04-03 縁談の背景
「そんなわけでリリアーナ嬢は、お前の婚約者だ。嬉しいだろう? 美人で性格もいいしな」
「リリィちゃんのお母さん、カティアさんって言うんだけどね? 母さんの古くからのお友達なの。 きっと母子共々ケンジーとも、仲良くなれるわ」
「反対! 反対です! 反対なのぉ~!」
「家族ぐるみ――って訳では無さそうですが、僕を嵌めたのですね?」
ちらりとアンジェラを見ながらケンジーが問う。
ヴェルニース家から戻った翌日、ドレイパー家でも家族会議が行われていた。
アンジェラには内緒だったらしく激昂していたが、ケンジーには既に趨勢は決しているように感じられた。
代行者としての仕事がある以上、結婚して家庭を築くような時間は無いのだが、それを言ったところで荒唐無稽の夢物語と思われるのが落ちだ。
こんな自分と婚約したら、彼女の方が不幸なのではないかと感じるケンジーだが、それを口にしてみたところで――
「彼女は他に嫁の貰い手がないんだよ。 大病を患ってな、治ったはいいが、なぜ治ったのか分からないと来てる。 貴族は後継ぎを望むものだ、そんな娘を貰う家は無い」
「……なぜ、その子を僕に?」
「お前はそんなこと気にしないだろう? 俺も気にしない。 最悪、二人目を娶ればいいだけだ」
「反対! 反対です! ふ、ふ、二人目とか絶対だめなのぉ~!」
「ケンジー、そんなにリリィちゃんは嫌?」
アンジェラの叫びを華麗にスルーしてパーシアが尋ねる。
「そう言う訳ではないのですが……」
「――――これは、ここだけの話だがな……」
改まってクレイグが話した内容は、ヴェルニース家との付き合いの中でケンジーとリリアーナの縁談に至ったという経緯だけでは無かった。
その背景にあるヴェルニース家の事情まで語ったのだ。
リリアーナの病状が悪化した際、ヴェルニース男爵はケンジーとの縁談を気にして、娘の治療に全力を注いだ。
リリアーナの状態如何によっては、ヴェルニース家だけでなくドレイパー家まで云われのない中傷の対象となってしまう。
それは、まだ若いケンジーには多大なダメージとなるであろうことを慮ってのことだ。
縁談の破棄も視野に入れつつも何としてでも治したいと、娘の幸せを願って腕の良い医師、治癒師を探して東奔西走した。
結果は奇跡と言っても差し支えないことになったが、ここからが本題だった。
その結果、ヴェルニース家の屋台骨は傾いた。
治療の資金を捻出するためにヴェルニース家の財政を支えていた鉱山一帯を売り払ったからだ。
当然、財政は悪化した。
男爵という名だけでは家を支えることはできないのだ。
クレイグは手を差し伸べたかったが、ただ援助すると言ってもガルガンドは受け取らないだろう。
そのためには口実が必要だった。
更に言えば、その口実は周囲に対しても必要だった。
息子の嫁の実家に援助することは貴族ならば普通に行われることだ。
むしろ、それを狙っているからこその縁談話なのだから。
縁談が無いまま援助すれば、それは妬みに変わる。
しかし、縁談により文字通り縁が繋がれば周囲も納得するのだ。
「そんな時に向こうから娘にお前の冒険譚を聞かせてやって欲しいって言われてな。 ご丁寧に縁談とは無関係とまで断りを入れやがって」
「では、その口実が済めば縁談は白紙と言うことでいいのでしょうか?」
「そんな訳あるか! お前にはリリアーナ嬢と結婚して貰う」
「なぜですか!? 口実なんでしょう?」
「俺はもう、貴族連中からの縁談を断わるのに頭使うのは嫌なんだよ! この縁談が纏まれば、もう決まったので申し訳ないって言えるんだよ!」
「うわ、開き直ってぶっちゃけた……しかも酷い理由だ」
思わず素が出てしまうほど呆れたケンジー。
こうなったらもう説得は無理と判断した。
結婚はずっと先の話で不確定だが、婚約だけは一旦受けることで話は終わった。
アンジェラは泣きながら自分の部屋に走って行った。
――宥めるのがたいへんそうだ。
そんなことを思いながらも今後の事を考える。
断るのは簡単――では無さそうだが、無理を言って縁を切ってしまい、放置する訳にもいかない理由がケンジーにもあるのだ。
(プラムの“移行”を見破った理由がはっきりしないんだよなぁ)
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ケンジーが、そんなことに頭を悩ませている頃――
ガルガンド・ヴェルニース男爵もまた頭を悩ませていた。
(リリィの縁談が纏まったのは良い、素直に嬉しいことだ。 だが、あのクレイグのことだ、絶対に融資の話を持ってくるだろう。 それを素直に受け入れる訳にはいかん。 そんな事をすれば、リリィが肩身の狭い思いをする。 きっとケンジー君に対して遠慮してしまう)
ガルガンドの思いはそれに尽きた。
病気は本人の責任ではない。
親として子供のために最善を尽くした、それに後悔は無い。
だからこそ、それを子供が重荷に思って欲しくない。
財政が苦しいことをリリアーナには話していない。
ガーラルと二人で何とかしようと手を尽くしているところだ。
甚だ芳しくはないが、それでも諦める訳にはいかない。
ヴェルニース家が無事で無ければ意味が無い。
ヴェルニース家の安泰とリリアーナの婚約は両立させなければ成り立たないのだ。
そこへガーラルが帰宅した。
「ガーラルか、どうだった?」
ガルガンドが帰宅した息子に問う。
ガーラルは黙って首を横に数回振った。
「……そうか」
「覚悟はしていましたが、厳しいですね。 資本の無いヴェルニース家に投資は出来ないと」
「まったく、どいつもこいつも足元を見おって」
「しかたありません。 僕だって見返りの望めない相手には、少額と言えども預けるに足る確証が欲しいと考えます」
「分かっている!」
「現実を見ましょう、父さん。 最初だけ、事業が安定するまでの間だけでもドレイパー家を頼れませんか?」
「それは出来ん。 頼ればクレイグは二つ返事で了承するだろう。 だからこそ、頼ってはならん」
「――――そうですか」
ガーラルは落胆した顔をしていた。
だが見る者が見ればその目には決意が秘められていることが分かっただろう。
(止むを得ない。もう一度だけアレを――――)




