04-07 世界
ケンジーの苦戦は続く。
「“対魔物縛り”――――“改変”
――――“万象縛り”!」
上位の金縛りの魔術をさらに効果を向上させて放つ――知らず声に力が籠る――
しかし、
――――“ぱちゅん!”
効果があったのは一瞬。
金縛りは即座に消され、反撃を受ける。
「死ねシネしね」
空間跳躍したガーラルに爪で攻撃されたのだ。
「うがぁっ!」
瞬時に死角から攻撃され、回避が間に合わない。
かろうじて浅い傷で済ませるのが精一杯だ。
「“魔法の矢”――――“改変”
――――“電撃の槍”!」
今度は魔力を電撃に変換し、且つ一発一発の威力を向上させた上、当たれば麻痺を誘発する攻勢魔術を放つ。
対魔術師戦のセオリーとも言える、接近しての近接戦闘になんとか持ち込もうとする。
――――“じゅううぅぅ”
電撃の槍は効果があったが、麻痺は起こさず、傷はすぐに再生してしまう。
そして隙を見せれば、逆にケンジーが傷を負う始末だ。
「死ネ」
「ぐあっ! ――――くそおっ!」
全く好転しない戦いに苛立ちばかりが募る。
♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦
プラムは必死にイメージを固めていた。
早くしなければケンジーが負けるかもしれない。
気は急くが、これに失敗したら本当に終わってしまう。
(押される原因がケンジーの心の壁なら、あたしが壁に穴を通す!)
そう。
プラムの辿り着いた答えはこれだ。
――原因が心の壁にあるなら、それを取り除けばいい――
とは言え、いかに専属の代弁者と言えども代行者が造った心の壁を壊すことはできない。
だが一時的に穴を穿つことくらいなら出来る。
しかし、それでも全身全霊を掛ける必要がある。
命を、魂を圧縮する作業が必要だった。
命懸けなのだ。
だがプラムは迷わずそれを選択した。
他ならぬケンジーのために。
♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦
そして、ついにケンジーが膝を着いた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…………」
荒い息を吐く。
立とうとするが、膝が笑って動かない。
「――ケンジー!」
そこへプラムが飛んで来て、後頭部にしがみ付く。
「ぎゅっ」
思わず気が抜けた。
いくらなんでもマイペース過ぎるだろう。
緊張感が無いにも程がある。
「プラム! 遊んでいる場合じゃな―――― っ!!」
叱り飛ばそうとしてケンジーが顔を上げると――――目の前の世界が変わっていた。
――全てが色付いていた。
――視界に入る全てのモノが躍動感に満ちていた。
――そして、理解した。
――――これが、代弁者の視ている世界。
♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦
プラムはケンジーの意識を自分に繋ぎ、心の壁を抜けて“世界の情報をケンジーの深層心理へ直接届けた”。
ケンジーが普段見ているのは、言わば忌避感と言うフィルターによって歪まされた世界だ。
だから、自分を経由することでフィルターそのものを迂回したのだ。
「どう? ケンジー」
「………………………」
言葉が無かった。
ケンジーは転生して以来、初めて先入観無しにこの世界を見た。
――――世界とは、こんなにも美しかったのか。
これまでケンジーにとって世界とは虚無と恐怖と不条理に塗れたモノだった。
転生して心機一転頑張ろうと思っても上手く行ったことなど無く。
チートで手にした力は破滅を齎し。
世界の手駒となったら、今度は何でも有り。
虚しさでいっぱいだった。
だがそうでは無かった。
それだけでは無かった。
――――ああ、俺はもう少し頑張れる。
その時、ケンジーの世界は確かに拡がった。
♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦
ケンジーはガーラルを見た。
“歪な斑”
一言で言えば、そう表現すべきモノ。
その斑の中に――――
――――確かに小さく光る玉があった。
ケンジーには、光る玉が何か分かった。
今のケンジーにならば理解できた。
(あれは、心だ。 リリィを想うガーラルの心)
姿は歪に歪んで変貌しても、妹を想う兄の心は変わっていなかった。
だが、同時に
もはや元に戻すことも不可能だと理解していた。
そして、今のケンジーには、すでにガーラルは敵ではなかった。
今の自分に出来ることは、
せめて苦しませず、一息にガーラルを倒すこと。
――――”ぐしゃっ!”
