崩れる魂の秤
久しぶりに小説投稿してみようかと始めました。
熱いバトルとかかけたらいいな、と思ってます。
最初の方は少しゆっくりした展開になると思いますが、どんどんインフレしていくと思います。
拙い話ですが、よろしくお願いします。
――世界は、突如として変容した。
† † †
その日は、休日を利用して遊園地に行った帰りだった。
一つ下で、つい先日幼稚園に入ったばかりの妹は、後部座席で僕によりかかって穏やかな寝息を立てていた。
テレビで遊園地のコマーシャルを見て一週間前から行きたいと駄々をこね続けただけあり、その寝顔にはとても満足そうな気配が浮かんでいた。
たった一歳しか違わずとも、そんな妹が僕には微笑ましく思えて、この世のどんなものより大切な宝物だった。
運転席と助手席に座る両親は、高速道路の長い渋滞に巻き込まれ、辟易した様子を見せながらも今日の出来ごとに花を咲かせていた。
そんな両親の邪魔をしたくなくて、僕は一人静かに窓の外に視線を移した。
ふと、空を見上げて首を傾げる。
夜空がおかしかった。
なんと言えばいいのか、当時の俺には分からなくて、しばらく考え込んだ末に、ようやく答えを出した。
仕事帰りの疲れた顔でソファに深く座り込んだ父がビールをちびちびと飲む横で一緒に見ていた南極大陸の特集番組で見た。
オーロラだ。
テレビの向こうでは美しく幻想的な七色の輝きを放っていた自然現象が、日本の夜空を覆っていた。
けれど、それは僕の知るものとは少し違い、まるで水に浮かんだ工業油が光を反射するような、どろりとした穢れと、不吉を匂わせる。
咄嗟に、父に声をかけようとしたところで、また一つ異常が起きた。
渋滞の先から大きな音が聞こえて、大きな光が見えた。
地面と車を伝わって感じる大きな振動に、両親も戸惑いを露わにしていた。
音と光、一瞬遅れてくる振動は、さらに断続的に続いた。
さらに、徐々にはっきりと、大きく、その正体を知らしめた。
心臓の鼓動が早くなる。
それはいけないものだと、胸の奥……魂で理解した。
全身から汗が噴き出して、呼吸すらもままならない。
肌の上を無数の虫が這いまわり、小さな牙を立ててくるかのような怖気と吐き気で、どうにかなってしまいそうだった。
悲鳴をあげたいくらいなのに、咽喉はしびれたようにまともに機能してくれない。¥
眼球の動きを自分で押さえることも出来なくて、安定しない視界の中で、渋滞の遥か先に赤い光を捉えた。
紅蓮の閃光、爆発音、伝わってくる衝撃……。
遠くから、こちらへと、『それ』は並ぶ車を叩き潰し、踏み壊し、迫ってきていた。
すぐにその正体を知る。
――炎だった。
夜の暗闇を身に纏う太陽の如き業火で焼き払う異形が、ついに僕達の乗る車の前に止まっていた大きなトラックを殴り飛ばした。
一瞬の接触で燃え上がり、圧倒的な破壊力によりひしゃげながら、玩具のように宙を舞い、高速道路の高架から落ちていく鉄塊には、目も向けなかった。
そんな余裕はあるわけがない。
フロンドガラス越しに、巨大な脚が地面に突き立ち、小さな車を激しく揺さぶった。
『それ』に触れたところからアスファルトが溶けだし、車のボンネットは歪み、車内にいても肌を焼くような熱を感じた。
鼻をつく異臭が何を焼く臭いなのかも分からない。
両親はなにが起きたのか理解できずに茫然としていた。
妹は騒がしさと熱に目を覚まし、ぽかんとした顔をしていた。
僕は悲鳴をあげる……そんな簡単なことすらも出来なかった。
その巨人は、獅子に似た鬣を備えていた。身体は人と同じように二本の脚と二本の腕から成っていたが、瞳は四つあり、爪は長く、長い尾が揺れる度に周囲へ炎の嵐を巻き起こす。
異形の巨躯は立てば、フロンドガラスからは腰の辺りまでしか見ることが出来なかった。
だが、異形はゆっくりと身を屈め、その不気味な顔で車内を覗きこんできた。
