04-04 兆し
ヴェルニース家は持ち直した。
他家の援助を受けず、自力で新しい事業を起こし成功したのだ。
クレイグは、呆れるやら嬉しいやら複雑な面持ちであったが、素直に祝福した。
ガルガンドは嬉しそうに受け入れた。
ケンジーはリリアーナと会う機会が増えた。
もっとも二人きり、と言う訳ではなかった。
必ずアンジェラが一緒に付いてきたからだ。
ケンジーとしても、その方がありがたかったので文句は無かった。
プラムに至っては言わずもがなだ。
さりげなく探りを入れたりもしてみたが、プラムの“移行”を見破った理由はわからなかった。
“移行”以外で何か他に、人には見えないものが見えるということは無いようだ。
そんな折、リリアーナがケンジーたちに相談を持ちかけた。
「普段から会う機会は少ないのですが、たまに見かける兄の機嫌が悪そうなのです。でも聞いても何でもないとしか答えて貰えなくて……」
「それこそ偶々じゃないかなぁ」
「リリィと会う時間が少ないからじゃないでしょうか。 私がそうですし」
考えることもしないケンジーと、余所行き淑女モードでさりげなくケンジーにカミングアウトするアンジェラ。
実に相談のし甲斐のない兄妹だ。
「父に聞いても、事業は安定しているし不安材料はないと、心当たりがないそうなのです」
(――女かも。 とは言えない雰囲気だよなぁ)
一応、考えていない訳ではなかったようだ。
「彼女さんと上手くいってないとかはないのですか?」
(アンジー! それは、ストレートすぎるだろう!?)
思い付いたことをはっきり口にするアンジェラ。
ケンジーが空気を読んで口に出さなかった意味が無駄になった。
それを聞いたリリアーナはと言うと、機嫌を損ねることもなく、ただ吃驚したと言うように手を口に当てて目を見開いていた。
「うふふ。それならそれで、また別の心配が出てくるのですけど」
笑いながらそう答えるリリアーナ。
同じブラコンでも直情型のアンジェラとはタイプが違うようだ。
そんな姿を見て、こんなやりとりでも少しは気分転換できたようだと思うケンジー。
その頭の上で一言も発していないプラムは難しい顔をしていた。
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家に帰ってきて、自分の部屋に戻った際、プラムに声を掛ける。
「プラムは何を難しい顔してたんだ?」
「えっ!?」
「向こうで何か考え込んでいただろう?」
「ぁぅ。 バレてたんだ」
「ああ。――で?」
「わかんない~」
「んん?」
「だから、わかんないの~。 何か感じるんだけど、微か過ぎて分からない~」
「でも、気になるんだな? しかも、よくない事なんだろう?」
「うん~。 ……あのね? 無理やり言うならね? 呪いの残滓? みたいなのが一番近いかな~」
「それをあの家で感じたと」
「分かんない。 外から入ってきたかもしれないし、微か過ぎて判断できないの~」
「――そうか」
考え込むケンジー。
が、そのまま進展も無く夜は更けて行った。
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ヴェルニース家には始祖が残した家宝がある。
だが家宝にもかかわらず、“ソレ”は人知れず放置されてきた。
極々初期の文献にのみ、それは記されていた。
触れてはならぬ禁忌として。
曰く、“ソレ”はどんな願いでも実現可能だと言う
曰く、使い手に幸運を要求すると言う
曰く、使い手の運が無くなれば――――破滅を招くと言う
始祖は、ただの一度だけ“ソレ”を使い、主の窮地を救った。
その功績により男爵となった。
始祖はそれまでに“ソレ”で破滅した多くの者を知っていたようだ。
故に始祖は子孫に警告を記した。
―――どうしようもなくなった時に限り、一回だけ使用することを許す
―――が、運が無ければ、その一回で身を滅ぼすことを覚悟せよ
―――願わくば、運に頼らず努力にて事を成し遂げんことを切に願う
“ソレ”と一緒に託された始祖の想いが綴られた羊皮紙――――それがあのボロ切れだった。
忠告は理解していた。
“ソレ”を見つけた時、ボロ切れに書かれていた内容を知り、恐怖した。
決して使うまいと、心に決めたはずだった。
――――けれど、ガーラルは“ソレ”を使ったのだった。
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最初に使う決意をしたのは妹の余命が宣告された時だ。
妹には幸せになって欲しかった。
良い相手にも恵まれた。
