06-09 後悔を糧に
トロールの集落は騒然としていた。
当然だろう。
自分たちの王になろうとした者が化け物になっていくのだから。
「Terrible Troll!」「Terrible Troll!」
『恐ろしい!』『逃げろ!』
勇猛で知られるトロールたちが我先にと逃げて行く。
そんな中、ホークアイは呆然と立ち竦んでいた。
『なぜだ……兄弟よ、なぜ計画通りにしなかったのだ』
確かに、計画に見通しの甘さはあった。
だが、それを跳ね除け勝利した。
後は秘宝に願うフリをして、新しい国を宣言するだけで良かったのだ。
ホークアイはケンジーからアルパインスターに掛けられた守りの魔術の特性を教えられていた。
“外部からの精神攻撃に対しては鉄壁だ” と。
その反面、内部――つまり自らの欲望に対しては無意味だ、とも。
ならば、この変化はアルパインスターが自分で望んだことだ。
アルパインスターが自分を裏切るなど信じられないが、心のどこかで納得もしていた。
あの男は変なところで頑固なのだ、昔から。
宣誓の儀で言っていたではないか、誰も見捨てないと。
それは確かにアルパインスターの在り方だった。
『呆けているな! ホークアイ!』
突然ケンジーに激を飛ばされ思考の海から浮かび上がる。
『来たのか、だがもう遅い。 あれは元には戻らない』
諦念に満ちた顔でホークアイが告げる。
だがケンジーの顔は、まだ諦めていない。
『いや、まだだ。 まだ間に合う』
『何と!? 』
『俺が外部からの防御だけで済ませる訳がないだろうが。 この状況も想定済みだ』
『ま、誠か!?』
『ああ、こんなこともあろうかと、予めアルパインスターには楔を打ち込んである』
そう、ケンジーから見れば、この状況は二度目だ。
ガーラルとの一件で感じた苦い思い。
リリアーナには礼を言われたが、ケンジーはあの決着に悔いを残していた。
間違っても解決したなどとは思っていない。
(あんな、お茶を濁したような決着は二度とご免だ)
故に、ケンジーはアルパインスターに保険を掛けていた。
“杖”により浸食された際、逆侵食するウィルスを仕込んでいたのだ。
いや、この場合はワクチンと言うべきか。
ただ、これは侵食を検出して自動的に起動するようには出来なかった。
なぜなら、このワクチンは“杖”の侵食が無い状態では劇薬だからだ。
アルパインスターの身体に留まらせるためには、未覚醒――言わば卵の状態にしなければ逆に身体を蝕んでしまうのである。
従って、有効に使うためには、“杖”の侵食が始まってから、手動で起動させる必要があった。
『すでに抗体は起動している。 だがそれだけではダメだ。 奴の心を起こさなければならない』
『心を起こすとは何だ!?』
『“杖”に心と体を侵食されているんだ、体は侵食部分をワクチンと剣で削ってやれば済むが、心は起こさなければ目覚めない』
『ならば問題は無いだろう。 兄弟は弱いくせに戦闘が好きだ。 戦っていれば勝手に起きるに違いない』
『それは面倒が無くていいな。 ならば戦闘は俺が引き受けよう。 お前は仲間を総動員して、他の派閥に邪魔をさせるな』
『承知した』
ケンジーに答えるとホークアイは周囲にいた仲間たちに命令を下していった。
「エステル! ジョエル! お前たちもだ! 絶対に他者を介入させるな! 仲間のトロールとの同士討ちに注意しろよ!」
「はいっ!」
「わかりました!」
ケンジーの命令に二人は嬉々として答える。
ケンジーの役に立てるのが心底嬉しくて仕方がないのだろう。
「プラムはアルパインスターの侵食された部分を教えてくれ」
「うんっ!」
こうして、化け物と化したアルパインスターとケンジーの戦闘が始まった。
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『ぐるぅああああああ!』
「ふん!」
アルパインスターの雄叫びとケンジーの気合いが交差する。
