04-02 ヴェルニース家の兄妹
リリアーナ・ヴェルニースは、生来病弱な子であった。
熱を出して寝込むことがよくあった。
ほとんど外で遊ぶことも出来ず、家で本を読むのが日々の過ごし方となった。
歳の離れた兄――――ガーラルも内向的で、外で元気に遊びまわるより家で読書する方を好んでいた。
リリアーナの調子が悪く起き上がれない時には、ガーラルがリリアーナに本を読んで聞かせることもあり、兄妹の仲は良かった。
そのためかリリアーナはガーラルによく懐いたし、歳が離れていたせいかガーラルも庇護欲を掻き立てられたようでリリアーナを可愛がっていた。
ガーラルは幼いころから自分が活発な子供でないことを理解していた。
運動が苦手なこともあり、読む本は英雄譚を好んだ。
いつか冒険したい。
自分には無理だと思うが、それでもそう思ってしまうのは彼が男の子だからだろうか。
そんな思いがそうさせるのか、当然のごとく幼い妹に語って聞かせる話も英雄譚が多くなる。
特にリリアーナは冒険者が活躍し、最後には世界を救い英雄となる物語がお気に入りだった。
ガーラルの「いつか冒険したい」は、いつしかガーラルとリリアーナの「二人で一緒に冒険したい」に変わっていった。
けれど、そんな思いとは裏腹にリリアーナは床に臥せることが多くなった。
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めずらしくリリアーナの調子がいい日があった。
ガーラルが言った。
「冒険しよう!」
とは言っても病弱な妹を外に連れ出すという意味ではない。
自分の家は男爵家、大きな屋敷だ。
しかも由緒ある家系だと言う。
やろうと思えば家の中で探索者の真似事をすることもできるのだ。
「ふわぁ~。ガーラル兄さま、私こんな場所があるなんて知りませんでした」
「うん、実は僕もだ」
「えええ!? だ、大丈夫なのでしょうか……」
「だからこそだよ、リリィ。 知らない場所だからこそ探検になるんだ」
「あっ、そうですね! ガーラル兄さまは凄いです!」
そう言って二人が足を運んだのは地下であった。
ワインセラーや食材の保管庫などがあったが、特に二人の興味は惹かなかった。
二人は燭台片手に暗い通路を手を繋いで進む。
「あった! ここだ!」
「ガーラル兄さま、ここはなんですか?」
「倉庫だよ。 それもただの倉庫じゃない」
「えっ?」
「先祖代々、継がれてきた資料や宝物、家宝が安置されているはずの倉庫だ」
「えええっ!? お、お父様に叱られないかしら……」
「そんなスリルも本当の冒険っぽいだろう?」
そう楽しそうにいたずらっ子のような目で笑いかける兄を見て、リリアーナも楽しくなってきた。
そんな期待を胸に地下の倉庫へと足を踏み入れた二人であったが、その顔はすぐに落胆に染まった。
そこで見たものは、ただ荷物が積まれた埃っぽいだけの部屋だったからだ。
「ガーラル兄さま。お部屋に戻りましょう?」
「……いや、もう少し」
リリアーナの言葉に耳を貸さず、ガーラルは倉庫を漁り始める。
これじゃない、これでもない、と言いながら荷物を漁るガーラルに気圧されたのかリリアーナは何も言わずに兄を見守るだけだった。
「――見つけた!これだ!」
リリアーナが飽きてうつらうつらし始めた頃、ガーラルが何かを見つけた。
「それは何ですか? ガーラル兄さま」
「このヴェルニース家を興したご先祖様が残した家宝だよ」
ガーラルが手にしていたのは、細長いケースだった。
言いながらケースを開けるガーラル。
すると中から出てきたのは――――
「――――これは“枝”ですか?」
「リリィ、これはね。 “杖”だよ」
ケースの中から出てきた物、それはどう見ても何かの木の“枝”だった。
それをガーラルは“杖”だと言いながら、枝と一緒にケースの中から出てきたボロ切れを手に取った。
それを見ながら何やら考え込んでいたが、舞い上がった埃を吸い込んでしまったのか、リリアーナが咳き込み始めてしまった。
