08-10 併せ持つ
ブライアンはエアルドレッド伯爵家の三男として生まれた。
二人の兄とは別に異母兄がいたので、正確には四男なのだが、異母兄は認知されておらず、屋敷では邪魔者として扱われていた。
この異母兄の扱いは、母が異母兄を嫌ったからだと言う事を後から知ったが、ブライアンにはどうでもいいことだった。
ブライアンは母が嫌いだ。
母だけでは無い、兄二人も嫌いだった。
彼らは事ある毎にブライアンを苛める。
兄たちは暴力で、母は言葉で――時に暴力の事もあった――ブライアンを責めるのだ。
そこへいくと、異母兄は嫌いではなかった。
むしろ好きな範疇にいたと言える。
なぜなら、異母兄――イライアス――がいると母と兄たちのターゲットがイライアスに移るからだ。
イライアスが傍にいると、ブライアンはほんのちょっとだけ安心できた。
だからイライアスが魔術に没頭し、部屋から出てこなくなると、針は嫌いへと大きく傾いた。
それ以来、義兄とは顔を合わせていない。
それは幼い子供には仕方のない事なのかもしれない。
閑話休題。
兄二人は、優秀なブライアンに嫉妬していた。
ブライアンが四歳になる頃には成人していた兄たちだが、自分たちの地位がブライアンに取って代わられるのではないかと恐れていたのだ。
それほどブライアンは優秀だった。
だが優秀ゆえに暴力によって押え付けられた。
母は幼い頃のブライアンを酷く可愛がった。
産んだ子の中で一番優秀だったからだ。
だが母は、そんな優秀なはずのブライアンを責めるようになった。
兄たちがブライアンに暴力を振るい始めたのと同じ頃、母はブライアンの優秀さに満足できなくなってしまったのだ。
なぜなら――これも後で知った事だが――同い年の名誉騎士爵家の子供と比較したからだ。
その子の優秀さは、当時すでに領内の貴族たちの間では有名だった。
四歳にして文字の読み書きはもちろん、計算にしても四則演算すら平気でやってのけたからだ。
そして五歳で魔術師に弟子入りしたと言う。
それを聞いた母は、ブライアンに魔術師の家庭教師を付けた。
再び母に可愛がって貰おうと、ブライアンは必死に魔術を学んだ。
異例とも言える七年で弟子を卒業したが、母のブライアンを見る目は更に嫌悪に染まっていた。
なぜなら、例の子は五年で卒業していたからだ。
彼は、今はすでに剣士の修業をしていると言う。
ブライアンは遅れる事二年、同じく剣士の修業を始める事になった。
ここでブライアンは意外な才能を見せた。
盾の扱いが非常に上手いのだ。
これは幼い頃から兄たちの暴力に曝されていたせいで、自衛のために攻撃の芯を外して受ける事を自然に身に付けていたからだった。
また、常に母や兄たちの顔色を伺って生活していた結果、観察力に秀でた人間になっていた。
皮肉な結果と言える。
母と兄たちに疎まれたために、更に優秀になったのだから。
盾職の戦士として太鼓判を押されたブライアンだが、母は認めてはくれなかった。
盾の戦士など、地味で目立たないという理由からだ。
それでもブライアンは気にならなかった。
初めて彼と比べられずに誉められたからだ。
ブライアンにとって、盾の技術は唯一の拠り所となった。
だが、それも成人して冒険者になるまでの事だった。
例の彼も同時期に冒険者となった。
同い年なのだから当然と言えば当然だ、同じ年に成人する。
自分と何も変わらない。
ギルドの掲示板で彼と父親の名で“呪文スクロール求む”の依頼を見つけた。
(どんなに優秀でも、スクロールが無ければ魔術は増えない。 僕と何も変わらない)
ますます、そんな思いが心を占めた。
そこに冒険者パーティーにおける職の事情が重なった。
同じ戦士でも、剣士より盾職の方がパーティーに誘われやすい。
なぜなら、剣士は数が多いので溢れ返っている。
対して盾職はパーティーの要にも関わらず、人気が無いために常に不足している職なのだ。
ブライアンは初めて彼に対して優越感を持った。
だが、それは間違いだった。
彼はパーティーなど必要としなかった。
ソロでどんどんと迷宮の奥深くへと潜っていく。
気付けば一月足らずで探索者のランクが上がっていた。
翻って自分はどうだ。
冒険者ランクはGからFに上がったが、これは二、三日掛ければ誰でも上がるものだ。
一月も経つのにパーティーには誘われず、一人で街の周囲をうろつく毎日だった。
自分も探索者になろう。
そう思うのに時間はかからなかった。
だが結果は思わしくなかった。
盾職は防御力に優れた反面、攻撃力に劣る。
誰よりもパーティーを必要としていたのは自分の方だったのだ。
ある時、表層で同業者を助けたが、助けた事を後悔するほどの屑だった。
それ以外、特に語ることも無い日々だ。
いつまで経っても中層に届く気がせず、ついには彼と同じ迷宮に籠る事すら恥ずかしくなった。
いつしかブライアンは街を出た。
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“ララァシュタイン”を手に入れて、ケンジーとアキの研究も大詰めとなった。
“認識装置”が完成すればアキのサポートの元、ケンジーの任務達成効率は飛躍的に上がる。
それは戦闘に関しても同じことが言えた。
“事象の樹”理論で言う並行世界の認識を可能にすると言う事は、過去から未来への流れが見えていると言う事だ。