一騎打ちは当然のようにケンジーが押していた。
どれほど強くとも、所詮はただの力押し。
ケンジーの敵では無い。
プラムの指摘する部分を抉り取り、切り落とし、魔剣の炎で灼き尽くしていく。
だが、そうやって侵食を減らせば減らすほど、反対にアルパインスターは手強くなっていった。
ワクチンが効いているのだろう、程なくアルパインスターの体は化け物となっていた巨体から一回り小さくなり、普通のトロールほどへと縮んでいた。
当然、身体は満身創痍だ。
だと言うのに、動きはどんどん良くなっていく。
『ぐぐぐっぐっぐっぐ、げげげっげっげ』
「……なんだ?」
『ぐぐぐ、だ、だのしいなぁ!』
『……正気に返ったか?』
『まだなんかもやもやするが大丈夫そうだぁ』
ほっと息を吐くケンジー。
『ならもう終わるぞ』
『だめだぁ、まだまだ続けるぞ』
見れば、アルパインスターの目はギラギラとした光を宿しており、満身創痍だった身体は徐々に傷が再生している。
炎の魔剣で傷つけたと言うのにだ。
化け物になった副産物だとでも言うのだろうか。
今度は溜息を吐くケンジー。
どうやら満足させるまで付き合わなければならなくなったようだ。
『この戦闘ジャンキーめ』
『ぐあっぐあっぐあっ、それが我らトロールだ!』
そして第二ラウンドが始まった。
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『手前ぇ、化け物になってた時より強いんじゃないのか!』
『ぐっぐっぐ、我は弱者だ。 故に工夫を凝らす』
『仕込んだのはホークアイか』
『そうだ』
トロールは強大な魔物だ。
生まれついての強者。
しかしケンジーから見れば、ちょっとしぶとい力が強いだけの魔物。
十把一絡げと変わりない。
だがアルパインスターは、そんな唯のトロールとは違った。
今まで戦った誰よりも強い。
(自分の弱さを受け入れた奴ってのは、本当にやっかいだな)
生まれついての弱者であったアルパインスターは、強くなるために工夫した。
無論、その影にはホークアイと言う存在があった。
ホークアイは、力任せに振るわれるだけの攻撃に“技”を仕込んだのだ。
その技術の元となったのは人間の冒険者だ。
ホークアイは事ある毎に人間の冒険者を観察してきた。
冒険者の技を盗み、さらにトロールに合うよう改良さえしてみせた。
その研究成果を惜しみなくアルパインスターに与えてきたのだ。
ケンジーにさえ通用するその技術は一級品と言えた。
それは弱者と言われてきた者が努力の果てに手にした確かな“力”であった。
一流同士の技の応酬を周囲の者たちは息を呑んで見守っていた。
エステルとジョエルは元より、トロールたちまでが見惚れていた。
「ケンジーさま……」
「……かっこいい……」
『兄弟よ、よくぞここまで……』
『わ、我たちも成れるのか、あ、あれほどの強者に』
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そんな中、周囲の者と違い、息を殺して機会を狙っている存在があった。
それは集落のバラックの影にいた。
アルパインスターが怪物となった際に放り出された秘宝を狙って、そこに隠れていたのだ。
ケンスティールだった。
これまで、彼は王となる機会をずっと狙っていたのだ。
最大の障害であるパナブーストは脱落した。
あの恐ろしい人間に襲われた時は自分もおしまいだと思ったが、幸いにも見逃された。
アルパインスターはバカで弱い、秘宝に認められるなど有り得ない。
化け物になって勝手に自滅するだろうと思っていたら案の定だ。
あの恐ろしい人間が集落に来るとは不運も極まったと思ったが、上手い具合に化け物となったアルパインスターが気を引いてくれた。
むしろチャンスは広がった。
秘宝も自分ならば、きっと認めてくれるだろう。
試練には勝ち残れなかったが、秘宝に認められればどうとでもなる。
そのためにも、まずは秘宝をこの手にしなければならない。
