07-03 出立
さて、ここで問題がある。
毒を受けた世界樹はどこにあるのか? だ。
仲間たちに、これと言う場所は思い当たらない。
「例の毒の島だ」
あっさりとケンジーが答える。
「ギルドの資料室で見た、あれ~?」
「ああ」
プラムの問いに、ケンジーが肯定を返す。
「いくら別の地にいるとは言え、俺の書き換えを覆すやつだぞ?」
――そんなのが、そうホイホイいて堪るか。
そう告げるケンジーの言葉に皆が納得する。
代行者の能力に対抗出来るのもまた代行者だけだ。
となると、現状考えられるのは“杖”が関わる事くらいだろう。
「方角としては、やや北上することになるな。 問題は行くまでの行程だ。 戻ってくるのは一瞬で済む」
「そうだね~」
そんな二人の会話は、極々普通のように聞こえる。
「さすが、ケンジーさま。 何でも有りね」
ジョエルが嘆息しつつ感想を述べた。
エステルは頷いている。
「人聞きが悪いな、ただの転移魔術だぞ?」
ケンジーがそう反論するが、即座にエステルが聞き返す。
「それが門外不出の超希少魔術だと言うことはご存知でしたか?」
「……何となくは」
気不味そうな顔で答える。
何せ多くの迷宮を攻略したにも拘らず、一度もスクロールを手に入れていないのだ。
この魔術がどれほど希少かは、ケンジーにも想像がつく。
「ケンジーさまは大物よね」
「いや、違うんだ。 これには色々と事情があってだな――」
シャンタルは、そんなケンジーたちを穏やかな顔で見守っていた。
「あなた方は随分と仲良くなったのですね」
「な、仲良くだなんて、そんな……」
「そうなんです! 仲良くなったんです!」
反射的に謙遜しそうになった姉に肘打ちしながら、慌てて肯定するジョエル。
(姉さん! 打ち明けるチャンスよ!)
(そ、そうだったわね)
瞬時に意思疎通を完了した姉妹は、シャンタルに向き直って畏まる。
「長老、お願いがございます」
「一生に一度の大切なお願いです」
そんな二人にシャンタルも身を正して問い返す。
「何かしら、言って御覧なさい」
二人は意を決して、その言葉を口にする。
「「どうかケンジーさまとの結婚を許して下さい!」」
「許可します」
「本当に本気なんです!」
「もう他の男なんて考えられないんです!」
「まあまあ、そこまで想えるなんて羨ましいですね」
「「ですから、どうか!」」
「ですから、許可します」
「「え?」」
――なんだろう、このコントは。
当事者のはずのケンジーは、そんな事を思いながら眺めていた。
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エステルとジョエルは次代の巫女だ。
対して、シャンタルは現役の巫女だった。
「“人間”と添い遂げる期間くらい、私一人でも何の問題も無いわ」
そう言う事らしい。
(俺の結婚なのに、俺の意見って反映されないよね……)
色々言いたい事はあるようだが、相変わらず無言を貫いているケンジー。
それは悟りの境地に近いものがあった。
「ふ~んだ、ケンジーのスケコマシ~」
聖者の境地にいたらディスられた。
しかもスケコマシとは……
(嫌な言葉知ってやがる)
――そんな事を言うなら、結婚する時はプラムも加えて四人の嫁を貰ってやろう。
そんな悪戯心が芽生えた瞬間だった。
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「真面目な話、島の大まかな位置は把握している」
なぜなら、世界樹が教えてくれたからだ。
「ただ、その島で何が起きているのかまでは判明していない」
「そこは調査が必要なんだね~」
「ギルドで調べた事から推測すると、原住民が“杖”を使ってモンスターと化し、毒をばら撒いたのではないかと思われる」
「ただし数十年前、だよね~」
「その島にも世界樹があると言う事でしょうか」
「または、長い年月を掛けて周囲に毒が広がったために、一番近かった世界樹が犠牲になったとか」
「そのあたりの考察は現地に着いてからだ」
そして話題を変える。
本命の話だ。
「現状、一番の問題は、その毒を中和する手段が無いことだ」
「え?」
「ケンジーさまでも無理なのですか?」
「俺が中和出来るなら、とっくにこの件は解決している」
そう言う事だ。
代行者の能力、世界を書き換える力は、あくまでこの世界の理に沿った事象でなければならない。
世界樹を犯している毒は、そうでは無かった。
つまり、中和するためには、その毒を理解する必要があると言う事だ。
