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異世界料理バトル  作者: 東国不動
第四章「異世界バーン秘史」
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87 大食魔帝の魔王城訪問

 ブリリアントとハヤト、ユミ、清田、西で開いたアッタモスの誕生会は終わりかけていた。

 夜が更けるとブリリアントは寝てしまいシーツがかけられている。

 ハヤトとユミは片付けと明日の営業のための仕込みをしている。西は一旦、寮に戻って休んでいる。

 リリーはハヤトとユミの家に泊まるが、アッタモスは今日帰るというので後でタクシーをするために店に戻るという。

 アッタモスと清田だけが、まだ少し飲みながら話していた。既にブリリアントの躾についての礼は何度もしていた。

 話は清田の強さに及んだ。


「キヨタ様は相当お強いようですね」

「ははは! アッタモスさんもなかなかどうして。執事には見えませんよ」


 アッタモスはまたドキリとするが、清田はまったく気がついている様子はない。ハヤトが作った漬物とおにぎりと味噌汁を美味そうに食べていた。


「ところで失礼かもしれませんが、もしよろしければキヨタ様の適職を教えていただけないでしょうか?」


 アッタモスは清田が相当に強力な適職に違いないと思いながらワインを飲む。


「はーっはっは! お恥ずかしながら『勇者』をさせてもらっています」


 それを聞いた瞬間、アッタモスは吐き出してしまった。


「ぶはっ! ごほごっほ!」

「だ、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です。ちょっと気道にワインが入っただけで」

「そうですか」


 ユミがテーブルを拭きに来る。

 アッタモスは「すいません。私が」とフキンを受け取ってテーブ拭きながら清田を見た。

 勇者といえば、個人単位では人間の最大戦力だ。歴代の魔王を討ち果たしてきたのもほとんど勇者だった。

 清田がアッタモスの目を見返した。


「ん? どうかされましたか?」

「あ、いえ。ははは。すいません。お恥ずかしいところを。私も老いましたな」

「なんのなんの! まだまだ健康で頂かなくては!」


 清田は握り飯と漬物を口に入れながら大声を出す。

 清田はアッタモスを励ましたのだろう。

 先ほどアッタモスが今この場で清田を……と一瞬でも思わなかったかといえば嘘になる。

 だが、そのような気はすぐになくなった。


「キヨタ様」

「ん? なんでしょう?」

「ブリリアント様をこれからもよろしくお願いいたします」

「ん? お任せください! 私は勇者ですから。はっはっは!」


 清田はいつものように意味もなく笑った。


◆◆◆


 暗黒樹海は人間と敵対することが多いダークエルフが治める国なのだが、現魔王のブリリアントはここに匿ってもらっていた。

 魔王はまだ幼く力が弱い。旧魔王城に居座って人間側から強者を派遣させらたら敗れてしまうだろう。

 代わりに旧魔王城に入ったのが大食魔帝率いる裏の料理人ギルドだった。

 大食魔帝は密かに魔族の重鎮や貴族たちと同盟を結び、人間の各国の情報を送っている。

 だが今の旧魔王城には裏のギルドの料理人たちもいなくなっていた。


◆◆◆


 老魔族アッタモスの誕生会の三日後、現魔王城に不吉な人間が訪れた。

 いつもの連絡係の使い魔のコウモリが大食魔帝の訪問を魔王とアッタモスに知らせたのだ。


「だいしょくまてい殿が来たのか」

「魔王様。大食魔帝を信用してはなりませんぞ」


 アッタモスは大食魔帝という人間がどうしても信用できなかった。

 魔族であるアッタモスは人間を嫌うからだろうか。

 そうではない。アッタモスは人間の勇者である清田すら信用している。

 かつて魔王軍の猛者として戦った戦士のカンが大食魔帝に警鐘を鳴らすのだ。


「爺。もうそれは聞き飽きた。だが魔貴族たちもだいしょくまてい殿と付き合っているのじゃ。無碍に追い返すわけにもいかないのじゃ」


 ブリリアントが政治的判断をするという成長にアッタモスは感激したが、この判断に嫌な予感がしてならなかった。


「魔王様。ご機嫌麗しゅうお過ごしでございますか」

「おお、だいしょくまてい殿も」


 大食魔帝が玉座に座るブリリアントに挨拶した。

 いつものように黒尽くめのローブを来ている。そして屈強な男の部下を4人ほど引き連れていた。


「それで今日はどのような用向きなのじゃ」


 魔王は挨拶もそこそこに訪問の理由を聞いた。

 その声はやや厳しい。ブリリアントもアッタモスもハヤトたちから大食魔帝の話を聞いているわけではない。

 しかしアッタモスからこうも大食魔帝を警戒しろと言われ続けるとブリリアントもなにか大食魔帝が不気味な存在に思えてきた。

