07-02 世界樹
充分に休息を取ったケンジーたちは、エルフの村へ旅立った。
と言っても問題になるのは距離だけで、難易度は低い。
あくまでケンジーならば、だが。
途中、何度かエルフの結界があった。
もちろんエステルたちがいるので問題なく通過した。
それを見ていたケンジーが――
(次からは俺だけでも無効化できるな)
などと、そんなことを考えているとは、エステルたちは思いもしなかった。
途中で出会う魔獣や野獣はケンジーたちの敵では無い。
そもそもケンジーは威圧だけで追い払ってしまう。
努力と経験で実力を身に付け、更に能力を解禁したケンジーは手が付けられない。
「この森の行程って、こんなに簡単だったかしら……」
「姉さん、だってケンジーさまだもの」
「そうだったわね」
すっかりケンジーのシンパとなったエルフ二人。
「早く村に戻って、長老に結婚の許可を頂きましょう」
「勿論よ」
シンパと言うよりは、婚約者のつもりな二人であった。
(何も言うまい)
下手に口を出すと言質を取られるか、泣き出されるか、二択だと言う事に気付いてからは無言を貫くケンジーだった。
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「わ~」
頭の上でプラムが感嘆の声を上げた。
「着いたか」
「はい、ケンジーさま。 ここが我々エルフの村です」
距離があったので、それなりの時間は掛かったが、予定通りさしたる問題も起こらず村に着いた。
密集した森林だったので、それまでは見えなかったが、間近まで来たここからなら見える。
そこには世界樹と呼ばれる大樹が聳え立っていた。
だが、
「……確かに世界樹と言うには生命力が乏しいな」
「そうだね~」
「でも枯れてはいません」
「間に合ったはずです」
「ならいいが。 しかし、この状況は……」
ケンジーは周囲を見渡す。
先程からケンジーたちの周りを取り囲むように多数の気配を感じていた。
あからさまな敵意を含んだ気配と、それに紛れるように完全に周囲に溶け込んだ気配。
ケンジーでなければ感じ取れない、後者の気配も結構な数に上っていた。
(不意打ち、暗殺、狙撃、どれにでも対応可能と言う訳か、やるもんだな)
しばらく動かないでいると、横手から一人の男が出て来た。
さすがにエステルとジョエルがいるので、攻撃はしてこないようだ。
「ここへ何をしに来た、人間」
「これと言って何も」
喧嘩腰で尋ねられたので、軽く流してみた。
それがお気に召さなかったらしい。
さらに語気を強めて言われる。
「ならば帰れ!」
「了解」
売り言葉に買い言葉、あっさりと踵を返すケンジー。
慌てたのはエステルとジョエルだ。
「待って、待って下さい、ケンジーさま!」
「モトエル! ケンジーさまに無礼よ! 謝りなさい!」
「ジョエル、何を人間ごときに傅く必要がある? 気でも違ったか」
この男の名はモトエルと言うらしい。
まあ、これが普通のエルフの対応なのだろう。
「いいから謝りなさい! 命令よ!」
「……いくら巫女さまの命令でも、聞けることと聞けないことがある」
「モトエル!」
「そこまでにしなさい」
一触即発と言う場面で、更に登場人物が増えたようだ。
(これ以上増えたら覚え切れないぞ)
覚える気もない癖にと、誰もが突っ込むに違いない感想を抱くケンジー。
どうでもいい相手にはエルフA、B、Cと名付けるだろう事は明白だ。
「「「長老!」」」
エルフ三人の言葉が重なった。
どうやら長老が来たらしい。
これはさすがに名前を憶えないとまずいか。
そう思って顔を向けると、そこにいたのは二十代としか思えない美貌の女エルフだった。
(これで長老とか……エルフ、油断できん)
何に対して油断できないのかは置いといて。
言い争いは収まったようだ。
なぜなら――
「ようこそ御出で下さいました。 代行者様」
そう言って長老がケンジーに跪いたからだ。
「いい。 俺が勝手に出向いただけだ。 顔を上げてくれ」
ケンジーがそう言うと、長老はゆっくりと立ち上がった。
「お言葉に甘えさせて頂きます。 私は、この村で長老と巫女を兼任しております、シャンタルと申します。 どうぞお見知り置き下さい」
「シャンタルね、覚えておこう。 俺はケンジー、見ての通り人間だ」
「はい、ケンジー様。 歓迎致します。 私達エルフは、最大の敬意を持って遇することを約束します」
この二人のやり取りを、巫女のエステルとジョエルは当然のように見守っている。
納得いかないのがモトエルだ。
いや、モトエルだけでは無い。
周囲を取り囲んでいた他のエルフたちも姿を現していた。
「長老! 何をやっている!? 相手は人間だぞ!?」
