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異世界料理バトル  作者: 東国不動
第四章「異世界バーン秘史」
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95 勇者の正義

 清田の肉体が勇者のスキルによって光り輝く。清田が本気になった証だった。

 体を覆う光がどんな防具をも凌ぐ、対物理、対魔法防御壁になる。実際、清田は盾を投げ捨てた。

 そして、構える剣は先代勇者も使っていた聖剣だ。勇者と魔王は消えたが、旧魔王城に血塗られたこの剣だけが石床に突き刺さっていたのだ。

 魔王であろうとも間違いなくダメージを与えるだろう。


 一方、魔王はその魔力だけで物理的に空気を振動させた。かなり離れたハヤトやユミもビリビリとそれを感じる。

 魔力においてはクラス一の西ですらそのようなことはない。西が真後ろ一メートルで魔力を解放しても、ハヤトでは気がつくことすらないだろう。

 魔王の右手から黒い爪が伸びる。周囲の空気が歪む。なにかのエネルギーが収束しているのだろう。本能的に触れれば死ぬとわかる。

 実際に空気が重く感じる。原因は近くにいるだけで増す疲労だ。

 清田と魔王は一言も発さずに対峙し続けた。

 それはほんの数秒だったのかもしれない。だが、見守るハヤトやユミには数時間にも感じられた。


 先に仕掛けたのは清田だった。爆発音のような踏み込みがあって、気づけば、30メートルは離れていた魔王の間近で剣を振り上げていた。

 次の瞬間、ハヤトは衝撃波で吹き飛ばされそうになった。

 勇者の聖剣と魔力を集中させた魔王の爪が激突したのだ。

 魔王は後ろに下がりながら次々に清田に黒い稲妻を落とそうとする。

 だが清田は魔王にピッタリと間合いを詰め、黒い稲妻が落ちる場所は数瞬前に清田と魔王がいる場所だった。後ろに逃げる魔王の間合いを詰めれば、それはそのまま魔法の回避になったのだ。

 正面から間合いを詰める清田に対して魔王の天からの稲妻は不利だった。もちろん清田の勇気と戦闘センスがなければ必中の攻撃だ。そして一撃で相手を戦闘不能にする魔法なのだろう。

 魔王は清田の剣を爪で防御しながら、魔法攻撃をすることが間に合わなくなってきた。

 清田の剣がまさに魔王にとどくと思った瞬間、黒い稲妻が天からではなく、地を走った。

 魔王はたなごころからも魔法を発生させることができたのだ。

 清田は真横に吹っ飛び、剣を大地に刺してそれをガリガリと削ることで耐えた。


「ぐっ……」


 清田は体から煙を立ち上らせた。魔王の黒い稲妻の攻撃力は勇者の光のスキルの魔法防御力を軽く上回っていたのだろう。

 ハヤトは清田はやられたと思った。魔王は最初から魔法を隠していたのだ。実際、今一度、魔王に攻撃魔法を使われれば終わっていた。

 だが魔王からは攻撃が来なかった。

 清田は剣の軌道の上から魔法攻撃を受ける瞬間、とっさに魔王のみぞおちを蹴りあげていたのだ。

 日常坐臥、すべて修行になっている清田の咄嗟の反撃だった。

清田が光のスキルを使って本気の蹴りを大地に繰り出せば、それを割る。

 魔王は悶絶して腹を押さえていた。

 苦痛に耐えて行動する。この一時において、清田の右に出るものはどの世界にもいないだろう。ダメージは清田のほうが深刻であったのは間違いない。だが反撃が早かったのは清田だった。


