03-05 ゴブリン王 ザナッシュ
ザナッシュ。
そいつはゴブリンの世界に突如として現れ、瞬く間に頂点へと上り詰めた。
――――という訳ではない。
最初はただのゴブリンだった。
特に秀でたものがある訳でなし。人間を見かけたら獲物だと思い襲い掛かる。
獣と同じだ。言ってしまえばゴブリン自体がそういう種だ。
おかしいところはない。
だが、ザナッシュは運が良かった。
いつものように人間に襲い掛かった相手が冒険者だった。
これだけなら運が悪い。
だがこの時、運が悪いのは冒険者だった。
ザナッシュに斬り掛かろうとした者が小石に躓きバランスを崩した。
おかげでザナッシュは掠り傷で済んだ。
また、別の者が槍で突いた。
掠り傷を負って動揺したザナッシュは腕を振り回していた。
振り回した腕が偶然槍を弾いた。
これに冒険者の方が動揺した。
曲がり形にも経験を積んだ冒険者の攻撃を二度もかわしたのだ。
それもただのゴブリンがだ。
冒険者は戦闘を中止し、引いた。
「きっとコイツはゴブリンリーダーに違いない」と口にしながら……。
そしてザナッシュに限って、そんなことが何度も続いたのだ。
ザナッシュは度々「コイツはゴブリンキャプテンに違いない」だとか「ゴブリンジェネラルに違いない」等々、何度も「ゴブリン~(上位種)に違いない」と言われ続けてきた。
そんなことが続き、やがてザナッシュは王となった。
ケンジーがそれを知ったらきっとこう言っただろう。
「またこのパターンか。こないだの盗賊団と同じじゃねーか」
経験で強くなるのは人だけでは無いらしい。
閑話休題。
経験を積んだザナッシュは、実際のところ強かった。
ゴブリンとは思えない合理的な“作戦”を用いて人間、獣、モンスターを問わず蹂躙していった。
ザナッシュの下で経験を積んだ配下のゴブリン達も精強となって行った。
彼らはゴブリンの集団ではなくなった。
彼らはゴブリンの“軍団”だった。
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プラムはザナッシュを知っていた。
正確には知らされていた。
代弁者となり、物質界へ行くことになるかもしれないと決まった際に、妖精王より聞かされていたのだ。
妖精王と敵対するモノがいた。
ソレが敵対するのは妖精王だけでは無かったが、妖精王はソレと敵対していた。
そして、絶対に勝てないと悟った。
要因は推測できるが、勝てないことに変わりはなかった。
ならば近付かないようにする他無かった。
ソレは気が触れているとしか思えないような行動ばかりしていた。
近付かなければ問題が無いのではないか。
どうやら、それは正しいようだった。
妖精王は物質界からの撤退を決めた。
配下の妖精たちも連れてだ。
妖精たちが姿を消したのは、そんな理由があった。
あくまでプラムは例外なのだ。
世界の意思に選ばれた代弁者ゆえであった。
そんなプラムに妖精王は言った。
注意すべきはアレだけでは無い。
ゴブリン王 ザナッシュ。
――――こいつもアレと同じ気配がする、と。
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「だからね? 逃げよう~? 戦わないのが一番なの~」
「……逃げられるものなら俺も逃げたいけどな?」
すでに戦いは始まっていた。
ケンジーの守護障壁で何とか敵を押し留めている状況なのだ。
ケンジーは先ほどまでのことを思い返す。
敵はすぐに攻めてきた。
四方八方からの波状攻撃。
護衛五人では隊商はおろか、自分たちの身ですら守りきれないことが直ぐに理解できた。
(とにかく時間を稼ぐ!)
「“設置型対物理障壁”!」
時間を稼ぐために張った守護障壁。
確かに時間は稼げた。
だが不安は拭えない。
なぜなら、
獲物が障壁に守られていると見るや、ゴブリンたちは一斉に引いて行ったのだ。
決して諦めた訳ではない。
自分達の無駄な消耗を避けたのだ。
持久戦の様相を呈してきた。
それも、絶望的な結末を控えた持久戦だ。
この先の方針を相談しなければならない。
プラムのカミングアウトは、そんな時に行われたのだった。
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「プラムの話を聞いた限りだと、その王様ゴブリンはイカレただけのお山の大将に聞こえるけど――――さっきの動きを見るとなぁ。あれは訓練された軍隊だぞ」
「それも、そこいらの領主が持つ兵団より精強な、だ」
いつの間にかバーナードが近付いていて会話に加わってきた。
「ケンジー、この結界はどれくらい持つんだ? できればこれからのことを相談できる時間が欲しい」
「これだけに集中すれば一時間は持ちますよ。それより、話を聞いていたなら分かったと思いますが――――」
「ああ、信じたくないが、あいつらはゴブリンの“軍隊”だってんだな?」
軍隊を相手に非戦闘員を多数抱えた隊商を守って脱出する。それも五人で。
(む、無理ゲーすぎる……)
見ればバーナードとシーヴァーが話をしている。
「――――そういう訳ですので、こちらの指示に従って頂けますか」
「我々は素人です。専門家の指示に従いましょう」
さすが名を馳せた大商人と言うべきか。
シーヴァーは覚悟を決めた顔をしていた。
バーナードとパーティーメンバー3人がこちらにやってきた。
シーヴァーも隊商に指示を出すとこちらに来た。一緒に話を聞くようだ。
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まずやるべきことを決める。一番に達成しなければならないこと、大目標だ。