動揺を隠し切れず、モトエルが叫ぶように長老――シャンタルに問い掛ける。
「無礼ですよ、モトエル。 お下がりなさい」
「なぜだ!? 長老!?」
「ケンジー様は我らを救いに来て下さった方。 敬意を払うのは当然でしょう?」
「俺たちを、救う?」
「あなた方には黙っていましたが、このままだと世界樹は近いうちに枯れます。 治せるのはケンジー様だけなのです」
シャンタルのその言葉に思い当たることがあったのか、モトエルは落ち着きを取り戻す。
「……それじゃあ、ここ最近姿を見なかった連中は……」
「ええ、エステルとジョエルと同じく、世界樹を治す手段を探しに出た者達です。 帰って来たのは、そこの二人だけのようですが」
そのやり取りを黙って聞いていたケンジーは、エステルとジョエルに出会った時の事を思い出していた。
――私たちには後が無いの。 一緒に来た仲間たちは皆死んだわ。 生き延びたのは私と姉さんだけなのよ。
確かジョエルは、そう言っていた。
長老に真実を打ち明けられ、未来を託されるほどだ。
さぞかし、この村では頼りにされていた者たちだったのだろうに。
「理解しましたか? ケンジー様は我々の救世主となるお方です。 無礼は許しませんよ」
長老にここまではっきりと言われては、モトエルも他の者たちも引き下がるしか無いようだった。
「……別に争いに来た訳じゃない。 さっさと事を済ませて帰るだけだ」
そのケンジーの言葉にシャンタルが慌てた。
「そ、そんな、 長旅の後ですし、まずはお体を休ませてはいかがですか?」
――心を尽くして接待させて頂きますから。
そうシャンタルは言うが、ケンジーとしては、さっさとやる事を済ませて身軽になりたかったのだ。
「畏まりました。 世界樹の元までご案内致します」
ケンジーに翻意を促せないと知ると、シャンタルはそう言って世界樹へと案内した。
エルフたちは、その場から動けないまま、ケンジーたちを見送っていた。
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「さて。 では、やってみますか」
世界樹の麓に来ると、ケンジーはそう言って身を正した。
“パンッパンッ”
二礼二拍一礼を持って代行者の力を行使する。
「あれ?」
が、すぐに首を傾げた。
ケンジーのこんな反応は初めてだ。
プラムは気になって尋ねてみた。
「どうしたの~?」
首を傾げたままケンジーが返す。
「効果が無かった」
「え?」
「もう一回やってみる」
気が気じゃないのはエステルとジョエルだ。
代行者の力で効果が無いなどとは。
動揺する二人を尻目にシャンタルはどっしりと構えているように見える。
表面上は。
額に汗が浮き出ているところを見ると、彼女も内心では動揺しているのだろう。
それを表に出さないあたりは、さすが長老と言うところか。
“パンッパンッ”
再び二礼二拍一礼。
今度は世界樹に新しい芽が芽吹いていった。
先程までは感じなかった生命力を確かに感じる。
「わあ~」
「ああ、感謝します! ケンジーさま!」
「ケンジーさま、ありがとうございます!」
「…………」
「…………」
プラムとエステル、ジョエルは、ケンジーのすることに疑問を持たない。
素直に感嘆の声を上げた。
対して、シャンタルと力を行使したケンジーは無言だった。
「プラム」
そして、ケンジーがプラムに声を掛けた。
「ん、な~に?」
「済まない。 一分だけ、力を貸してくれ」
――俺と繋がって欲しい。
ケンジーはプラムの、代弁者の視界を欲していた。
それを理解したプラムの返答は
「分かった~」
肯定だった。
元よりプラムに否やは無い。
ケンジーのためなら命を懸けることも厭わないのだから。
「ぎゅっ」
ケンジーの後頭部に抱き付くプラム。
それを黙って見ていたシャンタル。
(専属の代弁者を持つ代行者とは、これほどまでに……)
彼女は、ケンジーとプラムという存在の意味を、正確に見抜いていた。
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代弁者の視界を得たケンジーは世界樹を探った。
新芽を芽吹いた世界樹の生命力は仮初めだ。
ケンジーが与えた一時的なものに過ぎない。
故にケンジーは探る。
世界樹の枯れる原因、その根本を。
世界樹は小さな樹木の複合体だった。
それは以前、エステルが教えてくれた通りだ。
驚くには値しない。
しかし、世界樹の、その中心。
芯とも言うべき樹木は特別なようだ。
それこそが世界樹の基であり、ネットワークを司っている本体とも言うべき樹であった。
そう、世界樹はネットワークを構築していた。
世界に何本あるかは知らないが、各地の世界樹は地中の奥深くで繋がっているのだ。
