07-04 超越者
「ケンジーさま、一つ質問をよろしいですか?」
何やら疑問が浮かんだのか、改まってエステルが聞いてきた。
「どうした?」
「はい。 あの、ケンジーさまはトロールの王を杖の侵食から救いましたよね?」
「…………む」
「なぜ世界樹はダメなのでしょうか」
「……あれはトロールが被験体だからこそ出来た、力技だからだ」
そう、エステルが気付いたように、世界樹の毒も状況は同じと言えた。
なのにトロールは良くて、世界樹はダメな理由とは何か。
「あれはトロールの再生力に頼った紛い物だ」
「ええと?」
「侵食された部分を破壊していただけなんだよ。 トロールは死にさえしなければ、傷は再生する」
だからこそ、ワクチンは自動化出来なかった。
あれは、ワクチンと言う名の劇薬だったと言う訳だ。
「だから同時に剣で削り落としていたんだ」
――ワクチンだけに任せると、中枢まで破壊する危険があったから。
恐ろしいことを平然と語るケンジーに戦慄を覚えるエステルであった。
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旅の行程は平和だった。
勿論、ケンジーの威圧で魔獣や野獣が近寄って来ないお陰だ。
また、道に迷うと言う事も無かった。
なぜなら、世界樹の巫女の面目躍如と言うべきか。
エステルとジョエルが世界樹の助言を受けて詳細な案内を始めたからである。
それによると、どうやら世界樹は毒の島の中にいるようだ。
ここでまた問題が出る。
島に渡る手段と、毒を抑える手段が必要なのだ。
「とりあえず、岸まで行ってみよう」
「何かあるかもしれないもんね~」
と言う訳で、陸地ぎりぎりまで行ってみることにしたのだが、岸壁まで辿り着くことが出来なかった。
なぜなら
「……これは」
毒は島だけでなく、海を越えたこちらの岸まで届いていたからだ。
当然、海も毒々しい色に染まっている。
「考えていた以上に深刻な状況でしたね……」
「ジョエルの予想が、いい線突いていたな」
今もなお被害が広がっていると予想したのはジョエルだけだ。
そこへプラムが声を掛ける。
「見て~! 誰かいるよ~」
プラムの示す方を見ると、確かに人がいる。
こんな毒に犯された地にいるなど怪しすぎる。
よく見れば、年配の男性が何やら呟きながらしゃがんでいた。
「――“浄化”、“浄化”……ひっく……うぃ~」
すると、驚くことに、男性の周囲から毒が消えていくではないか。
(怪しい……しかも酔ってるのか、コイツは)
確かに語尾が酔っ払いのそれであった。
怪しさ倍増である。
しかし、ケンジーはつかつかと近づくと声を掛けた。
「そこで何をしているんだ?」
すると、男性は今ようやく気が付いたと言った体でケンジーを見上げた。
「おお、こんな所に若者が……ひっく……しかも大勢」
プラムを数に入れても四人なのだが、これで大勢なのか。
しかし、この場所なら頷けるのかもしれない。
普段は人などいない事の方が圧倒的に多いのだろうから。
(つまり、普段からここにいるってことだよな)
「見ての通り、毒に犯された土地を浄化しているのだよ、ひっく」
「言っている事は立派に聞こえるが、酒瓶片手にしているとなあ……破戒僧なのか?」
「はっはっは、酒でも飲まんとやってられんよ、こんな事は……ひっく」
言葉の上っ面だけを捉えれば、言っている事は分からなくもない。
しかし、その中身は異常だった。
「つまり、長い事ここの毒を浄化していると?」
「そうさな、数えるのも止めてしまったが、随分長い事やっているよ、ひっく」
「それはまた、相当暇なんだな、超越者。 それとも神と言った方がいいか?」
「「え?」」
エステルとジョエルが目を見開く。
それはそうだろう。
いくら怪しいとは言え、ケンジーはこの男性を神と言ったのだ。
「……よく気付いたな、小僧」
男性の顔はもう酔っ払いのそれでは無かった。
顔はニヤついているが、瞳には威厳すら湛えている。
