96 戦いの後で
――ボカンッボカンッ
「勇者である俺がずっとリリー見ますからお願いします! お願いします!」
清田の土下座はほぼ凶器だ。
額を謁見の間の床に打ち付ける度に城全体が揺れていた。
「わかった。わかった」
イリース王が悲鳴をあげる。
「戦後復興で国費がかかりまくっとるのに城をぶっ壊されちゃかなわん」
清田はリリーの身柄を預かりたいとイリース王に頼んでいた。
イリース王は救世主達の総意である魔王の助命を認めたかったが、諸侯がいる。
「赤獅子侯が認めてくれるならなんとかワシが諸侯を説得しよう」
ハヤトが笑った。
「それなら大丈夫だぜ! 赤獅子侯のオッサンなら美味いもんでも食わせながら俺が説得してやるよ」
今回の戦争で軍功第一とされ、イリース国の最高軍事顧問になった吉田がため息をついた。
「本当にハヤトは食いもんのことばっかりだな」
「んだと。吉田は嘘ばっかりじゃねえか」
お互いがお互いの頬を抓る。
料理人の強さも軍師の強さも同じだった。
力はどっちも弱い。
イリース王が言った。
「まあ魔王殿はただの少女で本当に悪いのは、大食魔帝とかいう男だということはわかった。なにものなんじゃ」
ここにいる戦役の功労者、ハヤト、清田、吉田、ソフィア王女、団長、誰も正確な情報はない。
「多分アレですよ。ハリーさんが知ってますよ」
ハヤトの言葉に団長がキレた。
「ハヤトぉ! お前、王様舐めてるの! なんだそのべしゃりは!」
「ええ? ちゃんと敬語使ってるじゃん」
王様が止めた。
「ええい。いいからいいから。それでハヤト。ハリーとは一体誰なんじゃ?」
「えーと神殿寮の料理長で料理人ギルドの重鎮っすよ」
「な、なんで料理人? 料理人がなんで戦争の黒幕知ってんの?」
「大食魔帝っていうのも料理人なんですよ。意外と美味い寿司を作るやつで」
「寿司? なんだそれは?」
「新鮮な魚介を酢飯と一緒に握る日本の料理で……」
イリース王とハヤトの話はどんどんズレて行った。
「美味そうだな。ひょっとして……それをタレにつけるのか?」
「さすがグルメの王様。醤油というタレに」
団長がまたキレる。
「いい加減にしろ。ハヤト。なにがなにやらサッパリわからんぞ。ハリー殿の話はどうなった?」
「え? ハリーさん? どうなったっけ?」
「おい! ハヤト~」
怒る団長をよそに吉田が急に低い声で言った。
「いや、今のハヤトの話は大食魔帝の正体に繋がっているかもしれない」
皆が吉田に注目する。
「大食魔帝の奴はハヤトとの真料理バトルとやらで俺達の故郷の寿司を握ったんだろ? この世界バーンにも寿司はあるのか?」
イリース王と王女と団長が顔を見合わせる。
「いや、新鮮な魚介を酢飯と一緒に握る料理など少なくともワシらは知らんの」
吉田が言った。
「なら考えられることは二つ。一つ目は俺達の誰かが話した寿司を大食魔帝が聞いたこと」
ハヤトが否定する。
「あの寿司の完成度はそんなもんじゃない。俺達はこの世界にきてまだそんなに経ってないじゃないか。無理だ」
「それなら考えられることは一つだ。大食魔帝は寿司を知っていた。つまり日本人だ」
謁見の間がシーンと静まり返る。
皆、馬鹿馬鹿しそうな顔をして解散した。
「お、おい! 本当のことを言ってるのに!」
◆◆◆
戦争以後、ハヤトはずっと炊き出しをしていたが、そろそろ戦後復興が落ち着いてきたので新しい店を回しはじめた。
ハヤトとユミだけで回す完全予約制の隠れ家的な店である。
初の来客は清田とリリーだった。
「よう。ハヤト」
「来たのじゃ」
ハヤトが顔を歪める。
「おい! お前ら完全予約制の隠れ家的な店って意味わかってる? ユミ、今日の予約誰になってる?」
ユミがノート見て答えた。
「時田さんと土屋さんと田中さん」
「三バカトリオかよ……だが、初日に勇者と魔王が来る店よりマシだ。噂になったらどうする」
清田がカウンターに座った。
「ハハハ。アイツらは行けなくなったらしいから俺達が代わりに来たんだ」
「今日は休みにするか」
ユミが笑う。
「まあまあ。良いじゃないハヤト。ねぇリリーちゃん」
「そうなのじゃ。レバ刺しをちょうだい」
ハヤトがレバ刺しを出した。
「この店は全部こっちがメニューを決めて出すんだよ」
「そう言いながらハヤトはレバ刺しをだしてくれるのじゃ。やさしいのじゃ」
「そうだな。ハヤトは優しいよ」
リリーと清田がハヤトを優しいと褒める。
「なんだなんだ。気持ち悪いな」
カウンター席の清田が真っ直ぐに座り直して、元々真っ直ぐに座っていたが、頭を下げた。
「ハヤトのお陰だよ。リリーはこれからは俺が守っていくつもりだ」
「ま、俺は鯨を食うなって言うやつが許せないだけさ」
相変わらずハヤトの言うことはよくわからなかったが、清田とリリーは顔を合わせて笑う。
「これから大食魔帝って奴と喧嘩になるんだろ? 喧嘩なら俺とリリーに任せろ」
「ああ、そん時は力を借りるぜ。俺は料理をつくるからよ」
ハヤトは二人に次の料理を出した。
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新作『異世界帰りのネクロマンサー ~帰ったらゾンビだらけでも死霊術師は使役できる~』
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