そうやって情報はおろか、栄養や魔力まで”全て”を共有しているのが世界樹だった。
(まさしく“世界”な樹だな)
さらに新事実を掴んだ。
観察していると、世界樹はケンジーに助命を懇願してきたのだ。
その際に語った。
世界樹は、最初の代弁者だと言う。
そして世界樹の巫女とは、云わば世界樹の代弁者のことであった。
(だから代行者の事にも詳しいんだな)
納得のいく事実だが、肝心の事が掴めていない。
時間を掛ければプラムに負担が掛かる。
ケンジーは先を急ぐ。
そして原因を突きとめた。
“パンッパンッ”
三度、二礼二拍一礼を行う。
一見、世界樹は変わりないように見える。
だが、ケンジーは安堵の表情を浮かべてプラムを労った。
「もういいよ、プラム。 負担を掛けた、済まない」
「ふぅ、ふぅ……いいよ、ケンジー。 役に立てたなら嬉しいもん」
「いつも、ありがとうな」
そう言って優しく抱きしめるのだった。
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場所は変わって、エルフの村の神殿の中。
神殿と言っても巫女が暮らしているからそう言っているだけで、中身は普通の家と変わりがない。
それでも、決して贅沢とは言えないが、心尽くしと言える接待を受けていた。
「それで、ケンジー様。 一体何が原因だったのでしょうか?」
「毒だ」
あっさりと一言で片付けた。
訝しがるシャンタル。
エステルとジョエルは黙って聞いていた。
「毒、ですか。 一体誰が、いつの間に……」
「ここの世界樹には、誰も何もやってないよ」
ケンジーは代弁者の目で見て知った事をシャンタルに伝えていく。
世界樹の中心に芯となる樹がいること。
恐らくそれが世界樹の本体であること。
その本体は、世界樹同士でネットワークを構築していること。
そして、どこかの世界樹が毒を受けたこと。
「毒はネットワークによって各地に伝わり、全ての世界樹が死にかけている」
「それでは……」
「ああ、ここの世界樹だけ治しても、ネットワークを通じてまた毒に犯されるな」
――いくら治しても効果が無い訳だ。
そう言って言葉を止め、シャンタルの表情を伺う。
「しかし、ケンジー様は世界樹を治されたのですよね?」
「ああ、ここの世界樹はな」
「どう言う意味でしょう?」
「治しようがないだろ、そんな世界中に散らばった毒なんて」
「…………」
「だから、ここの世界樹はネットワークを切り離してから治した」
あっさりとネタばらしするケンジー。
厳密には治してすらいない。
世界樹から全ての毒を根の先まで押し戻しておいて、ネットワークを切り離したのだ。
完全な力技であった。
「それでは世界樹を治したことにはならないのでは……」
当然食い下がるシャンタル。
「全滅するよりはいいだろ?」
「それは……」
「……ケンジー、意地悪はやめたら~?」
プラムが見かねて苦言を呈す。
さすがに本日の功労者には逆らえないのか、押し黙るケンジー。
「……ちぇっ」
「意地悪……ですか?」
きょとんとした顔で尋ねるシャンタル。
ケンジーが告げた事は全て事実だ。
この先の事も考えてある。
だが何となくそのまま伝えるのが癪に感じたのだ。
彼女たちが何でもかんでも肯定するので、ちょっと意地悪してみたくなった。
それだけの理由だったのだが、巫女で長老ともなると周囲に意地悪された事など無いようで、その反応は面白いものでは無く、そろそろ飽きてきていたと言うのが本音だった。
「とりあえず、ネットワークから切り離した。 これは仮処置だ」
「仮処置ですか?」
「ああ、問題になるのは毒を受けた世界樹だ。 こいつをどうにかしないと根治はしない」
――いずれ、ここを残して全ての世界樹が枯れる。
ケンジーの言葉を受けてシャンタルは沈黙する。
「だから、俺が行って治してきてやるよ」
「え?」
あまりにもあっさりと紡がれた言葉に、信じられないと言った表情でケンジーを見るシャンタル。
「世界樹を治すって約束しちゃったしな。 ここのを治したから履行したってことでもいいんだが……」
ちらっとエステルとジョエルを見やる。
二人とも信じ切った眼差しでケンジーを見詰めていた。
「アフターサービスってことで引き受けるよ」
それまでと違い、柔らかな顔でケンジーは言った。
エステルとジョエルも穏やかな微笑を浮かべた。
それを見たシャンタルは居住まいを正し、平伏した。
「ケンジー様。 我らに出来ることがあれば、何なりとお申し付け下さい」
こうして、エルフの――主に三人の巫女の期待を背負って、ケンジーは新たな旅へと出る事になったのだった。
(実は世界樹とも約束したから、とは言い出せなくなっちゃったな)
色々と残念な辺りはケンジーらしい。