(そう考えると中々ハードな案件だよな)
エステルとジョエルは途方に暮れた顔をしている。
脅かし過ぎたかもしれない。
「そこで、もう一つの方法だ」
「え?」
「まだ他に方法があるんですか?」
「元凶を排除した上で“無かった”事にすればいい」
「……現状と何が違うのでしょうか?」
「今は俺が書き換えても再度上書きされている状態だ。 だけど、元凶を取り除いてしまえば、もう上書きされる事は無いだろう?」
つまり、方法は二つ。
・毒を解析して中和する。
・元凶を取り除いてから世界を書き換える。
「どっちが現実的かと言えば、元凶を取り除く方だろうな」
「元凶と言うのは……」
「無論、“杖”とその使用者だ。 だが、今の段階でどちらかに決めてしまうのは、視野が狭くなるだけだろう」
結局、現地対応するしか手が無い以上、どんな状況にも応じられるようにした方がいい。
往路に掛かる日数と現地での調査期間。
それをどこまで縮められるかにかかっている。
世界樹が枯れる前にそれらをクリアーしなければミッション失敗だ。
「必要な情報と重要なポイントは理解したな?」
「「はい」」
「うん!」
「では明日、毒の島に向かって出発する。 充分に休息を取ってくれ」
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翌日の早朝、シャンタルに見送られながらケンジーたちは出立した。
「前に誰かいるな」
したのだが、村を出てすぐに立ちはだかる者がいた。
「おい人間」
「なんだ村人A」
「「ぶふっ!」」
案の定、名前を憶えなかったケンジーの返しに、エステルとジョエルが吹き出した。
プラムは気の毒そうな目で村人Aを見ている。
「俺の名はモトエルだ!」
「どうでもいい。 覚える気などない」
「き、貴様ぁ!」
「帰りなさい、村人A」
「そうよ、村人に出番は無いわ」
ケンジーはおろか、エステルとジョエルまで取り付く島が無い。
しかし、モトエルは食い下がった。
「そんな筈は無い! 俺にだって出来る事くらいあるはずだ!」
「いいえ、無いわ」
「あなたの行動は、ただの自己満足よ。 それが分からない内は半人前ね」
更に言えば、二人は容赦も無かった。
「おい、人間! 俺と勝負しろ!」
二人に相手にされなかったモトエルは標的をケンジーに戻した。
(また、このパターンかよ……)
ケンジーがウンザリしていると、モトエルの悲鳴が上がった。
「ぎゃあああああ!」
見るとモトエルの両手両足に矢が刺さっている。
そして、エステルとジョエルは弓を構えていた。
「ケンジーさまの手を煩わせるまでもないわ」
「邪魔者は私たちで排除する」
「ひっ、ひいぃ! しょ、正気か、二人とも!」
二人は応えず、更に矢を放った。
「ひぎゃあああああ!」
今度は両肘と両膝に矢が刺さっている。
モトエルは手足に矢が刺さっているため、のた打ち回る事も出来ずにいた。
「や、やめろ! どう言うつもりだ!」
「功名心に逸る者など、この旅には不要よ」
「おとなしく村に戻りなさい。 それともここで死にたい?」
「お、俺は、村の事を考えて!」
“ばしゅしゅっ!”
今度は両肩と両の太腿に矢が刺さる。
「いぎゃあああああああああ!」
「嘘を吐きなさい」
「底の浅い男ね」
何か言う度に矢が刺さるとか、どんな拷問だろう。
村人Aが強情を張る度に刺さる矢が増えるのだが、同時に時間も無駄になる。
「そろそろ先を急ぎたいんだが……」
ケンジーが口を挟むとエステルとジョエルが畏まった。
「申し訳ありません、ケンジーさま」
「どうせ、この手足では動けません。 このまま先へ進みましょう」
放置宣言である。
言われた方は堪ったものではない。
痛みを堪え、大声で待ったをかけようとした。
それを待っていたかのようにケンジーが動く。
「――あがっ!」
ケンジーは村人Aが大口を開けたそこへ、拳大の石を突っ込んだのだ。
「あがが、むがががが!」
「いい加減、鬱陶しいよ、村人君」
言いながら手足の矢を抜かかないままに、手近な木に刺していった。
「これでいい。 さ、行こうか」
「「はいっ」」
三人は彼を置いて、さっさと先へ行ってしまった。
プラムは磔になったモトエルの傍まで来ると、
「散々だったね~。 次からは空気を読むか、相手を選んだ方がいいよ~?」
――じゃあね~。
そう言ってケンジーたちの後を追っていった。
「あがー!」
その叫びに応える者は無く、彼が村に居ないことに気付いた者が探しに来るまで丸一日、その木に縫い付けられたまま過ごす事になった。