「そりゃあ気付きもするさ。 あんたはこの“未知の毒を毎日浄化している”と言ったんだ」
ケンジーでさえ対処出来ない毒を浄化したのだ、只者であるはずが無い。
むしろ、ケンジーを試している節があった。
「……ようやく待ち人来る、か」
そう言った男性の顔は、神々しいと言えるものになっていた。
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男性は自分を薬と酒の神エドアルトと名乗った。
かつて、島――今の毒の島――全土で崇拝されていたと言う。
島、と一口に言っても、世界樹すら生息するだけの広さがあるのだ。
その島民の信仰を一手に受けていたエドアルトは、当時上級神として多くの神を従えていた。
「当時~?」
プラムが素朴な疑問を挟む。
「島民は死に絶えた。 信仰を全て失った私は下級神に成り下がったのだ」
盛者必衰の理は神にも適用されるようだ。
何とも世知辛い話である。
「信者を救えない、お前が悪い」
「容赦無いな、小僧」
口は悪いが、ケンジーの言っている事は正しい。
神が信仰を失うと言う事は、力を失う事と同義だ。
そうならないように、常日頃から配慮すべきなのだ。
エドアルトは、それを怠ったから今のように落魄れているのだから。
にも拘らず、未知の毒を浄化出来るとはどういう事か。
そこが大事なポイントだ。
当然、問い質す。
「私は薬と酒の神だ。 酒とは百薬の長である」
「胡散臭ぇ」
「本当に容赦が無いな。 無論私だけの功績では無い。 嘗ての配下、フリストフォルの力を借りたのだ」
エドアルトはフリストフォルという浄化に特化した神と一緒に、この未知なる毒を解毒する方法を模索したのだと言う。
薬の力だけでは届かない。
また、浄化の力だけでも到底及ばなかった。
そこに酒と言う要素を加えたのが良かったのだろう。
数十年と言う時を要したが、あの毒の浄化が可能となった。
「但し、問題がある」
「何だ?」
「必要とする魔力量が膨大なのだ」
「つまり……」
「私一人では浄化し切れない」
「神って、案外バカだよな」
実も蓋も無い言い様である。
しかし、そこまでして毒を浄化する理由とは何だろうか。
「このまま黙って引き下がれん、せめて島は取り戻さねばならぬ」
「なんだ、ただの見栄か?」
「各々統括する土地は決まっている。 島を人の住める地にしなければ再び信仰を集めることが出来ないのだ」
エドアルトはケンジーに向き直る。
「そこでだ。 取引きと行こうじゃないか、小僧」
「取引きだと?」
「お前は必要なのだろう? この浄化の力が」
「……それで?」
取引きと言うからには、提供する物と見返りが必要だ。
浄化を提供するとして、この神は何を求める気なのか。
「信者だよ。 無から有になるだけで、雲泥の差になるのが我々の理だ」
「俺たちに信者を集めろと?」
「そうだ、悪い話ではあるまい?」
傍で聞いていたエステルたちは、それくらいならと考えているようだ。
この二人は考えていることが顔に出るので交渉に向かない。
もっとも、その素直さは好ましいものでもある。
だがケンジーは違う。
「その前に一つ聞こう。 島民が全滅したのはなぜだ」
「毒に飲まれたからだ、お前も知っているだろうに」
「一瞬で全てが毒に飲まれた訳では無いはずだ。 その間、お前は何をしていた?」
「……くっ」
「答えろ」
「……酒を飲んでいた」
場が一気に白けた。
エステルとジョエルも「うわぁ」と言う顔をしている。
「気付いた時には手遅れだったのだ。 私には救う術がなかった」
「…………」
「当時あの毒は、我々神ですら侵されたら死ぬほど危険だったのだ」
だから見捨てた、とエドアルトは言った。
その面持ちは沈痛に見えた。
だが
「今の話を聞いて、俺がお前みたいな奴に手を貸すと思うのか、バカが」
「なっ!?」
ケンジーは、エドアルトを扱き下ろした。
エドアルトの顔が驚愕に染まる。
「「ええっ!?」」