四つの真っ赤な瞳を目の前にして、目尻から涙があふれ出し、全身の震えが止まらなくなる。
異形が見つめているのは、両親でもなければ妹でもない……僕だった。
勘違いなどではない。
はっきりと、異形が自分のことを認識しているのを感じる。
恐ろしくて恐ろしくてたまらない。
今すぐ目を瞑り、これが悪い夢だと信じて意識を手放すことができれば、どれほど楽だろうと想ってしまった。
異形の瞳から伝わってくるのは、混沌とした、定まらぬ想いの奔流だった。
憎悪も、恋慕も、絶望も、希望も、悲しみも喜びも不安も期待も優しさも辛辣さも、ありとあらゆる感情が押し寄せてきて、僕の心を押しつぶそうとしてくる。
どれほどの時間、そうしていたのか。
ふと、化け物がゆっくりと身体を起こす。
状況はなにも変わらない。ただ、化け物の四つの瞳から逃れられた。
それだけのことに、僅かに気が緩んだ……その瞬間だった。
視界の端、窓ガラスの向こうに、なにかを見た。
いやにゆっくりと、それを視認することができた。
爪だ。
鋼鉄だろうとなんだろうとあっさりと焼き切るであろう灼熱の鋭い爪が、迫ってくる。
僕の頭が、今度こそ真っ白になった。
迫る、迫る、迫ってきた。
まるでコマ送りのように、世界は動いた。
近づく高熱に耐えきれず、窓ガラスが粉々に砕け散った。
巨大な爪が車体に触れただけでボディが溶けだし、火を噴いた。
ゆっくりとドアを裂いて、爪が車内に潜り込んでくる。
爪は、車の前半分を斬り飛ばしていく。
運転席に座っていた父の姿が、瞬きの後に人の形を失って、飛び散る血肉はすぐに蒸発してしまう。
炎爪の暴威は母の身体をも巻き込み、灰塵へと変えた。
身体が浮遊感に包み込まれる。
車体の前半分は、既に消滅していた。
残りの後ろ半分だけとなった車体は衝撃によって僕らごと宙へ放り出されていた。
開けた視界の中、すぐ目の前に化け物の顔があった。
吹き荒ぶ灼熱の突風が、肌を焼いく。
なぜ、こんなことになっているのか。
到底、理解などできるわけがなかった。
父と母がどうなったのかを考えられない。
これから自分がどうなるのかも考えられない。
もしかしたらこれは悪夢なんじゃないか。
目を覚ませば、きっともう車は家について、寝ぼけ眼のまま両親に手を引かれて家の中に入っていく。
祈るように願うけれど、悪夢は醒めない。
衝撃、などという言葉でも生易しい。
全身を包み込む膨大な熱量と、骨格の隅々まで砕くような激痛に視界は点滅しながら、ぐるりと回転する。
爆発だ。
残っていた車体が、僕を巻き込み爆発を起こしたのだ。
爆炎も煽られ、思い切り地面に叩きつけられた。
最初に背中を思い切り打ちつけ、そのまま何度も転がり、頭も顔も……身体じゅうのいたるところをぶつけながら、道路の隅まで転がっていく。
人としての形を保てていたのは、なんの奇跡だったのか。
普通なら、あんな風に爆発に巻き込まれれば、人の肉体など脆くも破壊されるはずだった。
事実、それを証明する残酷な証明が、僕の視界へと転がっていた。
丸い形状をしていた。
黒く焼け焦げていた。
だが、それは見間違えようもない。
とても大切で、愛していたのだから。
つい先程まで感じていた温もりは、この灼火の中でも忘れてはいない。
妹の、頭だった。
次の瞬間、灼熱の風が妹の頭を焼き尽くす。
炭となり、灰となり、塵となる。
何かが砕ける音を、俺は聞いた。
それが自分の心が壊れる音なのだと、遅れて気付いた。
声にならない呻きが唇の隙間から漏れる。
全てを炎に奪われ、僕自身も燃えつきようとする中、一体何を考えていたのだろう。
気付けば異形は、じっと僕の事を見下ろしていた。
四つの瞳を虚ろに見上げながら、理不尽だと、そう思った。
どうして家族が殺されなくてはならなかったのか。
なぜこんな化け物がいるのか。
砕け散った心の欠片が、一本の糸で縫い合わされていく。
