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そして明日を壊す為、  作者: 新殿 翔
魂を明日へと結ぶ為、
15/79

破壊の種子

今朝投稿をミスった分を今投稿します。

申し訳ありません!

ちなみにさらにもう一回間違えて、ようやくアップできましたorz

 八束千華にとって、魂装とは復讐の刃だ。


 自分から全てを奪った存在を……否、自分が許容できないあらゆる現実を破壊するために自分が得た破滅の爪牙に他ならない。


 故に……彼女には理解できないのだ。



「誰かの為に……?」



 日課の早朝ランニングで廃棄区域沿いの道を走りながら、千華は口の中で昨夜聞いた朔の言葉を反芻する。


 自分以外の為に魂の力を振るうことなど、彼女には想像もできなかった。


 これは自分の怒りだ。


 これは自分のための悲嘆だ。


 これこそこの世に示す己のためだけの理不尽なのだ。



「……気味が悪い」



 吐き捨てるように呟いて、千華は走る速度を徐々に緩め、立ち止まると微かに乱れた呼吸を整えた。



「……理解が出来ないのよ、あいつの言っていることは」



 破壊の魂であるからこそ。


 自分が、自分に触れるものを全て傷付けずにはいられない存在であると、彼女は理解していた。


 そして、そうなることを望んだのは、他ならぬ彼女自身なのだ。



「自分の魂は、自分のために振るわなくちゃ、ここにある意味なんてないじゃない」



 自分の胸に手を当て、そこにある鼓動と、さらに深くに潜んだ魂を感じ、千華は奥歯を噛み締めた。



「私は、私の魂一つで全てを壊す……」



 己のみで完結する強さを渇望していた。


 誰かなど求めてはいない。



「黄泉比良の命、千を殺めも分かず……そうよ。私は、独りで殺し続ける。触れるな、見るな、近づくな……殺す、殺す、殺す」



 呪詛を呟き、千華は空を見上げた。


 澄み渡った青空が……彼女の目には、灰色に見える。


† † †


 千華は紡の作った朝食を手早く食べると、そのまま部屋に戻り室内で出来るトレーニングを済ませると、私服に着替えてふらりと外へ出かけていた。


 目的はある。


 正確に言えば期待だ。


 サワリが現れればいいのに。


 そう願い、彼女は当てもなく彷徨う。


 人気のない住宅地を横切り、少し廃棄区域から離れれば、徐々に活気を感じ始める。



「……ダメか」



 期待は裏切られ、一向にサワリが出現する気配はない。


 とはいえ、半ば分かっていた事だった。


 昼は、多くの人が起きて活動している時間帯だ。


 そういう時の人間の魂は、活性化している。


 魂装者と違い、一般人の魂が活性しているかどうかなど、大した問題ではない。


 だが、それが百、二百どころか、千や万集まってくれば話は違ってくる。


 多くの魂が活性化している地域は、魂魄界からの影響を跳ね除けやすい。


 つまり、サワリの出現率が下がるのだ。


 だからこそ、サワリの出現時間帯は、人々が休息をとり魂が沈静化する夜中に偏っている。



「……」



 千華は足を止めて、灰色の青空を見上げた。


 感覚を研ぎ澄ましても、現実界と魂魄界の間に波は感じない。



「……帰ろうかしら」



 呟きながら、何気なく周囲を見回すと、すぐ近くに小さな児童公園が目に留まった。


 その中に、ふらりと入って行く人影を見つける。



「あれは……」



 千華も知っている人物だった。


 彼女は一瞬だけ動きを止めると、深く考えず、なんとなく人影の後を追って、公園の入り口に向かった。


 公園には小さな砂場と錆びついた滑り台やブランコ、動物の形を模した乗り物などが置かれていた。


 視線を巡らせると、目当ての姿は隅のベンチにあった。



「……紫峰」



 紫峰七海……絶大な力を秘めた『人魚姫』と呼ばれる魂装を担う彼女の様子は、千華の知るものとはかけ離れていた。


 まず第一に、服装だ。


 パーカーにジャージと、気楽さばかり求めた普段の格好と違い、今の七海は白いエスニックのブラウスに水色のカーディガンを羽織り、ショートパンツとニーソックスを履いていた。