エステルたちも同様に驚いている。
プラムだけが普段と変わりなくケンジーの頭の上で、にやにやしていた。
(信用させるために嘘を言わなかったんだろうけど、相手が悪いよね~)
プラムには、もうこの先の展開が見えていた。
だがエドアルトは納得いかないようだ。
「この浄化が欲しくないと言うのか、小僧!?」
しかしケンジーは取り合わず、エドアルトに畳み掛ける。
「取引きに応じる必要など無い。 お前など、すでに用済みだ」
「何だと!?」
「あの毒を浄化する理はすでに存在していたと言う訳だ。 それをこの目で見る事が出来た」
「それがどうした!」
ケンジーは体を島に向けた。
「ならば俺にも出来る道理だ」
“パンパンッ”
二礼二拍一礼。
すると、見るからに毒々しい色をしていた大地と海が、見る見るうちに浄化されていくではないか。
そのまま、わずか数分で視界から毒が消えていた。
エドアルトは神としての態度も保てず、呆然としていた。
神の尊厳など、どこにも無かった。
「小僧……貴様は……」
「上級神だった頃の驕りが消えないようだな。 それじゃあ土地を取り返しても信者は出来ないだろうよ」
「そ、そんな……」
「出来たところで、いずれまた見殺しにするだけだ」
「まさか……」
漸く思い当たったようで、愕然とするエドアルト。
「信者を見殺しにする神など、この世界には不要だ。 いっそ死んでおくか、おっさん?」
ケンジーの脳裏には信仰心篤い後輩の姿があった。
エドアルトは主神ではないとは言え、こんなのが元上級神となると主神もたかが知れていると思えてならない。
「ま、待て! いや、待って下さい!」
先程までの傲慢さは無く、むしろ遜った感のあるエドアルト。
「まさか、あなた様が代行者であるとは知らず、不敬な態度を取ってしまいました」
――深くお詫びします、と頭を垂れる。
「ふん、まあいい。 浄化を完成させた功績は認めてやる」
ケンジーの手間が省けたのは確かだ。
「ありがとうございます!」
自分の命が掛かっているとあって、エドアルトは必死だった。
そんなやり取りに入り込めず、エステルたちは遠くから様子を見守っている。
落魄れたとは言え、神を相手にあの不遜な態度。
いや、ケンジーの方が偉い?のだから、不遜な態度とは違うのか。
「やっぱり、ケンジーさまは大物ね」
「スケールが違ったわね。 私たちも見誤っていたみたい」
「そんなことないよ~。 ケンジーはエドアルトが信者を見捨てたから怒っているだけなの」
何時の間にか傍に来ていたプラムが言う。
「救おうと全力を尽くした結果が今なら、あんな態度取らないよ~」
「確かに信じた神様に手を差し伸べて貰えなかったら信者は辛いわね」
「そうか、だからケンジーさまは怒ったのね」
プラムたちが会話している内にケンジーの話も済んだのか、エドアルトがほうほうの体で逃げて行くのが見える。
「終わったの~?」
「ああ、あのおっさんの権能をいくつか獲ってやった」
「ええ!?」
「そ、それは……?」
神から奪うほど魅力的な権能とは何だろう。
三人は期待して聞いた。
「一度飲んだ酒を無条件で造れたり、美味い酒に出会えたり、酒に関する色々だな。 中々いいだろう?」
そう言ってのけたケンジーには、プラムですら呆れていた。
態々神から奪った能力なのに地味だったからだ。
もっとも、元々ケンジーの能力は神の上位互換なのだから、不要と言えば不要と言える。
こんな娯楽的な方が、ケンジーには魅力的に映るのかもしれない。
「でも、島に渡る前に終わってしまいましたね」
「結構覚悟していたのに、肩透かしだったわね」
エステルとジョエルが、言葉とは裏腹に安堵の息を漏らす。
「何を言ってるんだ、まだ残っているだろう?」
「え? 何かありましたか?」
「島に渡って“杖”を破壊する。 いるなら化け物と化した使用者も倒す」
「「あ!」」
「そうだった」と言う顔で、ケンジーの本来の任務を思い出した二人であった。




