92 落城
砦の防衛戦がはじまろうとしていた。
壁の補強や、魔法の防御結界を張る砦の要塞化が不眠不休でおこなわれている。
朝になって昼になって夜になって、また朝になったころ地平が黒く染まる。
「来たぞー! 魔物の軍勢だー!」
吉田が物見台に走る。
「ふー大体、準備は整ったている。明日かもしれないと思ったけど明後日の朝で助かったぜ」
黒く染まった大地は地平から徐々に砦に近づいてきた。
敵の作戦に気がついて今日まで、意識的に心を中二病で染めきって戦ってきた吉田もさすがに身震いした。
魔王軍が砦に到着すると同時に港町でもあるセビリダでは子供から船で住民を逃がす計画が進んでいた。
なぜ、吉田が王宮に乗り込んだ直後からそれをしなかったかといえば、敵に作戦を気取られる恐れがあったからだ。
今のところ砦に精鋭を送った後のイリース中央軍の二万五千人は街のパニック防止と住民誘導に機能していた。
しかし、周辺住人も含めて六十万人もいる市民を少ない船ですべて移送させることはとてもできない。おそらく十日後には砦は陥落して、王都セビリダも魔王軍に囲まれて籠城戦をしなくてはならない。
その状況になれば、悠長な海上輸送はできないのだ。
◆◆◆
赤原と佐藤はこの頃になって魔王軍が攻めてきて、クラスメートがそれを前線の砦で迎え撃とうとしていることを知った。
クラスメートが戻らないことで状況のおかしさには気がついていたが、作戦は徹底的に機密保持されていたため、どこでなにが起きているかという情報がまったくな伝わってこなかったのだ。
今から砦に走っても、蟻一匹入れる隙もないほどの魔物に埋め尽くされているだろう。
赤原が膝をついて両の拳で大地を叩いた。
「畜生! 俺は……なんて馬鹿野郎なんだ!」
「赤原くんだけのせいじゃないよ!」
大地を叩き続けながら泣く赤原に佐藤は優しく語りかけた。
「私たちができることだってきっとあるはずだよ。それを探しましょう?」
「佐藤……そうだよな! ありがとう!」
「うん!」
赤原は立ち上がった。
◆◆◆
既に砦は魔王軍に取り囲まれていた。
次々に打ち込まれる敵側の攻撃魔法を魔法系の適職の部隊が防御魔法で防ぐ。
要塞の壁には防御魔法陣や抗魔法素材が使ってある。魔法防衛設備が使える分は籠城側が有利だ。
人間や知能の高い亜人は攻撃側も魔法攻撃を有利にする攻城兵器を使うが、魔王軍にそれはない。
ただし攻撃魔法で攻撃してくるのは魔物ではなく、主に魔族だった。
魔族の魔力は多くの場合が人間をはるかに凌いでいる。そのため魔法防衛設備があっても苦戦していた。
比較的有利に戦えていたのは物理戦闘職の部隊だ。
ゴリ押しで壁を登ってきたり、門を打ち壊そうとする魔物に剣や槍、弓や投石、あるいは油壷と呼ばれるいわゆる火炎瓶で攻撃する。
ただ物理戦闘職の部隊のほうも敵は無数にいて倒しても倒してもキリがなかった。
「おーい! 交代だ! 戦ってた奴は飯を食え!」
アンドレが叫ぶ。砦にはなんとか二十日分の食料は持ち込めている。
簡素ですぐ食べられる戦闘糧食をアンドレが用意した。しかもかなり美味い。
ただ、穴があきそうになると休んでいる部隊もすぐに戦闘に参加しなければならなかった。
「怪我人がでた! 誰かポーションを持ってきてくれ~!」
吉田は東西南北の城壁の上を走って指揮し続けた。
クラスメートが近くにいると誰もが話しかけてきた。
「吉田。防衛してるばっかりじゃなくて討って出たほうがいいんじゃないか?」
「駄目だ。防衛戦力が少しでも減ることは認められない!」
「ひ~これをを生き残るには二十日もか……王都セビリダを守るだけでも最低十日。軍師様も無茶を言ってくれるな」
「すまん。一分一秒でも伸ばしてくれ。その分、セビリダの人たちが死なずにすむ」
