04-05 パラノイア
あの日以来、ガーラルは寝込むことが増えた。
たまに起き出しても、常にびくびくして周囲を気にしていた。
それでも屋敷にいる間はいい。
問題は外に出た時だった。
他人の視線に過敏に反応し、場合によっては激昂した。
これでは外に出せない。
新しい事業を興し、安定してきた矢先の出来事だった。
「今度は長男か」
口さがない者たちが囁いた。
多分にやっかみが混じっていることは間違いないのだが、時期的にもありがたくは無いことであった。
今まで大分無理をしてきたこともあり、しばらく休ませることにしたが、症状は悪化するばかりだ。
リリアーナは兄が心配だった。
今度は自分が兄を助ける番だと密かに決意したのだが、現実は厳しい。
何せ今まで病気療養していたのだ、リリアーナに頼れる相手はケンジーとアンジェラしかいないのは自明の理であった。
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「――視線か。 ……偏執病かな」
「ケンジーさま、お分かりになるのですか!? へんしつびょう…とは何でしょうか」
結局リリアーナはケンジーに相談した。
アンジェラだと、却って心配を掛けるだけだと判断したのだ。
そしてケンジーは前世でそんな精神病があることをテレビ番組で見たことがあった。
所詮は素人判断でしかないが、それでもこの世界では全くの未知なジャンルである。
治療方法はともかく、家族の接し方くらいならアドバイスできるかもしれないと考えたのだ。
「精神病、心の病のことだよ」
「心の……病ですか? では、やはりガーラル兄さまは病気だったのですね」
「うん。 ただ俺は医者じゃないから、診断はできない。 そういう病気があることを知っていて、その症状に当て嵌まると感じただけなんだ」
「いえ、それでもありがたいです。 何も分からず不安だけが大きくなってしまって……」
涙ぐみながら感謝を述べるリリアーナ。
だが今回ケンジーを頼った理由をリリアーナは忘れていなかった。
「その心の病を治すにはどうすればいいのでしょう? 私にも何かできることはないでしょうか?」
「心の病を治すのは難しい。 体の病気以上にやっかいかもしれない」
「そんな……」
ケンジーの言葉を聞き、落ち込むリリアーナであったが、その後に続いた言葉に顔を上げる。
「もちろんリリィに出来ることが無い訳じゃない。 むしろリリィにしか出来ないことがあると思う」
「本当ですか!?」
「ああ。まずは 精神病というものを理解することだ。 家人には穏やかに接することができているなら、症状はまだ軽いと思う。 焦らず慎重に相手の言うことに耳を傾けるんだ。 精神病に対するには、家族の配慮や献身が不可欠だ。 仲のいい兄妹なんだろう? リリィはガーラル殿にとって救いになれる可能性が大きいと思う」
「はい! はい! ありがとうございます!」
偏執病は症状やタイプが複雑で実は対処が難しい。
ケンジーからすれば、当たり障りのないアドバイスで申し訳ないくらいであったが、リリアーナは暗闇に光明を見つけたような希望に満ちた表情をしていた。
「来たばかりで申し訳ありませんが、すぐに帰って両親にも教えてあげたいと思います!」
「それなら送っていくよ。 ご両親にも俺から説明した方が分かりやすいかもしれないし」
「あ、ありがとうございます……」
感激した様子で涙ぐむリリアーナに、ケンジーは居心地の悪い思いを感じた。
(気になる点があるから、直接見てみたいとか本音がバレたら顰蹙ものだな)
そんな本音を隠して取り繕い、言葉を掛ける。
「すぐに用意する。 少しだけ待って貰えるかい?」
「はい!」
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“ソレ”は永く眠りに就いていた。
ある時、強い思いを感じて眠りから覚めた。
強い思い――――それは”祈り”だった。
だから“ソレ”は強い思いに応えた。
応えた後、また眠りに就いた。
少しして――今度の眠りは短かった――強い願いを感じて“ソレ”は目を覚ました。
今度の願いは祈りとは違った。
永い眠りの最中だったら気付かなかったかもしれない。
この前と違い、願いには少しの欲が混じっていた。
“ソレ”は、この欲と言う感情をよく知っていた。
欲は集中する。
欲の傍には欲が集まる。
――欲は危険だ。排除しなければならない。強大な欲は我を滅ぼす――
“ソレ”は欲に対する措置を開始した。
――少しずつ正気を失わせ、他の欲から我を守るよう誘導する――
かつて“ソレ”は、人の願いを叶えるだけのモノだった。
いつしか欲は“ソレ”に集まり、“ソレ”をバラバラにしてしまった。
“ソレ”は自らが失われることを恐れ、欲に対処するようになった。
やがて、人は“ソレ”を恐れるようになった。
けれど、人は決して”ソレ”を手放すことはしなかった。
恐れつつも身近に置くことを止めないのだ。
“ソレ”が、人の欲から離れることは無かった。
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ケンジーがリリアーナを送ってヴェルニース家に着いた時、すでに事は起きていた。
「――屋敷内が騒がしいな」
「ガーラル兄さま!?」
リリアーナは馬車が停まるのも待てないほどに慌てて、転びそうになりながら屋敷へと飛び込んで行った。
ケンジーは御者に、いつでも出れるよう用意をして待つように言い含めるとリリアーナを追った。
場所はすぐに分かった。
騒ぎが大きかったからだ。
野次馬――使用人たち――を掻き分けて部屋へと入ると、ヴェルニース男爵とガーラルが言い争い、男爵の背後からリリアーナとカティアが見守っていた。
使用人たちは遠巻きに廊下から覗き込んでいる。
「それ以上近づくなぁっ!! 俺からこの杖を奪うつもりだろう!?」
「何を言っている、ガーラル。 そんな枝など欲しいとは思わぬ。 落ち着いて私の話を聞け!」
「騙されないぞ! そうやって俺を騙して奪うつもりなんだ!」
どうにも平行線、と言うより会話になっていないとケンジーは感じた。
(――末期症状……いや、違う。 これはむしろ精神病の症状というより演技、仮病に近い?)
「――ケンジー……この前の嫌な感じ、呪いみたいなのが強くなってるよ~」
そう言うプラムに、半ば予想しながらも尋ねる。
「……どこから感じる?」
「――――お兄さん」
やっぱりか――――予想が当たっても、まったく嬉しくない状況で、事態が動いた。
「――俺からこの杖を奪おうとするやつは――死ね!」
そうガーラルが言うと、ガーラルの身の周りにいくつもの火球が浮かび上がった。
「な!? ガーラル、お前いつの間に魔術など――」
そして男爵に襲い掛からんと全ての火球が飛び出して行く。
「―――“設置型対魔力障壁”」
しかし、ケンジーの張った対魔力障壁に阻まれ、火球は男爵まで届かない。
「おお、ケンジー殿。 来ていたのか」
「男爵、退いて下さい」
「あ、ああ……」
男爵は素直に下がり、ケンジーと位置を入れ替わる。
(魔術師でもないのに魔術を使った。あの枝からも魔力を感じない……これは、まさか)
「――ケンジー、怖いよ~。 嫌な予感がするよぅ~」
(このプラムの怯えよう……間違いないな)
ケンジー自身も嫌な予感は感じていた。
それをプラムも感じている。
そのことに怯えている。
勘が囁いていた。
嫌でも確認しなければなるまい。
「プラム。――――彼は代行者だな?」




