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そして明日を壊す為、  作者: 新殿 翔
魂を明日へと結ぶ為、
10/79

偽りの魂装

 縁側に遠季と並んで腰を下ろし、庭園をぼんやりと見つめる。1


 昨日俺が壊した池は、いつの間にかすっかり元通りに修繕されていた。



「……」



 俺も遠季も、口を開かずに、静かな時間が流れて行く。


 先に我慢しきれなくなったのは俺だった。



「何か用か?」

「……特には。でも、同じ部隊だから……」



 だから、なんだというのだろう。


 遠季は言葉が少なすぎて、考えていることが分からな過ぎる。


 少なくとも、悪いやつではないのだろうが……。



「お前って、人と喋るの苦手なの?」

「……」



 自分でも失礼だと思う質問に、遠季は特に表情も代えずに頷きを返した。


 そんな人間がどうして部隊長に、と続けて問いかけようとして、答えが分かり切っていて閉口する。


 実力があるからに決まっている。


 それも、第一等級や第二等級の魂装者を力づくでも纏められると判断されるだけの実力が。


 魂装こそ目の当たりにしていないものの、その実力の片鱗は俺も感じたし、異論はない。


 昨夜の出来事を思い返し、思わず嘆息がこぼれた。



「……飲む?」



 いきなり湯呑みを差し出された。



「いらない。ていうか、それお前の飲みかけだろ」



 前振りもなく、なんのつもりか全く理解できない。


 どれだけコミュ障なんだ。



「……」



 湯呑みを両手で包み、俯く姿を横目に見て、眉を寄せる。


 もしかしたら、落ち込んでいるのだろうか?



「……隊長って、めんどくさくないのか?」



 さっきよりも少しだけ沈黙が気まずくて、俺は自分から適当な質問を投げかけた。


 仙堂さんが昔、体調職なんて気苦労ばかりだ、と愚痴っていた記憶を思い出したのだ。



「別に……、みんなと、いるのは……嫌いじゃない」

「ふうん」



 まあ、ここは普通の舞台とはだいぶ違うみたいだし、意見も違って来るか。



「……あなたも、そう思ってくれれば……いい」

「……そうか。まあ、今のところそこまで悪印象は……」



 言いかけて、凶暴な女二人を思い出し、言葉を途切れさせた。



「……」



 白髪に隠れた瞳が、俺の事をじっと見つめている気がした。



「まあ……そうだな。期待はしてるよ」

「……ん」



 こくり、と小さく頷くと、遠季は湯呑みに口を付けた。


 だからどうしてそんな、ビデオから出てくる幽霊みたいな髪してて普通に飲食が出来るんだ。髪の毛が入らないのか。



「それにしても……不思議」

「ん?」



 湯呑みを置いた遠季が俺に顔を向け、僅かに身を寄せてきた。



「なんだ……?」

「――どうしてあなたが、第二等級なの?」

「は?」



 問われた言葉の意味が、いまいちかみ砕けなかった。


 そんなことを訊かれて、なんと答えればいいのだろう。


 第二等級でいる理由なんて、それが俺に相応しいと判断されたからだ。


 俺自身、昨日第一等級ってやつを肌で感じて、第二等級が相応だと自覚している。


 なのに、なぜそんなつまらない質問をしてくるんだ?



「訳が分からないんだが……」

「……」



 さらに、遠季の顔が近付いてきた。


 くすみ一つない白い髪が風に揺れて、紅蓮の瞳が俺を映し出す。



「っ……」



 心の奥底まで見透かされるような気分になって、思わず息を飲む。


 だが、なぜか視線は逸らせない。


 それどころか、指先一つ動かせなかった。


 また魂の圧力で押さえつけられている、というわけではない。


 これは純粋な威圧感だ。



「なんなん、だよ……?」

「……あなたは、十年前、なにをしたの?」

「あ?」



 十年前、と言われれば、多くの者が大規模飽和流出を連想するだろう。



「そりゃ……」



 脳裏を、凄惨な光景がよぎっていく。


 燃え盛る炎……焼き尽くされる両親……炭になった妹……そして、紅蓮の悪魔。そこまで映像が浮かんで、真っ赤な光景が思考を遮った。



「っ……、魂装者にそういう事を聞くのは、マナー違反だろ」



 頭を抑え、表情を歪めながら、俺は呻くように告げた。


 大規模飽和流出など、世界規模のトラウマだ。


 いい思いを抱いている人間などいないし、いたすればそいつは狂ってる。



「炎の魂装なんて……そんな嘘をついてまで、何を隠すの?」

「だから、何を言っているんだ……お前は」



 なぜだろう。


 さっきから、鋭い痛みが頭の一番奥を何度も襲う。


 誰かに手を突っ込まれて、引っ掻き回されているかのようだ。


 遠季は何が言いたい?