 どことなく活動的な印象の服で着飾った七海は、落ち着きなく指先で髪の毛をもてあそんでいた。


 一体どうしたのかと、千華が訝しげな顔で様子を窺っていると、ちょうど正反対の入り口から、新しい人影が二つ公園に現れた。


 容姿からまだ二十代前半……もしかしたら十代の可能性も残すスーツ姿の男性と、小学校に入るか入っていないかくらいの幼い女の子だった。


 2人は手を繋いだまま、迷わず七海へと歩み寄る。


 すると七海は慌ててベンチから立ち上がり男性に挨拶をしているのかお辞儀をすると、しゃがみこんで女の子と視線の高さを合わせてから笑みを浮かべた。



「……」



 その様子を、千華は半ば呆然としながら見つめていた。


 明らかに偶然会ったわけではなく、待ち合わせの上での合流だ。


 しかも相手は女の子を連れた男性で、千華は普段の粗雑な態度などこれっぽっちも見せずに猫を被っている。


 そんな状況を目の当たりにすれば、邪推せずにはいられないというものだ。


 千華が眺める中、男性は少し七海と会話をすると、女の子だけを残して公園を出て行った。



「……これは……まさか……隠し子、とか?」



 千華が想像を巡らせていると、不意に……七海と視線がぶつかった、



「あ」



 二人同時に、唇から声を漏らす。


 しばらく、沈黙が流れた。



「……」



 身を翻し、無言のまま千華が去ろうとすると、目にも止まらぬ速度で七海が駆け寄った。



「待て、話を聞け」

「別に興味ないから。安心して、誰にも言わないし」

「お前何か勘違いしてんだろ!」



 千華の肩を掴んだ七海の手に力が込められ、とても逃げられそうにはなかった。


† † †


 七海と千華はベンチに腰掛け、砂場で山を作って遊んでいる女の子を見守っていた。



「……この間の大規模飽和流出で、両親が、ね」



 七海から説明を受けた千華は、女の子の横顔を窺う。


 楽しげに砂を積み上げていく姿からは、そんな悲しみを見る事はできない。



「まだ小さくて、理解しきれてないんだろうな。ただ……初めて会った時は、ママはどこ、パパはどこ、ってずっと泣いてたよ」



 サワリに人が殺される、というのは珍しい事ではない。


 ましてや魂装者であれば、そんな現場は何度も見ていて当然だ。


 第三次大規模飽和流出では事前に予兆を察知して住民の避難が行われたものの、どうしたって、運の悪い人間というのは出てくる。 


 今回は、それが女の子の両親だったというだけだ。



「……ふうん」



 千華は何気なく自分の手を見つめた。


 なにもないはずなのに、なぜか、手のひらの中に自分のものではない鼓動を感じた。


 血の臭いと、生々しい温度が記憶の中から蘇り、無言のまま手を握りしめる。



「で、どうしてあんたは、そんな子に会って、こんな風に面倒まで見てるわけ?」

「別に、あいつの歳離れた兄貴が学校やめて就活してるっつうから、面接とかどうしても一人にしなくちゃならない時に、代わりに見てやってんだよ。どうやら、一人きりになると、すぐに泣き出しちまうらしくてな」