「うおおおお!」


 清田の渾身の一撃が魔王に迫る。

 魔王も片手で腹を押さえながら、もう一方の手で魔法攻撃を繰り出したが一歩遅かった。

 清田の斬撃は魔王の魔法を打ち破り胸を深く切り裂く。

 清田も魔法攻撃の衝撃でまた後ろに吹っ飛んだが、魔王は血の花をそらに咲かせながらコマ送りのように仰向けに倒れた。


「やった……」


 ハヤトの素人目にも決着の一撃だった。

 だが、勝った清田の体からも先程よりもひどい煙が上がっていた。

 すべての力を出し切ったようで聖剣を杖に辛うじて立ちあがる。


「ま、魔王にトドメを刺さねば」


 清田が足を引きずって魔王のほうに向かった。

 ハヤトが清田を追い越して魔王に走る。

 倒れた魔王を見て確信した。よく見なくてもすぐわかる。

 魔王はハヤトの店によく来ていた幼女のブリリアントの姿になぜか戻っていたのだ。

 魔力をすべ放出してしまったからかもしれない。


「ぐっ。ハァハァ……」


 荒い息をさせながら顔を伏せ清田が迫ってくる。

 ハヤトは魔王を後ろにして清田の前に立って叫ぶ。


「ま、待て! 清田!」


 そして魔王がブリリアントだということを伝えなくてはならない。


「なにを待てと言うのだ!?」

「魔王はリリーなんだ。きっと戦争を起こしたのも大食魔帝ってやつに騙されただけなんだ。吉田がこの戦争の裏にいるのは奴かもしれないと言っていた」


 ハヤトが核心を伝えた。

 ところが……清田の返答は意外なものだった。


「知っている」

「へ?」


 ハヤトは清田が言っている意味がすぐにはよく飲み込めなかった。


「どけ!」

「だから俺の店によく来てたリリーだ。お前と仲よかっただろう。よく見ろよ」


ハヤトは体をずらして後ろにいるブリリアントを清田に見えるようにした。


「知っていると言っているだろう」

「え?」


 ハヤトは驚愕する。


「トドメ刺さなければ、魔族は回復すると神殿で習っている」


 清田はまだ頭を下げたままだが、杖に使っていた剣を中段に構えた。


「お前はそんなにリリーを殺したいのかよ?」


 ハヤトがそう言うと清田が顔を上げる。

 その眉は逆立ち、目は殺気立ち、赤い血が流れていた。


「け、血涙……?」


 ハヤトは生まれてはじめて血涙を見た。

 当たり前だ。ひょっとしたら地球にもバーンにも見た人間は一人もいないかもしれない。

 血涙を流せる人間など実際にはいないのだから。

 本当に出したのは目の前の清田ぐらいのものだ。


「俺がリリーを殺したいと思うか?」

「血涙を流すまで殺したくないんだったら殺さなければいいんじゃんかよ……」


 ハヤトがそう言っても清田は魔王に近づき続けた。


「お、おい! お前、頭固すぎだぞ!」

「リリーが生きていると魔物が軍隊となって人を襲う」


 清田の発言にハヤトはピンときた。


「そんなことか。今は力を失って昔のブリリアントに戻ってるからきっと魔物も統率を失っているさ」


 ハヤトの推測は事実だった。

 この頃、王都セビリダに進行していた魔物の群れは統率を失ってバラバラに散り始めていた。


「リリーは覚醒したばっかりだろ。お前と戦って力を失った。だからもう大丈夫さ」


 清田はわずかに剣の角度を下げて歩みをとめる。

 だが、再び歩き出す。


「お、おい……一生、夢に見ることになるぜ。止めとけよ」


 ハヤトは自分の身で清田の進路を妨害しようとした。

 その時、後ろから声が聞こえた。


「ハヤト……もういいのじゃ……」


 ハヤトが後ろを見るとブリリアントが仰向けのままで視線だけをこちらに向けていた。


「いいってそんなわけねえだろ。それにお前は大食魔帝に騙されていただけなんだろ?」

「だいしょくまていに騙されているのは気がついておった。勇者が清田だと知った時に確信した。清田がアッタモスを殺すはずなどない」

「ならなんで?」

「魔王のさがが、もう人間と戦うことを止めさせなかったんじゃ」

「そ、そんな……」

「もしここでわらわを殺さなかったら、いつか真に覚醒して清田やハヤトも殺してしまうかもしれないのじゃ。だから……」


 ブリリアントはここで話し終える。