たった一つの想いの元に僕の魂は再び歪に形を取り戻した。
芽生えた感情の名を、何と呼ぶか、僕は知らなかった。
ただ、想った。
お前のような力があれば、この残酷な現実に立ち向かうことができたのか。
どうして自分ではなく、お前にその理不尽の力が与えられているんだ。
そのせいで、自分達は不幸になった。
黒い感情は止めどなく、心の接ぎ目から滲みだしてくる。
力が欲しい。
目の前の理不尽を、同じように理不尽で踏み躙る力が欲しい。
僕から全てを奪ったものを破壊する力が。
強く、深く、願う。
切なる狂気の祈り。
許さない。絶対に許さない。
どうして、なんでこんな事に。
お前のせいだ。
お前と言う理不尽のせいだ。
だったら僕だって……。
胸の奥で、魂が蠢いた。
こちら見下ろす異形の瞳に覗く、混沌とした感情は、否定したいほどに、今の自分と似通っていた。
どうして、と。
なんで、と。
こんな事になっているのか、理解できない。
剥き出しの想いが絡まり合う。
気付けば僕は、手を伸ばしていた。
何かを求めるように。
あるいは――。
† † †
その手で化け物を殺すために。
† † †
手を伸ばす。
指の隙間に見えるのは、こちらへと迫ってくる巨大なカマキリのような異形――サワリと呼ばれる魂の残骸だ。
俺が駆けつけるより前に、既に散々暴れた後なのだろう。
道路は砕け、アスファルトがめくれあがり、街路樹が軒並み倒れて、左右に立ち並ぶビルの壁面には縦横無尽に破壊の跡が描かれていた。
ところどころに飛び散る黒っぽい赤色がなにか想像して、僅かに吐き気を覚える。
『聞こえているのか? 相手は第三等級のサワリだ。既に二個小隊が――』
耳に付けた通信端子から聞こえる声は、頭に入ってこなかった。
俺の意識は、既に目の前のサワリだけを見つめていた。
その存在を前にすると、嫌でも思い出す。
脳裏に浮かぶのは幼少の頃、俺から全てを奪っていった業火を纏うサワリの姿だ。
「……」
ズキリと痛むのが頭の芯なのか、それとも胸の奥なのか分からないまま、俺は唇をゆっくりと開いた。
「――滅びの塔を駆け昇れ、我は黄泉竈食ひの獣なり――」
空気の震えとは違う、より深く世界を揺さぶる声で、俺の魂そのものを示す言霊が紡がれる。
直後、俺の全身から忌むべき光が噴き出した。
俺の全てを奪った炎が、螺旋を描いて歪んだ極光に包まれた空へと伸びる。
周囲の気温は一気に上昇し、足元のアスファルトが赤く溶けだし、近くで横転していた乗用車は飴細工のように形を崩していく。
そんな灼熱の中、俺は微かな苦しみも感じてはいなかった。
当然だ。
自らの魂に傷付けられる者などいない。
この炎は俺の魂そのもの。
魂装と呼ばれる、人の魂を現実界に具現させる力を振るうからこそ、俺達は魂装者などと呼ばれているのだ。
俺の魂が、あの炎の形をとるなんて、ひどく皮肉の利いた話だが。
「……」
自然と、口元に引き攣った笑みが浮かぶ。
既に敵は目前へと迫っていた。
全長は六メートル弱といったところか。左右の腕から伸びる巨大な鎌は、人間を両断するには十分すぎるほどの大きさを誇っていた。
掲げた俺の掌から、灼火が溢れだした。
紅蓮の濁流が、一瞬にしてカマキリのサワリを呑みこむ。
だが、その程度で第三等級が滅ぼせるわけがない。
本来ならば一匹現れただけでも国を揺るがす大事件だ。
実際、ここまで始末してきた十匹そこらも、生半可な力ではなかった。
甲高い、ガラスを引っ掻くような悲鳴を上げながら、サワリは鎌で炎を切り払うと、再び俺へと突進してきた。
既にその体表は高熱に炙られ半ば液状に溶け落ちながらも、動きに澱みはない。
ただ目の前にいる俺の存在を消し去る為に、凶刃を振り下ろす。
「……」
現実界と寄り添うように存在するもう一つの世界は、魂魄界と呼ばれている。