最初は大事な妹を任せられる相手か不安があった。
でも詳しい話を聞いて大丈夫だと思った。
頭が良くて思慮深く、剣術にも長けていると言う。
出来過ぎじゃないかと思ったほどだ。
むしろ不安になった。
だが違った。
相手も兄妹で、妹に頭が上がらないらしい。
なら安心だ。
妹を大事にするやつなら、きっと自分の妹も大切にしてくれる。
妹を可愛がる兄にダメなやつはいない。
妹もテレているが満更でもないようだ。
いつも一緒だったから分かる。
あれは喜んでいる。
それはそうだ。
妹は英雄譚が大好きだった。
相手は、その英雄になれるかもしれない男なのだから。
だけど縁談は白紙となった。
妹の病が悪化したからだ。
自分は知っている。
縁談が白紙になった夜、妹は泣いていた。
その夜だけじゃない、一人になると泣いていた。
なぜ妹だけがこんな目に合わなければならない。
世を呪った。神を呪った。
それは父も同じだ。
なんとかしようと足掻いていた。
自分も父を見習って足掻くことにした。
でもダメだった。
とうとう余命半年と医者に告げられたのだ。
迷いは無かった。
破滅など怖くは無かった。
妹が死ぬ。
これ以上の破滅などない。
だから願った。
“ソレ”に願った。
――妹を健康にして欲しい――と。
想像していたよりも、ずっと呆気なく願いは叶えられた。
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そして、縁談は成った。
予想した通り、相手のケンジーは名を上げたし妹は受け入れた。
恥ずかしそうにしながらも嬉しそうだった。
これで何もかもが良くなる。
そう信じていた。
でも、そうはならなかった。
これまでの無理が祟って財政難となったからだ。
言ってしまえば、今破産していないのが不思議なほどだった。
縁談が成ってしまえば何とかなると思っていた。
事実、ドレイパー家は用意があると言う。
しかし、父が頑として首を縦に振らなかった。
理由を聞いて納得した。
“妹のため”
そう聞いてしまえば嫌も応も無かった。
何とかするべく東奔西走した。
事業の当てはあった。
あとは資本だけだったのだが、融資を受けられなかった。
当然だ。破産寸前な家に貸す金貸しはいない。
せっかく健康になった妹と顔を合わせることも儘ならず、不満と不安を抱える毎日だった。
そして、とうとう――――再び“ソレ”を使ってしまった。
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家は持ち直した。
事業が当たり、以前の隆盛を取り戻した。
これで、今度こそ何もかもが上手く行く。
そう、思った、のに。
(まただ、誰かに見られている気配がする)
そう、あれ以来――――“ソレ”を二度使ったあの時以来、常に誰かに見られている。
そんな気がしてならない。
しかし、振り返っても誰もいない。
当然だ、ここは自分の屋敷の自分の部屋で、自分以外は誰もいない。
そんな分かり切った状況だ。
だと言うのに。
なぜ、こうも視線を感じるのだろう。
ハッっと振り向いた。
視線だ。
いた。
アイツだ。
アイツが俺を見ていたのだ。
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“ガシャアァァン!”
ガーラルの部屋から派手に何かが壊れる音が響いた。
やがて家人が集まってきた。
ガルガンドとリリアーナがガーラルの部屋の扉を叩く。
「ガーラル! どうした? 何があった?」
「ガーラル兄さま! どうしました?」
がちゃり、と鍵の開く音がしてガーラルが部屋から出てきた。
その顔はやつれ、眼は落ち窪み、まるで病人のようだった。
先ほど就寝前に別れてから一時間ほどしか経っていないと言うのに。
「お騒がせしました。 なんでもありませ――――」
「ガーラル兄さま! 血が!」
見ればガーラルの拳から血が流れていた。
「いったい何があったと言うのだ――――」
ガーラルの手当てをリリアーナに任せてガルガンドが部屋の中に入る。
そこには、割れた鏡と散らばった破片が落ちていた。
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「ガーラル兄さま、手は痛くありませんか?」
拳の手当てが済み、リリアーナがガーラルに声を掛ける。
「……あ、ああ。もう大丈夫だ」
力なく、そう答えるガーラル。
さらに微かにまだ言葉は続いていた。
「……始祖が僕を睨んでいる……僕が禁忌を犯したから……」
リリアーナの耳には、確かにそう聞こえたのだった。