「そう」



 幼い女の子が両親を失ったのだ。


 トラウマになっていたとしても、おかしくはない。



「そんなことするような性格には思えないけど」

「……うるせえよ」



 自覚はあるのか、七海はぶっきらぼうに告げ、視線を逸らした。



「一度、関わっちまったんだ。泣きわめくガキを放っておけるか」

「……あなたなら、そんな悲劇的な立場の子供を羨みそうね」

「ふざけんな」

「っ……」



 七海の声色が低くなり、千華の背筋を寒気が伝った。


 見れば七海は鋭く冷ややかな視線で、千華を睨みつけている。



「確かにアタシは悲劇が欲しい。染まりたい。でもな……他の誰かがそうなって欲しいとは思わねえし、ましてや羨むなんて、絶対にありえねぇだろ」

「……あ、そう」



 興味のない素振りをとりながらも、千華は僅かな戸惑いを覚えていた。


 まただ、と。


 魂装者の癖に、魂の力を振るう癖に……それで、誰かのために行動している。



「七海お姉ちゃん……」



 一人で遊ぶことに飽きたのか、女の子が砂場を離れ、七海のもとへ駆け寄ると、服の裾を引っ張る。



「おーおー、どうした。何かしたい事あるのか?」

「また、お馬さん」



 女の子の発言に、千華は内心、首を傾げた。



「あー……あれなあ。また? 今日はいいんじゃねえの?」

「ダメ……?」



 純真な目に見上げられ、七海が心苦しそうな顔をする。



「……おい八束、これぜってぇバラすなよ。マジで頼むから。ほんとに」

「は?」



 一方的に告げると、七海は女の子に背中を向け、いきなり自分の親指の先を噛み切った。


 直後、公園の砂場が蠢き、砂が盛り上がったかと思うと、デフォルメされた馬の形をとる。



「はあ……?」



 七海がなにをしたのか、千華は一瞬理解できなかった。


 いや、理解したくなかった。


 『人魚姫』の願望成就を前に、千華は手も足も出せなかった。


 それが……今、子供を喜ばせるための芸に使われたのだ。



「ほれ……まあ、十分くらいもつから、適当に遊べ」

「ありがとう!」



 血を流す親指を後ろ手に隠した七海の言葉に、満面の笑みを浮かべた女の子は、嬉々として砂の馬に跨り、公園内を走らせはじめる。


 千華は、それを見て苦々しい顔をしていた。



「……問題行為よ。それに、何も知らない人間に見られたら……」



 魂魄界に影響を及ぼすという理由から、魂装者の力は基本的に、緊急時以外での使用は許可されていない。



「こんくらいの小さい力なら大丈夫だって。それに、誰にも気付かれねえよ」



 言いながら、七海は人差し指の先を噛み切る。



「――他の誰も気付かないように願ったからな」



 それは、認識阻害や、不可視化という形で実現しているのだろう。


 なんという汎用性だ、と千華は微かな戦慄を覚えた。


 同時に、怒りも。



「……どうして、その力を誰かの為に使うの?」

「あ?」

「あなたは悲劇が欲しいでしょう? 悲劇のヒロインを気取りたいんでしょう? なら、その目的の為に力を振るうべきではないの? それだけを求めてこそ、自分の魂に殉じると言えるのではないの?」



 真剣な眼差しで問いかける千華に、七海は頭を掻きながら溜め息をこぼした。



「あー……そういう小難しいことはどうでもいい」

「なんですって?」

「だから、アタシは、アタシが今自分のしたいように振る舞うって言ってんだよ。それの何が悪い? お前に文句言われる事かよ?」

「……」



 面倒くさい、と言わんばかりの態度で応える七海に、千華の目つきが鋭くなる。



「ああ、そう。あんたの魂も……ぬるいのね」

「おいおい、負けた相手にそんな偉そうなことを言うのか?」

「うるさい……すぐに超えるわ。覚悟してなさい」



 叩き付けるように言い放つと、千華は七海に背を向け、今度こそ立ち去るために歩き出した。


 その背を見送りながら、七海が嘆息する。



「……まるで魂の操りに人形だな。自分自身に縛られてどうすんだよ。マゾか、あいつ」



 七海の呟きが千華に届く事はなかった。


† † †


 強さとはなんだろう?


 帰路につきながら、千華は自問する。


 魂装者にとっての強さとは、魂の強度に他ならない。


 少なくとも千華はそう信じている。


 だから、己の魂に宿るものを、より深め、色濃く、研ぎ澄ませていくのだ。


 そうすれば己の魂が示す破壊を成せると、疑っていなかった。


 ところが特務に配属されて初日で敗北を喫し、しかもその相手がとても自分には認められない腑抜けだ。


 自分の歩んでいる道は正しいのか?


 自問し、答えをあっさりと導き出す。


 そんなことは関係ない。


 仮に間違っていたとして、だからどうしたと、前を向く。


 間違って違う道に進んだとして、待ち構えるのが袋小路だとしても……それすら破壊し突き進めばいいだけの話なのだから。


 迷いは殺す。


 疑問は砕く。


 今までもそうしてきたのだから、これからもそうすることしか出来ない。


 盲目の人間が迷わず歩きだすかのような愚かさと勇敢さで、千華は力強い歩みを続ける。


 わかりやすい先輩からの教授など必要としていないのだ。


 実力伯仲の好敵手の登場で競い合うなどと悠長なことをするつもりはない。


 追いかける背中などあってはならない。


 文目も分かずに、破滅の化身となる。


 目の前にある、ありとあらゆるものを破壊できる力をその手に求め、千華の魂は見にくく肥大化していく。


 破壊の種子は、確実に育まれ、芽吹きの時を待っていた。


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