人の魂は死後、現実界から魂魄界へと流れ込み、そこで洗浄を受けて無垢なる魂として、次の生を受けるために現実界へと還る。
それが、本来あるべき形だ。
だが、サワリとは魂魄界に生まれた澱みの具現に他ならない。
本来は綺麗に削ぎ落し、霧散するはずの死者の想いの欠片、魂の残滓……それらが幾百幾千、あるいは幾万幾億と集い形成される。
そして、人の想いの多くは、他者への拒絶と排撃、負に偏っている。
生きていれば魂は濁り、穢れ、死後には魂魄界の澱としても積もっていく。
それが魂魄界に収まりきらずに現実界へと流れ込むことで生まれた存在がサワリなのだ。
僅かに温もりのこもった想いが混じっているかもしれないが、それで大多数を変えられるわけではない。
だから、サワリは人を害する。
故にサワリは滅ぼさなくてはならない。
それこそ魂装者の役割だ。
魂の具現であるサワリは、現実界からの影響を寄せつけにくい性質を持っている。
端的に言えば、物理的な攻撃に対する耐性が高いのだ。
魂を傷つけるのも、やはり魂なのだ。
振り下ろされる鎌に、軽く手を振る。
それだけで、舞い起きた暴虐の炎風がサワリの鎌を蒸発させた。
サワリが再び、不愉快な悲鳴を上げた。
「黙れ」
声の一つにも、無数の怨嗟が込められている。
聞いていて、決して気持ちのいいものではない。
もう一度腕を振るえば、サワリの首から上が蒸発した。
さらに残っていた腕も、脚も、消し飛ばす。
胴だけになっても尚蠢くサワリを見つめ、そっと目を細めた。
「消えろよ」
口にしてから、なぜ俺は、こんな忌まわしい力で、こんな真似をしているのか、自分に問いかけている。
答えなど出ない。
ただ、力があるからこうしているだけ。
それ以上の理由を、今の俺は持たない。
復讐心がないわけじゃない。
憎悪していないわけがない。
今でも凄惨な思い出は深く俺の魂に焼き付いている。
だとしても、それを振りあげてサワリを殺して回るほど、俺の魂に熱は残っていなかった。
そうしたところで、何かが戻るわけでもないのだ。
俺の中の何かが満たされるとも思えない。
こうして力を振るっている今も、心を覆うのは酷い無気力感だ。
いっそ、燃え尽きて灰になって消えてしまった方が楽なのに……なんて、思ってしまう。
だが、すぐにそんな考えは振り払った。
力を使うと、どうしても、気持ちが昔に引きずられてしまう。
「……消えてしまえ」
それが、何に対しての言葉なのか分からぬまま、俺は魂の力を注ぎ、サワリを滅却した。
† † †
十一年前。ある一人の学者が、一つの概念を提唱した。
双界概念、というその概念の内容は、当時の人々に一笑に付されることになる。
この世は現世と魂魄界、二つの世界から成り立っている。
現世では魂を持った生命が育まれ、死んでいく。
死んだものの魂は魂魄界へと旅立ち、そこで現世で得た経験や知識といったものを洗い流し、まっさらな状態で再び現世で生命となる。
そんな、まるで宗教観のような概念をまともに受け入れる人間などいなかった。
学者はそれを切っ掛けに、以来、あらゆる学問の場から追放されることになる。
しかし最後に、学者は一つの預言じみた言葉を遺していた。
魂魄界は不完全であり、魂から洗い落したあらゆる経験と知識を溜めこみ続け、いずれ、溜まった魂の負荷に耐えきれなくなる。
寄り添う現世も無関係ではなく、二つの世界は共に終焉を迎えるだろう。
そんな言葉にも、誰も耳を貸さなかった。
それから一年が経ち、学者は蒸発し、双界概念などというものを覚えている人間など誰もいなくなった。
だが、嫌でも人々が双界概念という言葉を思い出す時は来た。
魂魄界における、負荷の飽和が訪れたのだ。
収まらず溢れだした負荷はそのまま、現世へと流れ込んだ。
負荷は現世で形を得て、世界各地で大いなる災いを齎す。
サワリ、と呼ばれる、魂の澱みによって生み出された化け物を前にして、人々は蹂躙されるばかりだった。