そしてケンジーは世界を書き換えてゆく。
♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦
その日、ドレイパー家は一家揃ってヴェルニース家へ来ていた。
当主である男爵、ガルガンドに招かれたからだ。
ガルガンドは浮かれていた。
言ってしまえば有頂天だった。
「クレイグ、見てくれ!」
「分かった分かった。 もう何度目だ……」
「そう言うな。 お前は先に男子を授かったから分からんだろうが、我がヴェルニース男爵家に待望の跡取りが産まれたのだぞ! 歳を取ってからの子だからな、喜びも一入だ。 この喜びをなぜ分かち合おうとしないのだ。 友達甲斐の無い奴め!」
「………………」
うんざりした顔で言葉も無い父クレイグを見て苦笑するしかないケンジー。
そう、今回招かれたのは、ヴェルニース男爵家に長男が誕生したお祝いのためだった。
♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦
結局、ケンジーはガーラルを殺さなかった。
同じ、妹を想う兄として、殺して解決とはしたくなかったからだ。
だがガーラルの身体は既に大部分が変質していた。
代行者の力を持ってしても元に戻すことはできないほど、存在自体が歪んでしまっていたのだ。
だからケンジーは戻せる部分だけを使って体を再構成したのだ。
赤ん坊として生まれ変わったと言っていい。
想いの本質だけを残して他は消した。
記憶もだ。
世界を改竄し、ガーラルは産まれたばかりとした。
ヴェルニース家の子供は兄妹ではなく姉弟となったのだ。
万事元通りとはいかなかったが、ケンジーに出来るのはここまでだった。
♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦
付き合うのも疲れるので、一人で居間に戻ると、そこにはリリアーナがいた。
ちなみにアンジェラは、二人の邪魔をしないようにとの配慮から母親に捕まっている。
何となく気まずい感じがして居辛いが、すぐに戻れば訝しがられるだろう。
仕方ないのでソファーに座ると、リリアーナが話しかけてきた。
「ケンジーさま。 兄を救って下さって、ありがとうございました」
そう言って深くお辞儀をする。
絶句するケンジー。
「――――分かるのか」
「はい」
リリアーナにはケンジーが書き換える前の記憶があった。
なぜかは分からない。
けれど、確かにケンジーが変貌したガーラルを止めたのを覚えている。
その後、赤ん坊まで戻すことでガーラルの命を取り留めたことも識っていた。
「ケンジーさまには、どれだけ感謝しても足りません……」
「その必要はないよ。 あんな状態になってもガーラル殿はリリィを想っていた。 だから間に合ったんだ。 俺は少し手助けしただけだ」
「――兄さま……」
「今度はリリィがガーラル殿を助けてあげるといい」
「はい!」
♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦ ♢♦♢♦♢♦♢♦
居間が居辛い雰囲気なのは変わらなかったので、散歩に外へ出たケンジーとプラム。
しばらく会話が無かったが、意を決して声を掛けるケンジー。
「……あんまり無茶するなよな。 もっと自分を大事にしろ」
あの後、全てが解決した後でプラムは衰弱し、丸二日寝込んだのだ。
ケンジーが心配するのも当然と言えた。
「…………」
だが、ケンジーの言葉に対しジロリと無言で睨むプラム。
「……無茶、するよ。 これからも、何度だって」
「お、おい、なにを言って――」
「あたしはっ! ケンジーを守るためならいつだって無茶するからっ!」
泣いていた。
いつも、のほほんとして笑っているプラムが感情を露わにして泣いていた。
嬉しくて泣くことは今までもあった。
だが、今のこれはそれまでとは違う涙だった。
「あたしが無茶するのは嫌?」
「ああ、嫌だ」
「ならケンジーこそ自分を大事にして。 あたしに心配かけないで」
「無理言うなよ……」
「……むっ」
段々いつもの調子に戻ってきているのだが、有耶無耶にできる雰囲気でもない。
「……分かった。 善処する」
どこの政治家だ、と自分でも思う。
「……もう一声」
「くっ。 プラムが泣くのは嫌だから、プラムのために自分を守る! ――これでいいか」
「うんっ! えへへ~、ケンジー大好き~」
そう言って抱き付いてくるプラム。
仕方ないかと、されるがままになるケンジー。
こうして、様々なことに波紋を投げかけることとなった事件は幕を閉じる。
この事件が今後二人にどんな影響を与えるのか。
代行者も代弁者も知ることは無い。
ちなみに。
包囲網には全く影響が無かったことにケンジーが気付くのは、もう少し後になってからだった。
~第四章 完~