 話を聞き入って動きを止めていた清田も再び動き出した。

 剣の角度も高まっていく。

 ハヤトももう悲劇を止めることはできないのかと思ってしまっている。

 確かにブリリアントが生きていれば、また戦争が起きる可能性は残るのだ。

 だがその時、ハヤトの背からか細い声が聞こえた。

 ブリリアントの振り絞った小さな声。ハヤトにしか聞こえなかっただろう。


「キヨタ……お前に殺されるなら……わらわは満足なのじゃ……」


 瞬間、ハヤトは燃え上がった。

 ハヤトはクッキングスピリットなら二日に一度は燃え上がらせていたが、今、燃え上がらせたのはファイティングスピリットだった。

 ハヤトが清田に振りかぶる。


「うおおおお!」


 ハヤトは拳骨で清田の顔面をぶん殴った。

 奇跡が起きた。それは小さな奇跡だった。

 ハヤトの拳が清田の顔面に当たり、しかもキョトンとさせるほどの衝撃は与えたのだ。


「いでででででぇ!」


 もちろんハヤトの指や甲の骨はバッキバキに折れた。

 しかし、それでも奇跡なのだ。あまりにも地味だが信じられない奇跡。

 まず本来であれば、ハヤトの拳が飛んできたら清田は躱すだろう。

 なぜなら勇者の光のスキルでハヤトの拳が大きなダメージを追うことが明白だからだ。

 そのダメージも本来こんなものではない。

 拳そのものが消滅しても可笑しくないはずだった。

 そして最後の奇跡は清田にわずかでも衝撃を与えたことだった。

 車が全速力で衝突しても気がつかないと言われる清田の本気だったのだ。

 あるいは衝撃はハヤトの気合の拳を目で見たことによる錯覚だったのかもしれない。

 だが確かに奇跡は起きたのだ。


「なにが正義だ! テメーの言っている正義ってのは、テメーを慕っている女の子を殺すことか! このバカ野郎!」


 清田はまだ呆けていた。

 だが無意識に返事をした。


「正義のわけがない……」


 ハヤトも手の激痛で顔面蒼白だ。

 だがそれでもハヤトは内なる衝動を止められなかった。


「正義じゃないってわかってんだったら、救えばいいだろうが!」


 清田が抜けていた魂を取り戻したようにハヤトを睨み返す。


「お前、責任取れるのか?」


 ハヤトが呆れる。 清田は責任感と義務感が服を着て歩いているような男だ。

 直感的に清田が言いたいことはわかった。それでも聞いた。


「責任ってなんだよ」

「リリーがまた戦争を起こしちまって、今度は本当に民間人も大量に死んじまったりしたら……ハヤト、お前責任取れるのかって聞いているんだ。こいつは魔王だぞ!」


 ハヤトはもう一度、清田をぶん殴りたくなったが、今度こそ手がなくなってしまうので代わりに怒鳴った。


「どうなったって責任はお前が取るんだよ! お前は勇者だろ! この根性無しが!」

「ふざけるな! 俺は殺すって言ってるんだぞ! それなら責任もない!」


 ハヤトは今日一番、怒鳴る。


「勇者が! いや、リリーのことを好きなお前がとらないで誰が責任とる!」


 ついに清田が聖剣から手を落とした。同時に落涙する。


「ハヤト……俺は……俺は……リリーも世界も救いたい!」

「それでいいんだよ。さっきはお前が責任取れって言ったけど半分は俺とクラスの仲間で背負うさ。皆でなんとかうまい方法を考えようぜ」


 ハヤトはそれだけ言って後ろに倒れた。清田が鼻水をすすりながら頷いた。


「おーい。清田~ハヤト~!」

「星川~!」


 ハヤトは倒れたまま空を見て笑う。


「どうやらクラスの奴らが来たみたいだぜ。回復薬の佐藤も来ているといいんだけどな。手の甲が超痛いぜ」

「そうだな」


 清田が倒れたハヤトに手を貸して引っ張りあげた。

 稲妻が落ちて青空が見えるようになった木々の晴れ間から、赤原、佐藤、吉田がドラゴンのチキータの背に乗って手を振っているのが見えた。

9月29日に異世界料理バトルの3巻が発売されます!

是非、書店で手にとって見てください。

感想、評価、ブックマークなども大変嬉しいです。

更新はしばらく休憩します。

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