慎重に息を殺して、確実な機会を待つことにした。
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ケンジーとアルパインスターの二人は、あれから更に互角の応酬を繰り広げたが、いつまでもそのままとはいかなかった。
無限の再生力と体力を持つかに見えたアルパインスターだが、驚異の再生力は一時的だったようだ。
全身の傷はほぼ回復したが、所々癒えていない部分が残っていた。
しかし、彼の”技”が、それ以上傷を増やすことを許さない。
対してケンジーは、所詮人間だ。
技は互角でも、体力が限界を迎えようとしていた。
この戦いに泥を塗りたくないケンジーはチートを使わないと決めている。
ならば動けるうちに決着を付けるしかない。
ケンジーは覚悟を決めた。
そんなケンジーの雰囲気を察してアルパインスターが身構える。
『気付いたか? 今から俺の最高の技を見せてやる。 感謝しとけ』
『ぐぁっぐぁっぐぁっ! いいぞ! そうこなくては!』
ケンジーは一つ息を吐くと、真っ直ぐアルパインスターに向かって歩いて行った。
ただ普通に歩いて来るケンジーを不思議に思う。
これが最高の技だと?
そんな疑問が聞こえるような顔をしたアルパインスターがケンジーを迎撃する。
『ぐるぅああ!』
だが、その攻撃は空を切った。
『!?』
見ればケンジーは自分の横にいる。
再度攻撃するアルパインスター。
『げらああ!』
だがその攻撃は、またしても空を切る。
ケンジーは何故か逆サイドにいた。
また攻撃する。
だが当たらない。
何度攻撃しても掠りもしない。
至近距離にいると言うのに捉えられない。
気付けば体の傷が増えていた。
攻撃しているのに、傷を負っているのはアルパインスターの方だった。
エステルがうっとりしたように呟く。
「……剣舞」
それを一言で言うなら確かに剣舞だろう。
だが剣舞と言う言葉から連想する派手さは、そこには無かった。
それは、ダンスと言うよりは舞踊。
その動きを支えているのは、ステップでは無く歩法。
動作は全て密にして精緻。
派手さは無いが堅実な動き。
相手の動きの全てを飲み込み、自身の動作に重ねてしまう攻防一体の技。
転生してから得た剣術と経験。
そこに前世の知識と経験までをも組み合わせた、ケンジーの全てを込めたと言える技。
「“飛天菩薩”」
ケンジーが動きを止めたその後には、全身を切り刻まれて倒れたアルパインスターの姿があった。
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「……ふぅ」
ようやく一息吐けたケンジー。
「……なんて素敵……」
「……ケンジーさま……」
どっか逝ったまま戻ってこないエルフたちは放置して、アルパインスターへと声を掛ける。
『満足したか?』
『おお、清々しい気分だ』
『そりゃよかったな』
『お陰で思い出したことがある』
『なんだ?』
『我は弱者だ。 兄弟が支えてくれたからこそ今がある』
『ああ、今まで戦った中で一番強かったぞ、まったく』
『ぐぁっぐぁっぐぁっ! そうか! それはいい!』
そこへホークアイがやってきた。
『何を思い出したのだ、兄弟よ』
『うむ。 全てを自分だけで背負う必要などなかったのだ』
ホークアイは無言で続きを促す。
『兄弟に支えられてきた我が、なぜ独りで全てを背負込もうとしたのか……』
『まさか……“杖”なのか……?』
『ぬう……む、そう言えば秘宝はどうした?』
そう言って周りを見渡すと、こちらに背を向けて駆けて行くトロールがいた。
『あれは……ケンスティール! 秘宝を持っているぞ!』
『あれに触れてはならん! 破壊するのだ!』
だがアルパインスターは全身傷だらけで動けない。
ホークアイは元より頭脳担当だ。
反射的にケンジーが動くが、膝が笑って倒れてしまった。
(バカか俺は! さっさと回復しておけばいいものを!)