・隊商を無事に逃がす
次に、その方法を決める。
だがここで紛糾した。それはそうだろう。
これが簡単にできることなら、初めから悩みはしない。
「プラムに手の薄い方面を探って貰いましょう」
プラムの“移行”なら、障壁を抜けて行動できる。
実に便利。
「……パターンだと王様のところが一番手薄ってところだけどなぁ」
「――――そうなのか?」
「戦闘狂が相手だとそういうもんなんですよ。敵を逃がさず、自分に誘導する」
「ほう。理解できたが、それはそれで嫌な相手だな」
「そうなんですよねー」
だが戻ってきたプラムの報告では、そんなことはなかった。
「あれ? おかしいな」
ザナッシュの周りが一番厚みがあり、突破は困難。
むしろ街道に近い左手が手薄ということだった。
「……もっと嫌らしい手で来た気がする」
「さすがにこれは私でもわかります」
「俺もだな」
「俺もだ」
「僕もです」
「私も」
「「「「「「――――罠だな」」」」」」
みんなの心が一つになった瞬間だった。
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結局、街道に向かって一直線に逃げることになった。
言い換えるならば”罠に向かって”一直線だ。
そう、罠に向かうのだ。
人員 ――ゴブリンだが―― は手薄。
そして、そこに罠があると予測した。
ならばそれは機械的な罠だろう。
落とし穴か、矢が飛び出すか、何れにしろ
手錬れが大勢で待ち構えているという類の罠では無いのだ。
ならば打ち破ろう。
範囲を広げた”罠解除の魔術”で。
普通は出来ないことだが、ケンジーならばできる。
仮に追求されても迷宮を制覇しまくったケンジーが「そういう魔術もある」と言えば、通ってしまうのだ。
駆け出しだった頃とは違う。
”迷宮の覇者”の名声は意外なところで役に立っていた。
(納得したくない……)
そんなケンジーの思いは、この際無視していいのだ。
「――――行きますよ!」
そんな、やけくそ気味なケンジーの合図が周囲に響く。
脱出に際して、シーヴァーは荷物を諦めた。
少しでも身軽にして成功の可能性に懸けたのだ。
命さえ無事なら、また始められる。
多少の損失など気にもならない。
そう言った彼の顔は実に漢らしかった。
護衛メンバーの配置は
御者:カーシー
助手席:ケンジー&プラム
後部張出口:バーナード、アンドリュース、ダニエル
馬車の中はぎゅうぎゅう詰めだ。
荷物どころか食糧も全て置いてきた。
人数が多かったため中型馬車一台には収まらなかった。
大型馬車一台による決死の脱出行が始まる……。
「対物理障壁解除――――対物理結界展開」
設置型の障壁から移動型の結界へと張り替える。
設置型と違い移動型は、どうしても防御力が落ちる。
普段なら大して気にならない程度なのだが、今回は敵が多すぎた。
馬車全体を覆うとどうしても薄くなる上に、周囲から一斉に攻撃されると飽和して砕けてしまうのだ。
気休めでも無いよりはマシ、という程度だった。
脱出の生命線である馬の守りはプラムが請負った。
馬を過度に怯えさせず、且つケンジーと息を合わせ結界の補強ができるからだ。
そして、砕かれる度に結界を張り直しながら、ケンジーは新たな魔術を展開する。
“罠発見の魔術”を範囲で掛けた上に、更に範囲を広げていく。
常に結界を張り直し、単発魔術をチューンナップし、場に合わせて範囲魔法化する。
そんな絶技は、やはり体を蝕むのか。
歯を食い縛り、鼻から血を流してケンジーは魔術を行使し続ける。
結界が砕けるのは早くなり、結界を張り直す間隔は徐々に開いてきた。
ケンジーが消耗したため張り直しが追いつかなくなってきたのだ。
ゴブリン共の攻撃が届くようになってきた。
だがそこは一流と言われるCランクの冒険者たち。
即席でも上手くケンジーに息を合わせて対応して見せた。
張り直しが追いつかないタイミングに合わせ、押し迫るゴブリンたちを上手く追い払う。
恐らく、ゴブリンたちも彼らを罠に誘い込むため、人数に厚みを持たせすぎないようコントロールしているのだろう。予想より僅かに数が少ない。
おかげで、なんとか耐えることができていた。
だがそれでも――――みんなが必死だった。
余裕など欠片も無かった。
そしてついに――――――
(見えた! あそこだ。罠が集中しているライン――――)
――――――地獄に垂れる一本の蜘蛛の糸を見つけたのだった。
「集中したいので一旦結界を解除します! 30秒耐えて下さい!」
「「「「おおう!」」」」
馬車が駆け抜ける直線上、そこだけに狙いを絞り――――――
「カーシーさん!そのまま真っ直ぐ駆け抜けて下さい!」
「おう! まかせろ!」
――――――改良した魔術を掛ける。
「“範囲罠解除の魔術”!」
そして、みんなを乗せた馬車は罠地帯を無事に駆け抜けていった。
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――――ゴブリンたちは追って来なかった。
ほっとした瞬間。
異様な気配を感じてケンジーは振り向いた――――
――――遠く離れた先にソイツは、いた。
(――――あれがゴブリンだと? そんなバカな話があるか!)
――――それは偉丈夫。
――――痩せぎすの小人のようなゴブリンと同じ種とは思えない。
筋骨たくましく、眼光鋭く、離れていると言うのに眼が合った。
――――戦ってはいけない相手――――
プラムに聞いた妖精王の言葉。
それは真実だったのだと。
ここに来て、ようやく気が付いた。




