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異世界料理バトル  作者: 東国不動
第四章「異世界バーン秘史」
93/99

90 犠牲作戦

「うふふ。お父様、楽しみですね」

「確かに。どんな料理が出てくるのか。楽しみじゃの~」


 イリース王とシャロット王女は急遽、王宮の料理長のアンドレからリベンジをしたいとの申し出を受けていた。

 以前、料理バトルで戦った少年がS級料理人試験を通過したのでこの期に叩き潰したいのだという。

 もちろんその少年とはハヤトであった。

 食通のイリース王とソフィア王女が断るわけがなかった。

 ところが昼食の席にはなんの食事も出てこず、ハヤトと吉田と料理長のアンドレがやって来る。


「ハ、ハヤト様?」

「お、おい! これはどういうことだ? アンドレ!」


 アンドレは恐縮して冷や汗をかいている。ハヤトでさえも申し訳なさそうだった。

 当然だ。国王に話を聞いてもらいたくて強引な手段を取ったのだから。

 適職『軍師』の吉田だけが堂々としていた。

 吉田は食事が置かれるはずのテーブルに地図を展開させた。


「き、貴様、無礼だぞ」


 良く言えば、温和。悪く言えば、事なかれ主義のイリース王でも激怒した。美食家が食事を邪魔されたのだから仕方ないだろう。

 だが吉田は一歩も引かなかった。


「無礼を承知! だが事はイリース、ひいては人間の命運に関わる!」


 鋭敏なソフィア王女はその台詞でなにかを感じ取ったようだ。

 ハヤトの顔を見て聞く。


「この方が言われることは事実なのですね?」

「多分……吉田はバカだけどバカじゃないから」


 そのやり取りを見ていないイリース王が怒鳴った


「誰か出会……」

 

 ソフィア王女がイリース王の口を咄嗟に押さえる。


「逆です! お人払いを!」


 王女は食堂にいる侍女を見回す。

 侍女たちは多少どうするか迷っていたようだが、ソフィアの真剣な眼差しを信じて出て行った。

 広い食堂に残ったのはイリース王、ソフィア王女、ハヤト、吉田、そして料理長のアンドレだった。


「ありがとうございます! 王女!」


 イリース王も少し冷静になったようだ。

 一見平和そうに見える自分の国が危急存亡の秋と言われれば、まずは聞いてみた上で処断しようと思ったのかもしれない。


「なにかあるなら話してみよ」


 吉田は地図を見ながら語り始めた。

 ハヤトも今ここではじめて吉田の言うイリースの危機を聞くのだ。そもそも一刻を争うとしか聞いていない。


「今日、俺たち救世主を含む神殿騎士団に辞令があった。四分の一がゼルテア地方のヒュルム城に駐屯して、四分の三がライネル地方のガリンド城に駐屯しろという内容だ」


 吉田の話を聞いて王が言った。


「仕方あるまい。ゼルテアとライネルはイリースの国境。ゼルテア地方の国境間近にダークエルフが、ライネル地方の国境間近にウェアウルフが軍を展開させて軍事演習を行うらしいのじゃ。ちゃんと通告もあったぞ」


 王はこう言いたいのだろう。救世主の地方への派遣は安全保障上の理由あること。さらにいえば、正式な外交ルートで軍事演習を通知してきた話で、念のため救世主も国境に派遣するが、まず問題は発生しないだろうということだ。

 ハヤトが気になったことを言った。


「ゼルテアって赤獅子候の領地だよな? こないだ行ってきたんだけどイリースの東端でしたね」


 その瞬間、ハヤトとソフィア王女の二人がヤバイという顔をした。

 イリース王とアンドレは二人を見てどうした? と首を傾げた。

 吉田がライネル地方を指差す。


「イリースは東西に長い。東西のほぼ真ん中にはここ王都セビリダがあって、そしてライネル地方は……西端だ」


 ここにきて吉田以外の全員がヤバイという顔になった。


「王都セビリダの南にはダークエルフの支配する暗黒樹海がある。暗黒樹海はゼルテア地方の東端やライネルの西端よりもはるかにセビリダに近い」


 日本で例えると、王都セビリダを東京とすると、暗黒樹海はすぐ近くの神奈川で、北海道のゼルテア、九州のライネルという関係だ。

 イリース王が反論した。


「待て待て。西方のウェアウルフと東方のダークエルフはイリースの最大の敵対勢力じゃ。他にイリースを攻める大きな勢力なぞ存在しないぞ」


 東方のダークエルフと暗黒樹海のダークエルフは正確には支配地域も主権も別だ。

 強力な東方のダークエルフと比べて暗黒樹海を国としているダークエルフの勢力は非常に小さい。イリース中央軍を擁する王都セビリダを攻撃できるほどの勢力はない、とイリース王は言いたいのだろう。

