08-02 不穏な予感
ケンジーたちは一月ほど新婚生活を楽しんだ。
アンジェラに「すぐ離れるなんて嫌」と言われたからだ。
ずっと忙しなくしていたのも確かだし、と思って素直に甘えさせていた結果でもある。
せっかく拠点が出来たのだからと島に行ったりしていれば、時間などあっという間に過ぎ去っていくものだ。
「だからって、これ以上はさすがに遊び過ぎだ」
仕事を再開する宣言をした。
今のところ“杖”の情報はもう無い。
初心に帰って迷宮探索である。
「エステルとジョエルに生きた迷宮を経験させないといけないしな」
今後パーティーを組んで活動する以上、そう言った経験も必要になる。
「はい、頑張ります!」
「ええ、楽しみだわ」
そう言う訳で、二人の冒険者登録をするためにギルドへと赴いた。
二度目の来訪と言う事と、すでにケンジーと結婚したことは知れ渡っていたため、以前のような騒ぎにはならなかった。
まずは冒険者の見習いを卒業すべく、定番のお使い依頼を受けるよう進言する。
すると受付嬢からギルドマスターが呼んでいる事を告げられた。
「後で合流しよう。 プラム付いていてやってくれ」
「分かりました」
「分かったわ」
「は~い」
三人と別れ、ケンジーはギディオンの執務室へと向かった。
♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦
「呼んだか?」
「来て、いきなりそれかよ」
「今さらだろ」
「むむ」
このままでは話が進まないと思ったのだろう、唸りながらもギディオンから反論は出なかった。
「呼んだのは念のための確認だ」
「確認?」
「そうだ。 お前はこの一月冒険者として活動していないな?」
「知っての通り、新婚だったからな。 休止していた」
「更に、その前の一月も遠征していた。 間違い無いな?」
「エルフの村と、その北方で活動していたな。 嫁しか証言出来ないから説得力は無いかもしれないが」
「それは問題ない。 冒険者のアリバイなど、有って無いようなもんだ」
なら何で聞いたんだ、と言いたくなるのを堪えて問い質す。
「で、それがどうしたんだ。 何があった?」
それには答えず、難しい顔をして考えているギディオン。
考えが纏まったのか、真面目な顔で話し出す。
「この二か月ほどで、ここと周辺の支部が管轄している迷宮がいくつか無断で討滅された。 正確な数は不明、現在確認中だ」
「……それは、大問題なんじゃないか?」
「無論、これはギルドへの敵対行為だ」
「俺が疑われていると言う事か?」
「この短期間の内に複数の迷宮を討滅出来るヤツが他に思い当たらない。 そう騒ぐ奴が多いんだよ」
確かにケンジーならば可能だが、そうするメリットがケンジーには無い。
勝手に倒して済む話なら、初めからそうしている。
それが出来るなら、態々オールラウンダーやSランカーになってまで、ギルドとまともに付き合う必要は無いのだから。
「俺も散々そう言ったんだけどな。 妬みが入ってるんだよ」
「あほくさ」
「全くだ。 とは言え、事がはっきりするまで、行動に制限が掛かるのは覚悟してくれ」
あほくさいとは思うが、ここでごねても先に進めない。
問題の無さそうな行動を提案する事にする。
「嫁二人を慣らすために近場の迷宮に籠る。 問題あるか?」
「無いな。 ただ、行きと帰りにギルドに寄って貰う事になる」
「面倒くせぇ」
あほくさいだけで無く、面等くさい事にまでなっていたようである。
「そう言うな。 お前だけじゃない、Dランク以上は全員だ」
「ああ、探索者を管理してるのか。 大変だなあ」
「お前、完全に他人事だろう?」
「当然だ」
「むぐぐ……」
唸るギディオンを放って、ギルドを出た。
そのまま三人と合流するべく歩を進める。
ギルドでの話を思い返しながら、ケンジーはこの先の予定を組み直す必要を感じていた。
何せ、迷宮を取り巻く状況が元に戻るまで時間が掛かりそうだからだ。
探索者のランクは迷宮に潜っていれば勝手に上がる。
ケンジーと組んでいるなら尚更だ。
だから二人には先に冒険者のランクを重点的に上げて貰う予定だったのだが……
(ギディオンとしちゃあ、あっちにこっちにと動かれたくはないだろうしな)
ギディオンはケンジーを疑っていない。
だが、それだけで周囲を納得させる事が出来るかと言えば、そうはいかない。
周囲を納得させるためには、大人しくギルドの管理下にある討滅済みの迷宮に籠っているしかないだろう。
真犯人によって、次の迷宮が討滅されるまで。
(転移の魔術が使えると打ち明けておかなくてよかった……)