「こほっこほっ……」
「ああ、ごめんよ、リリィ。 さ、探検はもうおしまいにしよう」
そう言ってリリアーナを気遣いながら倉庫を後にするガーラルの手には、枝と一緒に見つけたボロ切れがあった。
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その後、ガーラルが成人して仕事を持つとリリアーナと過ごす時間は無くなってしまった。
忙しい上に生活サイクルがリリアーナとは大きく違ってしまったからだ。
大好きな兄と会えなくなったリリアーナは落ち込み、臥せってしまうことが増えた。
そんなリリアーナを見兼ねた父、ガルガンドは親しい友人であるクレイグ・ドレイパー騎士爵に相談した。
クレイグは、リリアーナと同様に兄と別れて落ち込んでいる自分の娘、アンジェラを友人として紹介しようとガルガンドに提案した。
これで二人とも元気になれば言うことなしだろうと。
この双方の親の目論見は図に当たった。
娘二人は仲のいい友人となり、いい関係を築いた。
この頃から親たちはお互いの子供を結ばせようと画策し始めたのだった。
歳の近いケンジーとリリアーナを対象にして。
ところが、この話は頓挫することになる。
他でもないリリアーナの体調が悪化したからだ。
アンジェラの来訪も断わらざるを得ないほど、日常の生活に支障が出始めたのだ。
一向に治る気配を見せないまま年月が過ぎた。
本当なら、来年にはケンジーとの婚約を発表していたはずなのにと、つい漏らしてしまうガルガンド。
娘には幸せな未来が約束されていたのだと、そう思わずにいられなかったのか、つい娘の前でそれを口にしてしまったのだった。
それを耳にして、やつれた顔で申し訳なさそうにするリリアーナ。
そしてもう一人、たまたま帰宅が早まって妹に会いに来たガーラルが部屋の前でそれを聞いていた。
そしてついに医師からリリアーナの余命が宣告された。
持って半年だろうとのことだった。
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だが、その半年後。
リリアーナは回復を果たしていた。
診断した医師は奇跡だと言った。何が起きたのか分からないと。
だが、男爵にはそんなことはどうでも良いことだった。
ただリリアーナの回復を喜こんだ。
屋敷の雰囲気は明るくなり、家族の顔も目に見えて明るくなった。
そしてリリアーナは、ゆっくりと時間を掛けて普通の生活へと戻って行った。
ケンジーとの婚約は白紙に戻っていた。
ガルガンドはすでに、娘の結婚は自由にさせようと考えていた。
せっかく拾った命だ、娘に自分で選ばせようと思ってのことだった。
また病は治ったとはいえ、その原因は不明だ。
再発するかもしれない娘を嫁に欲しがる貴族などいなかった。
ケンジーの活躍を耳にするようになったのはその頃だ。
逃がした魚は大きかったと苦笑いする父に対しリリアーナは言った。
「ケンジーさまは冒険者なのですよね? 会ってお話を聞いてみたいです」
リリアーナの英雄譚好きは相変わらずのようだった。
ガルガンドはクレイグに相談を持ちかけた。
縁談はもういいから、娘と会って話だけでもして欲しいと、娘のために懇願した。
返ってきた言葉は意外なものだった。
クレイグはリリアーナなら縁談を受けると言うのだ。
元々そういう話であったし、他の俄な有象無象と比べたらよほど安心だと。
病気は治ったのなら問題ないと言い切った。
そして家族ぐるみの付き合いを取り戻そうという話になった。
まずは娘同士を会わせるところからやり直そう。
リリアーナとアンジェラが再会したのには、そんな理由があった。
そして、ついにケンジーとリリアーナが直接対面した。
リリアーナを始めとして、ヴェルニース家とドレイパー家双方の反応は良好だ。
ただ一人、中心にいるはずのケンジーだけが蚊帳の外だった。