 さらに暗黒樹海は広大ではあるが、人間の勢力圏のなかに浮いている飛び地だ。


「イリース王。我々がなんのために召喚されたかお忘れか?」

「ま、まさか……」

「そう魔王です。魔王ならば暗黒樹海に即席で一大勢力を作れる。普段は野生生物と変わらない魔物モンスターを集めて統率することができるからです」

「ワシが生まれてから、いや百数十年も魔物が統率された軍隊になって人間を襲った例などない。だから歴史書に書いてあっても忘れておったわ」


 王はもうハヤトや吉田の無礼を責めるつもりはないようだ。


「間違いなく敵は先手を打っている。ダークエルフとウェアウルフが東端と西端で軍を展開したということは、既に暗黒樹海には魔物の大軍勢が潜んでいて、進軍の準備は整っている」


 吉田以外の全員が青ざめた。


「神殿騎士団がいなくなった王都に魔王軍は電撃的に進行するつもりだ」


 ソフィアが叫んだ。


「大変です。神殿騎士団への辞令を取り消して王都の防衛につかせなくては! 誰か!」

「駄目だ!」


 吉田が、ソフィアが伝令を呼ぶのを止める。


「なぜ? どうして止めるんです?」

「俺たちが魔王軍の作戦に気がついたことがバレる」

「それは……でも、バレても国民を守れるなら……」

「魔王軍のなかにはおそらく人間がいる」

「どういうことですか?」

「人間の習性に詳しすぎる。尋常のやり方でやっても後手に回る。俺たちが現時点で向こうの作戦に気がついていることは隠しきるんだ!」


 吉田のこの発言に「嘘でしょう?」という顔をしたのは純粋なソフィア王女だけだった。

 聡明ではあるが、そこは純粋な姫だった。

 魔王に与する人間がいるとは思えなかったのだ。


「正面から魔王軍に対抗するにはおそらくイリース王国の諸侯のすべてが当たらないとならない。東方を守るイリースの最大戦力の赤獅子騎士団や西方の西星せいせい騎士団、他のイリース諸侯、大貴族たちの力を借りなければ、互角に戦えない」

「それは……その通り……だと思います」

「かつてイリースは中央集権型の王権の強い国家だと神殿の授業で習った。だが今は諸侯の力が強くなっている。亜人によって自分の領地に危機が迫っている時に中央に兵を送ってくるのか?」

「それは……!」


 ソフィアは、諸侯は中央を助けると言いたいのだろう。

 だがハヤトも旅で聞いた赤獅子騎士団設立の経緯を思い出しても、自分たちの領地が危ない時に中央に大きな兵力をさくとは思えなかった。

 ハヤトが重々しく言う。


「これ……詰んでねぇか? いや、どこかのタイミングで反攻はできるかもしれないが、王都セビリダはどうやっても落ちちまうぜ」


 吉田以外の全員が地図を見つめて顔から冷や汗が落ちる。

 セビリダが陥落すれば、その被害は計り知れない。付近住民も合わせて六十万の多くが死ぬだろう。

 魔物が人間を捕虜にすることはない。

 吉田が低い声で言った。


「方法はある……だが三つの条件が必要だ」

「三つの条件?」


 ハヤトが吉田に聞き返した。


「あぁ……まずは機密の保持だ。こちらの作戦を機密として徹底的に隠す。逆にこちらは敵の進軍ルートなどを斥候や隠密を使って暴く。そして時間。スピードだ。奴らはもうすべての準備が整っていると見ていい……こちらも急がなくてはならない」

「機密と時間か……わかった。この作戦の全貌は俺たちだけの機密だ。各方面の指示出しは全貌を伝えずに俺たちが素早くやる。皆もそれでいいっすか?」


 ハヤトの確認にイリース王もソフィア王女も頷いた。

 アンドレだけが「俺も?」と不安そうに言ったが、吉田は「アンタもだ。協力してくれ。イリースの命運がかかっている」と言った。


「よし俺も料理人だ! やってやるぜ!」


 アンドレも謎のかけ声とともに覚悟を決めたようだ。

 ハヤトが吉田に聞いた。


「ところで機密と時間はわかったけど、必要な条件は三つだよな。最後の一つは?」


 吉田は苦々しく言った。


「最後の一つは……〝犠牲〟が必要だ」


 犠牲。吉田以外の四人が生唾を飲んだ。


「この作戦名はコードSだ。Sの意味はサクリファイス。犠牲作戦だ」

9月29日に異世界料理バトルの3巻が発売されます!

是非、書店で手にとって見てください。

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