何処で誰がどんな思惑で、その選択肢を選んだか、全て解るのだ。
そしてケンジーには、それらを書き換えることが出来てしまう。
チートにもほどがあると言う物だ。
無論ケンジーは、それを積極的に使いたいとは思わない。
だが、使わなければならない事態が起こるかもしれない。
そうなってから準備をしたのでは遅過ぎると考えての事だった。
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迷宮の最深部で守護者を倒した直後、ケンジーは声を掛けられた。
「ケンジーさん、あなたは嘘つきだ」
ブライだった。
態々迷宮の最深部まで追いかけて来たのか。
「……いきなりご挨拶だな、どうした突然」
いつ襲われてもおかしくないと考えていたケンジーは、慌てる事無く対応した。
嫁たちは黙って油断なく様子を伺っている。
「約束の三か月が過ぎたと言うのに、あなたはこんな所で何をしているんですか」
「お前から連絡が無かったからな。 迷宮攻略をしていた」
「僕のせいにする気ですか」
「そうは言わないが。 俺を責めるより、お前は何をしていたと言うんだ?」
少しずつ、話をズラしていくケンジー。
案の定、ブライは乗ってきた。
「無論、迷宮討滅です。 自分がどれほど強くなったのか、実感できるのが堪らないですよね」
ブライは迷宮“討滅”と言った。
(やっぱり、こいつが真犯人だったか)
一連の迷宮討滅事件の犯人はブライだったようだ。
予想通りで、特に驚く事は無い。
それを顔に出さず、ケンジーは会話を続ける。
「俺とやっている事が変わらないようだが」
「そう言えばそうですね」
――ちょろい
ケンジーが、そう思うのもむべなるかな。
ところが、そんなケンジーの考えを読んだのか、ブライは意外な事を口走った。
「でも、他の“書”を駆逐する必要がありましたし――」
新しい情報だ。
ケンジーは誘導尋問を開始する。
「それをして、お前に何のメリットがある?」
「ありますよ。 “書”はね、数を減らせば減らすほど強力になるんです」
「……何だと」
呆れるほど簡単にブライは暴露したが、その内容は重大だった。
「だと言うのに、ギルドはいつまでも迷宮を放置するから、無駄に増えてしまった」
先日感じた違和感はそう言う事らしい。
やはり“書”は強化されていたのだ。
今更ながら真実を知った。
「あなたには感謝しているんですよ、あなたが数を減らしてくれたから、僕の“書”はこんなにも強くなった」
そう言うブライの傍に“書”が浮かぶ。
“ィイイエエエエエ”
ただ浮いているだけでは無い。
魔力のような何かでブライと繋がっているのが解る。
――やはり“書”を持っていたか
そしてブライは“杖”を取り出し右手に持つと、更に左手には光り輝く盾を装備した。
“書”と“杖”。
“乱れ”の原因を二つも揃えて尚、無事でいるとは。
ケンジーは慎重に状況を分析する。
恐らく“杖”によって破滅を回避し、“書”を制御下に置いているのだろう。
だが“杖”はどうした? なぜ侵食されない?
そんな疑問が顔に現れていたのだろうか、ブライが解説する。
「世の中にはね、色々な物があるんですよ。 例えば“杖”で“書”の破滅に抗ったように、“杖”の侵食を抑える――そんな事を可能にする物がね」
「確率操作……それが出来るならば、侵食を抑えて願望だけを叶え続ける事も可能か」
「素晴らしい! たったこれだけで、あなたは絡繰りを暴いてしまえるのですね!」
ブライは、心底驚嘆したと言うようにケンジーを褒め称えた。
「もっとも、それにも呪詛は付いて回るのですがね、それも“杖”で回避してしまえば問題ありません」
「くそったれ、本当に使いたい放題か!」
童話などでは願いを増やす願いは却下されるものだ。
だが現実はこうだ。
“乱れ”の元であろうアイテムたち。
それらを組み合わせる事で、どんな願いでも叶えてしまう。
それもデメリット無しで、何度でも、だ。
「僕は呪詛を回避し、恩恵だけを得る事に成功した」
そんな事が可能になれば、それはもう……
「僕はもう神と言っていいでしょう。 いや、それ以上だ」
そう、それは神はおろか、代行者すら超えている。
“杖”だけでも代行者と互角だった。
そこに“書”が加わると言う事は、代行者に代弁者の能力が加わると言う事だ。
更には未知の能力まで持っていると言う。
「プラム!」
「りょーかいっ!」
阿吽の呼吸でケンジーが何を求めているか察知するプラム。
だが、ブライの目は他を向いていた。
「あなたと戦う事になるだろうとは思っていました。 でもその前に、無粋な邪魔者を排除しなくてはね」
「なに!?」
「“雷光”」
“書”を開く事無く、ブライは魔術を行使した。
直後、周囲が稲光によって眩く光り――
“ドガガガガァァァンンンン”
耳が潰れるかと言うほどの大音響と、もうもうと湧き上がる土煙が守護者の間を占めた。
「エステル! ジョエル!」
思わずケンジーが叫ぶ。
解っていたはずなのに、遅れを取った。
いつ襲われてもおかしくないと解っていたはずなのに。
煙が晴れたその後には果たして――
「危ないところでした。 間一髪です」
そう言って腕を前に突き出して立っているアキホがいた。