サワリは現世ではなく、魂魄界の理を纏った存在だ。
一切の近代兵器、銃器も弾頭も爆発物もなにもかも、人をより恋率的、効果的に殺すために生み出されたそれらは、サワリに効果を発揮することはできなかった。
最新鋭のミサイル一発を打ちこむよりも、魂を持った人間の拳を叩き込んだほうがまだ効果がある。
そんなふざけた状況が生まれた。
人類の英知が、まるで通用しないのだ。
誰もが絶望しかけた時、同時にある希望が人類に生まれた。
現世と魂魄界の境界があいまいになったことで、一部の人間が、自らの魂をサワリと同様に具現する力を手にしたのだ。
魂装と呼ばれるその力を持つ者達によって負荷たるサワリは浄化され、それにより魂の負荷は軽減され、世界は辛うじて崩壊を免れていた。
だが、状況はいつ崩壊に傾いてもおかしくないほど危ういバランスであることに変わりはない。
いついかなる場所に負荷が零れだしサワリが現れてもおかしくない。
世界の崩壊も、いつ始まるかは分からない。
十年間、人々はそんな恐怖の中で生きてきた。
† † †
十年前に起きた日本における最初の大規模飽和流出から数えて、数えて三度目……第三次大規模飽和流出の夜は、深まっていく。
暗闇をたゆたう紅蓮の輝きは、止まる事はなかった。
† † †
何度も、何度も、金属を殴りつけるような音が魂魄界との境界が曖昧になっていることを知らしめる極光の空へと響き渡る。
「……なんだよ、これ」
地面に座り込んだ満身創痍の魂装者が、ぽつりとつぶやいた。
その視線の先に、惨劇が広がっていた。
巻き散らかされるのは、今も魂の輝きとなって大気に溶けていくサワリの残骸だ。
一つや二つではない。
切断されたもの。貫かれたもの。潰されたもの。引きちぎられたもの。様々な無慈悲の痕跡が空気中へと霧散していく。
そして今も、暴威は止まっていなかった。
「壊れろ」
甲高い擦過音を立て、火花をまき散らすのは歪な武器だった。
大の男でも身の丈を越え、まともに扱いきれないであろう巨大な鎌だ。
刃は無数の牙のような刃が連なり、チェーンソーのように高速で回転している。
そんな大鎌を無造作に叩き下ろされるのは、強大な力を秘めているはずの第三等級のサワリだった。
「消えろ」
そして……武器を振り下ろすのは、端正な顔立ちの少女だった。
黒く長い艶やかな髪に、肌理の細かな美しい肌……普通にすれ違えば、男女問わずに振り返ってしまうような美貌に浮かぶのは、裂けるような笑みだ。
その背には、まるでまるで赤錆びて歪んだ鉄板を重ね合わせたかのような翼が四枚、ゆらゆらと浮かんでいた。
既に原形を留めないほどに破壊されたサワリに、遠慮なく凶刃が振り下ろされる。
彼女は、そうして瞬く間に複数の第三等級を倒してしまった。
それらと戦い、敗北し、命を奪われかけていた魂装者達が、突如現れサワリを蹂躙する少女に抱いたのは、恐怖だった。
圧倒的すぎる殺意は、味方のはずと思っていても、見る者全てを魂の髄から震えあがらせる。
「――死ね」
今までで一番鋭い一撃が、サワリを一刀両断にした。
少女の左右に転がったサワリの残骸が、光の粒となって消えていく。
魂装者に滅ぼされたサワリに込められた魂は、ようやく無に帰ることができる。
それを、少女は笑って見送った。
殺せて満足だ、と。
もっと殺さなくては、と。
さならる殺意を滾らせ、背中に広がる翼を大きく広げる。
金属の軋む音が、不気味に響いた。
直後、翼が羽ばたくと同時に強烈な衝撃波が地面を打ち砕き、少女の細い身体を夜空へと打ち上げた。
飛翔とは決して言えない歪な加速を、その場にいる魂装者達は、凍りついたまま見送ることしかできなかった。
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よろしくお願いします。