そうは言っても後の祭りだ。
ケンスティールは安全圏を確保した余裕からか、振り向いて嗤っている。
『バカどもが、そこで我が王になるのを黙って見ていろ!』
勝ち誇って“杖”を掲げる。
同時にケンジーが叫んだ。
「プラム! エステルの弓に位階強化だ!」
「わ、わかった~!」
「エステル! “杖”を破壊しろ!」
「は、はいっ!」
矢継ぎ早にケンジーが指示を飛ばす。
位階強化された弓は射程距離も伸びる。
ケンジーの突然の指示にも狙い過たず、エステルの放った矢は眩い輝きを引きながらケンスティールの持つ“杖”に命中した。
第五階梯の弓から放たれた矢は、見事に“杖”を破壊することに成功する。
いきなり極限まで強化された弓で、正確に的を射ぬいてみせたエステルは、相当な実力者なのだろう。
普段のポンコツっぷりからは想像もつかないが。
『ば、ばかなぁっ!』
安全圏にいたはずなのに、秘宝と共に野望まで打ち砕かれたケンスティールの顔は絶望に染まった。
「ついでにアレも撃ち殺せ」
「お任せください!」
再び放たれた矢は、あっさりとケンスティールの頭部を貫通して行った。
その衝撃にケンスティールの体はどさりと倒れる。
仲間を使って邪魔者の処理を済ませたケンジーは、さっさと自身の回復も済ませてしまうと安堵の息を吐いた。
「……ふう」
『残処理まで任せてしまったな。 助かった、礼を言う』
ホークアイがケンジーを労う。
『別にいいさ。 あんたたちはこれからが大変だぞ?』
『分かっている。 だが、遣り甲斐はある』
『ああ、心配はしていないさ。 頑張れ』
『うむ、これまでの助力に感謝する。 汝に出会えたのは、まさに天啓であった』
そこへ仲間に助け起こされたアルパインスターが近付いて来た。
そして、屈託のない笑顔で言う。
『また来るがいい。 友よ』
『……そうさせて貰うか』
二ッと笑顔で返し、答える。
『それがいい。 いつでも歓迎しよう』
ホークアイも不器用な笑顔で追従した。
こうして、トロールの集落における選王の儀式は終わりを告げた。
トロールの新たな王とその参謀。
その二人との友情を残して。
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トロールたちと別れ、一旦野営をすることにしたケンジーたち。
いくら歓迎すると言われたからと言って、ばたばたした状態の集落に居座るのも気が引けたのだ。
「ようやく終わったか……長い一日だったなあ」
落ち着いてほっとした瞬間、思わずと言った形で本音を零したケンジー。
「ほんとにおつかれさまだったね~」
プラムが頭の上から労う。
エステルとジョエルも負けじと近付いて来て宣った。
「ケンジーさまのかっこいいところを沢山見れて幸せでした……」
「本当に、うっとりしちゃいました……」
見た目だけなら恋する乙女に見えなくもない。
思考がすっかりピンク色になってしまった二人。
聡明なエルフはどこ行った。
回復したはずの疲れが、どっと圧し掛かる。
「君たちね、更に疲れさせてどーするつもりだ……」
ある意味、平和になったとも言えるのだけれど。
なんか納得いかないケンジーであった。
~第六章 完~
敦煌莫高窟に描かれた飛天や菩薩の壁画を参考にした拳法が実在します。
花架拳と言うその拳法は、日本では燕飛霞老師(故人)が教えてくれていました。
他にも教えている人はいるようですけど、私は知りません。
それはそれとして、長くなりそうなので一旦章を切ります。
次からは世界樹編(仮称)。