 炎の魂装が嘘だと?


 そんなわけがあるか。正真正銘の事実だ。


 俺の魂は、あの日、惨劇の夜を象徴する紅蓮に他ならない。


 灼熱は俺の深くまで焼き付いているのだ。


 目を焼くほどの眩さは、決して拭えない。



「……そう」



 血色の瞳が閉ざされ、白い髪の向こうへと隠れた。


 遠季は俺から身体を離すと、立ち上がり、背を向けた。



「そうだ……二つ、教えてあげる」

「……」



 なぜだろう。


 全身が粟立つような怖気に、包まれていた。


 気を抜けば歯が震えだしそうだった。



「きっとあなたは、勘違い、してる……私が隊長をしているのは、それに相応しい力を、持っているからと思った?」

「……ああ」



 頷いた俺を、遠季は肩越しに振り返った。


 髪の隙間に覗いた口元に浮かんでいたのは……歪んだ笑みだった。



「違う。この部隊に私を、縛り付けるために、役職につけた……。この部隊の存在理由は……真実、一つだけ」



 初めて、感情らしい感情を、遠季の声に感じた。


 愉悦と嘲りだ。



「この部隊に所属する、高位魂装者は……いざと言う時、私を殺すために用意された……」



 はっきりと理解した。


 やはり、こいつも普通じゃない。 


 言われてみて、なるほど、とも思う。


 一人で大規模飽和流出を抑えられるような化物が、恐れられないはずがない。


 事実、仙堂さんだって、言葉の端々に怯えのような感情を滲ませていた。


 上層部の臆病者どもからすれば、遠季はいつ爆発するかも知れない核爆弾にでも見えているに違いない。


 だから、それよりはまだ使いやすい手駒を近くに置いておこう、ということか。


 いざというときは遠季という巨大な爆弾を、俺たちという爆弾と相殺させれば最小限の被害で留められるとでも考えているのだろう。



「馬鹿なこと」

「……」



 短い言葉は、なにを意図してのものなのか。


 部隊の人間が、いざと言う時自分を裏切らないと信じている?


 それとも、裏切られても、問題ないと考えているのか?


 たかが第一等級、第二等級が束になったところで、意味などないと?


 ……そうなのかもしれない、と思えてしまうあたり、やはり出鱈目だな。



「私なんて、そんな大した存在じゃないのに」

「……え?」



 呆けた声を漏らしてしまう。


 想像していた言葉とは、全く逆だった。


 自分を卑下する様な言葉を、遠季は楽しげに口にした。



「……教えてあげる」



 ああ、くそ、どうしてだろう。


 さっきから、頭が痛い。


 心臓の鼓動がうるさい。


 遠季の言葉が、視線が、笑みが、俺の中身をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。



「私の魂装は……ある人の魂に焦がれて形作られたもの」



 まだ見ぬ遠季の魂装の真実に、頭の中が真っ白になる。


 この出鱈目な存在が焦がれる程の魂だと?


 なんだそれは……そんなものが、この世に存在するのか? していいのか?