 最近では人間を好きだという自覚まであるにもかかわらず、大食魔帝はどこか他の人間と同じには見えないのだ。


「ただの表敬訪問でございます」

「そうか。うむ。嬉しいぞ」


 ブリリアントの声は明らかに嬉しそうではない。

 だが、大食魔帝が笑った。

 その笑いは、魔王と老魔族からしても悪魔の笑いのように聞こえた。


「なにがおかしいのかな。だいしょくまてい殿」

「いえ、申し訳ございません。前回の訪問で魔王様に供して喜ばれた人の肝の料理を持ってきましたの。芸がありませんがまた喜んで頂けるのではないかと……」

「人の肝料理だと……!?」


 人の肝臓は魔族の好物である。

 特に現魔王のような幼体の魔族が成長するためには人の肝臓が必要なのだ。


「はい。じっくりコトコト煮込んだ人の肝のスープです。おい!」


 大食魔帝が引き連れたてきた男たちに声をかけると、部下は二人がかりで大きな鍋を魔王の前に置いた。


「馬車でここに来る道中も、馬車を止め止め、火をかけながらコトコト煮込んだスープです」


 男たちの一人が鍋の蓋をあける。

 魔王は前回、大食魔帝に食べさせてもらってから人の肝は食べていない。

 魔王にとって抗い難い魅惑的な匂いだった。本能がこのスープを求めている。

 しかし、魔王はそれを拒否した。


「だ、だいしょくまてい殿、わらわはダイエット中なんじゃ……気持ちはありがたいが……遠慮する」

「左様でございますか。けれどこれを食べれば、魔王様もきっと背が大きくなれますよ」


 それを聞いたブリリアントは清田が胸の話をしていたのを思い出す。


「ほ、ほんとか? 胸も大きくなるのか?」

「はい。もちろんでございます」


 ブリリアントは一瞬、スープを飲もうとしたがやはり止めた。

 清田やハヤトたちを思うと人間の肝のスープを飲むのはどこか憚られたのだ。


「いや。やはり、やめておくことにするのじゃ」

「そうですか」


 大食魔帝は残念そうな声を出した。

 人の肝のスープを下げさせた後に色々な献策をした。


「魔王様。私はダークエルフの諸侯とも親交があります。彼らを動かしてイリース諸侯を足止めさせましょう」

「足止めしてどうするのじゃ?」

「ここ暗黒樹海はイリースの王都セビリダに比較的近いです。密かに魔族と魔物を集め電撃的に攻撃すれば、諸侯が援軍を出す前にセビリダを火の海にできるでしょう」


 セビリダをまっすぐ南下するとここ暗黒樹海に辿り着く。

 それは西が風の精霊を使えば、三、四時間で行って帰ってこられる距離なのだ。

 かつて魔王軍の将軍をしていたアッタモスもその電撃作戦は成功するかもしれないと直感する。

 アッタモスの考えでは、おそらくこの作戦は、眼の前の不気味な男が長年かけて実行しようとしている軍事作戦なのだ。

 少し前、暗黒樹海とは別のダークエルフ国がイリース国境で軍事演習をしたことがあった。

 その時にイリース国も神殿騎士団の主戦力である救世主を国境間近に派遣して軍事演習を行うことで牽制した。

 きっとそれも大食魔帝が動かした軍事上の実験作戦だったのだろう。

 その目的はわからないが魔王と人間の確執を利用してイリースの王都セビリダを攻め落とそうとしている。

 けれどもとアッタモスは思う。

 大食魔帝はブリリアントの気持ちを見落としている。


「だいしょくまてい殿、わらわは人間と戦う気持ちはもうあまりないじゃ」


 アッタモスはフッと息を吐いて微笑んだ。

 清田もハヤトたちもセビリダにいる。

 まさかブリリアントがそこを火の海にしたいとは思うまい。


「なんと。魔王様が人間と和平を?」

「悪いか。そもそもお前とて人間ではないか」

「先代の魔王様は勇者に倒されました。仇を討とうとは思いませんか。私はそれを全力で応援いたしたいのです」

「先王が勇者に負けたというのは事実かわからんのじゃ。わかっているのはどちらも忽然と姿を消したことだけ。仮に二人共死んでいたとしても痛み分けじゃ」

「……」


 大食魔帝はなにも言わなかった。


「だいしょくまてい殿はゆっくりしていってくれ。客室に案内するのじゃ」

「ではこちらに」


 アッタモスが客室に大食魔帝一行を案内する。

 大食魔帝は廊下を歩きながらアッタモスに一押した。


「アッタモス殿のほうからスープを飲むように魔王様にご進言頂けないか?」

目的はわからないが腹黒いものがあるに決まっている。

「魔王様がお決めになることですので」


 アッタモスは大食魔帝とその従者たちを部屋の前まで連れていった。


「それではなにかありましたら。私はこの先の廊下を曲がった部屋にいますので」

「ありがとうございます」


 大食魔帝は薄く笑った。

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