吉田は戦況が厳しい場所には休んでいる部隊に入ってもらい、指揮に入って、仲間を励まし続けた。
夜になって攻撃が薄くなっても見張りとともに起き続けて、魔王軍を監視し続けた。
戦う前に当たって白銀の鎧を用意していた。
城壁の上を走り回る姿は味方にも目立ったが、敵にも目立ったことだろう。
吉田はよく狙われたが、その度に近くのクラスメートやイリース中央軍の兵士が守った。
セビリダの王城ではソフィアがイリース王とともに砦の報告を聞いていた。
中の様子はわからないが、城壁の上で戦う戦士の人数からして負傷者が増えているのではないかという報告だった。
ソフィアは何度、セビリダに残るイリース中央軍を援軍に送ろうと叫ぼうとしたかわからない。
その度にイリース王に止められた。
「もしそのようなことをしたら〝犠牲〟が無駄になってしまうぞ。ここに残るイリース中央軍は王都の治安を守り、敵が来てしまった場合の民間人の盾として存在するのじゃ」
「そうでした……お父様……」
ソフィアは拳を強く握りしめた。
◆◆◆
11回目の夜が過ぎると砦を守る救世主たちもイリース中央軍の精鋭たちもそろそろ限界が近くなってきていた。
皆の動きが精彩を欠きはじめている。
吉田もせめて壁役の赤原か回復役の佐藤がいればと何度思ったか知れない。
しかし、クラスメートは誰一人としてそれを言わなかった。
誰もがそう思っているはずなのにだ。
力のない吉田が、清田や西、赤原のように皆を支えた。
それも限界が近い。
吉田は東の壁の上に行くことが多くなっていた。
砦の魔法防御施設も悲鳴を上げ始めていた。修復しても、修復しても、敵は攻撃の手を休めない。明日か、明後日には崩壊しそうな気配が漂っていた。
その夕刻、砦の東の方向に二本の煙が上がった。
明らかになにかの合図ののろしだった。
一部の者は援軍かと思って明るい顔をしたが、その合図の意味を知る吉田の顔は厳しかった。
夜になって敵の攻撃が弱まった頃、砦の防御をすべてイリース中央軍に任せて吉田はクラスメートを集めた。
夕刻に上がったのろしによって決まった作戦を吉田が伝えたのだ。
「……砦は落ちる。皆とも今生の別れだ」
吉田は笑って言った。
作戦の内容を聞いた誰もが悲壮な顔をした。
「これはイリース王とソフィア王女と決めた作戦なんだ。それにもう動き出している。変更はできない」
クラスメートの誰もが頭を下げて落涙した。
アンドレがやってきて美味しそうなスープを皆に振る舞った。
「おいおい! 俺が残った糧食をふんだんに使って最高のスープを持ってきたのに塩味がきつくなっちまうぜ」
皆、吉田を囲んでスープを飲んだ。
◆◆◆
次の日、魔王軍による苛烈な攻撃がはじまった。
今までの数倍の勢いだ。
逆に砦を守るイリース軍の勢いは風前の灯火だった。
今にも扉の壁を登りきられ、門を破られ、魔法防御施設に穴をあけられそうだった。
吉田が東西南北の壁の上から必死に指揮をする。
だが巨大なサイのような魔物の突進が門に激突した時、ついに鋼鉄製の巨大な閂も吹っ飛んでしまった。
開放された門からは一斉に魔物が進入する。一瞬で砦の中は虐殺の場となった。
城壁の上で戦っていた吉田やイリース中央軍はそれを茫然と見ていた。
破れた門に殺到する魔物や魔族の中に、ほくそ笑みながら悠々と歩く大食魔帝がいる。
敵軍の中に人間らしき男を見つけた吉田は、城壁から門をくぐる大食魔帝に魔物の血で血塗れになった剣を投げつけた。
大食魔帝は平然と剣をはじいた。とても老人とは思えない動きだった。
9月29日に異世界料理バトルの3巻が発売されます!
是非、書店で手にとって見てください。
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