そんなものが使えると知られたなら、アリバイ作りなど無意味もいいところである。
♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦
黙々と迷宮に潜る日が続いた、ある日。
日課のギルド挨拶に行くと懐かしい顔ぶれが揃っていた。
「バーナードたちじゃないか、どうしたんだ? ギルドにいるなんて珍しいな」
大商人シーヴァーお抱えの冒険者パーティー“コリン”のメンバーたちだった。
彼らは隊商の専属護衛なので、ギルドで依頼を受けると言う事が無い。
冒険者パーティーと言ってはいるが、登録を抹消していないだけで、すでに冒険者としての活動はしていないのだ。
「おう、ケンジーか。 久しぶりじゃないか」
結婚したんだってなぁ、しかも五人とだって? 等々メンバーから、代わる代わるに揶揄われた。
当然の流れでエステルとジョエルを紹介することになる。
夫の友人たちと言う事でか、非常に気合が入った挨拶をする二人だった。
その結果、今度は妬み混じりで揶揄われるケンジー。
適当なところでバーナードが話を進めてくれた。
「何、いつもの護衛の追加募集だよ」
「みんな揃ってるって事は、面談か」
「ああ、終わったところだ」
実はさっきから気付いてはいた。
普段、ケンジーが知り合いと話し込むと、大抵の冒険者は離れて行く。
だが先程から五人もの冒険者が傍から離れないのだ。
それどころか話し掛けてきた。
「バーナードさん、紹介して貰ってもいいかな」
「お、そうか。 こいつはケンジー。 言わずと知れたオールラウンダー、冒険者、探索者共にBランクの凄腕だ。 二人のエルフはケンジーの嫁さんで、エステルさんとジョエルさん。 まだ初心者だそうだ。 で、こっちが――」
「僕はブライ。 盾役の戦士で、探索者ランクはE、冒険者はDです。 固定パーティーは組んでおらず、臨時で色んなパーティーを渡り歩いています」
バーナードの紹介を引き継いで、盾と剣を下げた戦士が丁寧に挨拶してきた。
――育ちの良さが伺えるな。 しかも有望だ。
そんな感想を持ちながら自己紹介を返す。
「ケンジーだ。 バーナードに紹介された通りだよ」
すると残りの者も自己紹介を始めた。
「わしは戦斧使いのデイミアン、冒険者ランクはCだ」
と大斧を肩から下げた壮年の戦士が言った。
「私はイライアス、魔術師。 冒険者ランクはE」
見るからに魔術師然とした細身の男。
歳は二十代半ばだろうか。
ランクが低いのはスクロールを手に入れるのに苦労したからか。
「俺はフランシス。 治癒師。 冒険ランクCだ」
細マッチョと言った感じの人の良さそうな印象の男。
年齢は三十には届いていないだろう。
「オレはクエンティンだ。 斥候兼弓士で冒険ランクC」
見た目では年齢は判断できない男だった。
見る角度や表情の印象で何歳にでも見えるのだ。
斥候として優秀かもしれない、いや優秀なのだろう。
全員の自己紹介が終わると、またバーナードが引き継いだ。
「この四名は“ハウエル”と言うCランクの冒険者パーティーなんだ。 ブライを合わせた、この五人が今回の追加護衛になる」
「随分と増やしたんだな」
「シーヴァーさんは、元々外回りが好きだったんだ。 ゴブリン王から生き延びた事でそれに拍車が掛かったんだよ」
「なぜ、そうなる……」
「必死の場面で死ななかったのだからツキがある! と言う事らしい」
「さすが商人って言うべきなのか?」
「さあな。 だが回を増す毎に規模が大きくなってな」
「頑張ってくれ……」
とりあえず、エールだけは送っておく。
予定外に長居してしまったので、そのへんで切り上げて迷宮に向かう。
彼らと別れる際にブライとイライアスの二人と目が合った。
ブライの目は親しげな、興味の籠った目。
対してイライアスは挑戦的で、妬みの籠った目であった。
「どちらも、ケンジーさまの方が遥かに各上だと理解していない愚か者の目だわ」
「ええ、嫌な感じです。 ケンジーさまに向けていい眼差しではありません」
「どんな眼差しならいいんだ?」
呆れて油断したのか、つい突っ込んでしまった。
「もちろん、私たちのように愛情たっぷりの眼差しです!」
「いやいや! 男にそんな目で見られたくないから!」
「あら。 女性ならいいのかしら?」
「美人限定で頼む」
「もう、ケンジーさまったら!」
「私たちだけでは満足してないって言うの!?」
「今晩を楽しみにしていて下さいね」
「私も頑張るわ」
「お手柔らかに……」
冗談で誤魔化したが、ケンジーには予感があった。
彼ら冒険者の事だけじゃない。
迷宮討滅の事もある。
何かが動き出した、そんな予感だ。




