」
「……あ、そ」
そこまで聞くと八束は乱暴な足取りで去っていった。
紫峰と紡は苦笑し合い、朱莉先輩が遠季にへばりつこうとして拒絶されているのを見ながら、俺は嘆息をこぼす。
「……もう、異論を挟める段階じゃないな」
最悪だ。
俺は暗澹とした気分のまま、両手で顔を覆った。