 一体どんな人間なら、そんな魂を持てるのか、想像もつかなかった。


 遠季は振り返ると、再び俺との距離を詰めてきた。


 咄嗟に身体を轢こうとするが、肩を小さな手が掴んだ。



「――私の魂は、少しはあなたに似せられた? ねえ……『黄泉軍(よもついくさ)』」



 告げられた言葉は、本当に微塵たりとも意味なんてまるで分からないのに……胸の奥で、何かが軋んだ気がした。


† † †


 これではっきりした。


 やはりこの部隊で俺が気を休められるのは、せいぜい紡と一緒に居る時くらいだと。


 朝食後、厨房から食器の洗う音が聞こえる中、俺は今で一人、紅茶を飲んでいた。


 しばらくそのままでいると、紡が戻って来て、柔らかな笑顔を浮かべて俺の向かいに腰を下ろした。



「お疲れ」

「いえ……、それより戦火さんの方が疲れた顔をしているようですが」

「分かるか?」



 少し心配そうな表情をする紡に、苦笑をこぼす。


 これも飴と鞭、というのだろうか。


 他の面々が濃すぎるせいで、紡という存在がひどく尊いものに思えてくる。



「察するに……まだ部隊に馴染めていない、のでしょうか?」

「……まあ、そうなるのか?」



 少し違う気がするが、わざわざ否定するほどの差異でもないだろう。


 俺の返答に、紡は微かに微笑んだ。



「少しずつ、慣れて行けばいいと思います。今はご自身も環境の変化に戸惑われているでしょうし」

「そういう問題じゃない気もするけどな」



 卓に頬杖をついて、深い溜息をこぼす。



「溜め息をついては幸福が逃げる、と申しますが……」

「幸せなじゃないから溜め息が出る、の間違いだ。むしろ気苦労を溜めこむ方が辛い……って、言われて育ったもんでな」

「なるほど、一理あります」



 屁理屈じみた俺の返しにも、紡は朗らかな表情を崩さなかった。



「それは、ご両親のお言葉ですか?」

「いや、家族は十年前に死んだよ」



 その事実は胸に深く残る傷跡だが、こうして軽く話せる程度には、痛みにも慣れていた。


 だが、俺本人よりも、紡のほうが痛々しい表情をした。



「すみません、言い辛いことを……」

「いいさ。こんなの、ありきたりだろ」



 そう、ありきたりなことに、いちいちショックなんて受けていられない。


 ……そう言ったのも、そういうえば、あの人だったな。



「俺にそう言ったのは……母方の叔母だったよ。変わった人だったな」



 思い返しても、無茶苦茶だ、と頬が引きつる。


 俺の中では、もしかしたら第一等級魂装者……あるいは遠季にも負けないくらいに、とんでもない存在だ。



「……どんな人だったか、お聞きしても?」

「そうだな……、普通の人だったよ」



 魂装などではない、どこにでもいる人間だった。


 なのに……その在り方は他の誰よりも魂装者らしくて。



「あの人は魂装者じゃないのに、魂装者よりも強かった」

「え?」



 紡が目を丸くして、硬直した。


 気持ちは分かる。


 変なことを言ったのは俺だ。


 普通の人間と魂装者とでは、なにもかもが違いすぎる。


 魂の力を自在に操る魂装者は、単純な肉体の強度でも、普通の人間よりずっと上回っている。


 獅子に猫が勝てるか、と言うようなものだ。


 ……だが事実、世の中にはいるのだ。獅子を殺す猫が。



「あの人は魂を装ったりはしなかった。ただ、あるがまま……己の魂のみを信じ、それを貫いていた……」



 ふと、この屋敷に運び込んだ荷物の中にある、とある荷物のことを思い返した。


 あの人が俺の前から姿を消した三年前から、一度も手にしていない、あの人が俺の為に与えてくれた武器。


 どうしてあの人がいなくなったのかは、今でも分かっていない。


 それが分かるまで、俺は基本的に。あれを手にするつもりはなかった。



「……悪い、変な事を離した」



 俺は手元のカップに注がれた紅茶を飲み干し、立ちあがる。



「いえ。それよりも戦火さんは、今日のご予定は?」

「昨日、できなかった荷解きをして、適当にごろごろするよ。なにもしないでいいって言うなら、甘えさせてもらうさ」

「そうですか。何かありましたら、お声掛けください」

「ああ」



 小さく頷いて、俺は今を後にした。


† † †


 俺は部屋に戻ると、荷物から一本の木刀を引っ張りだすと、金属の重りがついたベルトを巻きつけた。



 木刀自体も芯に金属の棒を通しているので、重さはこれで五キロといったところか。



「部屋が広くて、助かったな」



 俺は重い木刀で、緩やかに型を描いていく。


 流派の名はない。


 自分が敵を倒すために一番相応しいと思って作った剣技だ――と、あの人は言っていたが。


 ……この型を流していると、あの人の魂の強さに、少しでも触れられる気がする。


 俺の魂装は、第二等級だ。


 その力は全てを燃やしつくす火炎で……第一等級と比べるべくもなく、自分の中で限界が見えていた。


 知っていたのだ、どこかで頭打ちになることなど。


 自分の魂なのだから、分からないわけがない。


 だから、それとは違う力を、俺は求めていた。


 少なくともあの人は、そんなものがなくても強かったのだから。


 復讐心や憎悪は、もう俺を突き動かす衝動足りえない。


 俺の魂は、もはや燻ぶる小さな火種にすぎないのだ。


 だが、最後にまだ残っているその熱は……あの人の横に並び立つために使いたいと思った。


 七年間、こんな俺の面倒を見てくれたあの人の力になりたい。


 なりたかったんだ。


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